第28話 常識
定期テストの結果は五位だった。
ミーシア嬢が一位、スノウ様が二位、三位はデニスといういつも勤勉なクラスメイトの男子で、四位がジュリ、そして僕の順だ。
「危なかった……!」
「何が?」
掲示板に貼り出された順位表を見て胸を撫で下ろした僕を見て、スノウ様が怪訝そうに首を傾げていた。
「七位からランクアップじゃない。おめでとう」
ミーシア嬢は五位以内に入れたことに安堵していると勘違いしてくれたようで、慈愛に満ちた微笑みで祝福してくれた。
「ミーシア様こそ、一位防衛おめでとうございます」
「お姉さんが教えてくれた範囲が当たっていたからよ。改めてお礼を言わないとね」
僕が危うく目立つところにランクインしそうになったのも、姉の確かな記憶力による山張りが見事に的中したせいだ。
しかしエーレンベルク班の三人にも貢献できたのなら良しとしよう。
「ミーシア様のお役に立てたのなら、姉も喜びます」
「今週末はどちらにいらっしゃるの? 甘い物は好きかしら」
「えっ」
まさか、直々に手土産を持参するつもりか。
「寮にいると思いますが……。ミーシア様の都合に合わせるように、連絡しますよ」
「こちらから訪ねるんだもの、強制したら申し訳ないじゃない。空いている時間を聞いておいて」
「わかりました……」
完璧な淑女は格下にも礼を尽くすものらしい。
たぶん姉はずっと暇していると思うが、覚悟を決めておくように伝えておかねばなるまい。
定期テストが終わると、本格的に体育祭の準備が始まる。
生徒も教師も着替えや移動が増えるので、リストにある人物に話を聞くのが大変だった。
「なくした場所? うーん、たぶん更衣室だと思うけど……」
「教室に置き忘れたと思って、取りに戻ったのに見当たらなかったの」
「いつもここに入れてるのになあ」
話を聞いた生徒たちは、いずれも少し目を離した隙になくなったという感じだった。
続いて、エリカ先生にも話を聞いてみる。
「基本的には持ち歩いてるのよ。あの日は確か、次の授業で使うレシピを検討している時に他の先生に呼ばれて、鍋に入れたまま調理室を離れたの」
「それで、戻ってきたらレードルだけなくなってたんですか」
ちなみに魔道具以外の遺失物は、僕たちがリストを手に入れた以降に見つかった物も多かったらしい。結局、エリカ先生のレードルが一番高価な失せ物になりそうだ。
「いくら予備があるって言っても、見つからないのは嫌よねえ。そうだ、見つけてくれたらご馳走してあげる」
「本当ですか。今度は苦くないスープが食べられるように頑張ります」
「ええ、よろしくねえ」
エリカ先生から新たな依頼を受けつつ、僕たちは一度部室に戻った。
「話を聞く限り、誰かが盗んだのは間違いなさそうですね」
「なんだか、一年生が多い気がしませんか?」
ジュリの言うとおりだ。リストを見る限りではばらつきがあるのに、魔道具に絞って、更に高価な物に限定すると、圧倒的に一年生の被害が多かった。
「一年生はまだ、警戒心が薄いからねえ」
その辺に放っておいても使用人が適切に片付けてくれる環境が当たり前だったせいで、置いておいたものが盗まれるなんて思いもしない。
――高学年になると、誰でも一度くらいは盗難を経験するということだろうか。学校の闇を見た気がした。
「……最初から、盗む物の見当を付けてたみたい」
スノウ様がぽつりと言う。
「そうですね。特にエリカ先生のレードルなんて、手放したのは偶然ですから」
ジュリも頷いた。先生の手から離れる瞬間を見張っていたとしか思えない。
そう考えると、一つの仮説が出てくる。
「てことは……。犯人は生徒じゃないかもしれない」
「え?」
僕の呟きを、ジュリが聞き返した。
「それだけ自由にあちこち出入りできる人ってことでしょう? 更衣室に侵入してるってことは授業中を狙ってる可能性が高いし、生徒が他の学年の教室をうろついてたら目立つと思う」
僕たちだって、聞き込み中にはどうしてこんなところに一年がという目で見られた。
「先生の中に犯人がいるとは思いたくないですが……」
「飽くまでも可能性が高いってだけだよ。正直、『物を見えなくする魔法』を使えばどこだって侵入し放題だし」
僕が使えるのだから、少なくとも一組の生徒たちは使えるだろう。魔法の修練を積んだ上級生なら尚更だ。
と一人で頷いていると、
「……」
他の三人が僕をじっと見つめていた。
「何ですか?」
何か変なことを言っただろうかと三人の顔を順に見る。と、
「この前は優秀だなあとしか思わなかったけど、あの魔法って六年生でもそんなに使えないと思うよ。ボクも人間相手に使ってる奴を見たのは初めて」
ウルナ先輩が高級そうな万年筆を器用に回しながら答えた。
「え? だって、『魔法の応用』に載ってた一般魔法ですよ?」
「『魔法の応用』って、あの昔からある分厚い魔導書? あんなの、娯楽の読み物だろ。著者の大魔法士からすれば一般魔法だけど、書いてあることはかなり高度だよ」
「そうなんですか?」
するとジュリがハッと思い出した様子で、恐る恐る訊ねた。
「そういえば、この前お姉さんが『魔導書の内容を丸暗記してる』って言ってましたけど……。まさか魔導書って、『魔法の応用』のことなんですか?」
「うん。入学する前に『発展』まで全部覚えたよ。さすがに大型の魔法を準備なしに使う自信はないけど」
『発展』で紹介されていた設置魔法や広範囲攻撃魔法などは、場所の都合で練習する機会が少なかったので『応用』ほどの練度はない。ミスティコ家にも自由に使える領地があればと悔やんだものだ。
「ミスティコ家の教育ってそんなに厳しいの?」
「いえ、僕の練度を見て、父が新しい魔導書を買ってくれただけです。兄も姉も、『基礎』で諦めていました」
「だよね、安心した」
当たり前だと思っていたが、どうやら父がくれた本は一般的じゃないらしいと、僕はようやく気付いた。
そんな会話を静かに聞いていたスノウ様が、不意に顔を上げて僕をじっと見る。
「どうしました?」
「……入試の、魔法実技一位ってハイドのこと? ミーシアが探してる……」
とうとうバレた。僕は未だかつてない速度で土下座した。
「ミーシア様には言わないでください! ちょっと、いろいろやらかしていて!!」
世事に疎いスノウ様まで僕の噂を知っているなんて、ミーシア様はどれだけ真剣に僕のことを探しているのだ。
「わかった。公爵家にハイドを取り上げられたら困るし……」
「取り上げ……? 取り潰しはあるかもしれませんが……」
「……何したの?」
「いえ、大したことは……」
いつもはスノウ様のほうが目を逸らすのに、僕のほうが目を逸らす羽目になった。




