第27話 テスト対策
再三の説得も虚しく、スノウ様は入部届に名前を書いてしまった。
賢明なジュリはウルナ先輩の勧誘をやんわりと断ったものの、僕たちが何をしているのかは気になるらしい。
「ここにいれば、他の部活動から勧誘されませんし……」
疲れた時の避難場所として使うかわりに、協力してくれるそうだ。人気者も大変である。
「それで、今は何を調べてるんですか?」
さっそく興味津々に訊ねられ、僕は仕方なく、校内で起きている異変について調べていることや、体育祭までに収束させたいこと、今日の調査結果などを掻い摘まんで話した。
「落とし物……」
話を聞き終わったスノウ様は、リストをじっと眺め、人差し指で一つずつ名前をなぞっていく。
不意にその指がぴたりと止まった。
「……エリカ先生?」
そして横から覗き込んでいたジュリを見る。
「あ、そうです! エリカ先生のレードルも見つからないんです」
「レードルって、エリカ先生がいつも持ち歩いてる大きなスプーンみたいなやつ?」
ウルナ先輩は執務机に頬杖を突いて訊ねる。ミスティコ家のメイドさんたちは『お玉』と呼んでいた。
「はい。あれって普通のレードルじゃなくて、魔道具なんですよ」
「そうなの?」
「杖みたいな機能を持たせた特注品だって言ってました」
「エリカ先生らしいね……」
予備のレードルがあるので授業は滞りなく進められているとのことだが、専門教科の教師が特別に作らせた杖だと考えるとかなりの高級品になりそうだ。
「魔道具……」
スノウ様はペンを取り出し、レードルという文字の前に丸印をつけた。
そして、他の遺失物の中で魔道具とわかる物にも丸をつけていく。
「多いですね、魔道具」
高級品や特別な物ほどなくしたら真剣に探すので、必然的に届けを出されやすいということを考えても、財布やアクセサリーなどの貴重品や、文房具、傘といった日用品よりも魔道具が多いというのは、違和感があった。
さすがスノウ様、ちょっと話を聞いただけでそんな共通点に気付くとは。
「偏りがあるってことは、いよいよ人為的だねえ」
「でも、魔道具って言っても危険な物はありませんよ?」
杖のような増幅器の類いの他は、授業で使用する教材や帰りが遅くなった時のための灯りなど、あくまでも学生が校内に持ち込むことを許可されている程度の物しかない。
種類もバラバラで、これらを集めたからと言って何か大きなことができるようには思えなかった。
「まあ、誰の仕業なのかを突き止めないことにはね。わかりやすく高い物を狙ってるだけかもしれない」
「魔道具を紛失した人を重点的に聞き取りしてみましょうか」
「うん、じゃあさっそく二人で手分けして……」
とウルナ先輩が言ったところで、僕はハッとした。
「……スノウ様、できますか?」
「……」
人見知りと方向音痴という壊滅的に聞き取り調査に向かない性能のスノウ様は、僕の視線からスッと目を逸らした。
***
新聞部におけるスノウ様の活かし方は今後検討していくということで、ひとまず僕と一緒に調査をすることになった。
先輩の趣味をちょっと手伝うだけのつもりが大事になってきた。
しかし学生である以上は、学業もおろそかにしてはいけない。そう、体育祭の前には定期テストがあるのだ。
選択教科はそれぞれの授業の中で随時テストがあるので、定期テストの内容は数学や国語、歴史や政治経済といった基礎教科になる。
授業で教わったことの理解度を測る試験ではあるものの、どんな内容が出題されるのか、傾向を探るためには経験者に訊ねるのが一番だ。
僕は姉に連絡を取り、図書館で待ち合わせをして詳しく聞くことにした。
「……ミスティコ家の突然変異は相変わらずみたいね」
「いやあ、はは……」
今日は新聞部の活動ができないと理由を伝えると、『先輩に話が聞けるなら』と言って、スノウ様、ジュリ、そしてミーシア嬢までついてきたのは誤算だった。
スノウ様のことは僕が話したことがあるので姉も知っているが、まさか公爵家まで来るとは思いもしない。僕だって思わなかった。
「突然押しかけて申し訳ございません。ミーシア・エーレンベルクです。よろしくお願いいたします」
「ええと、ハイドの姉のリリーです。こちらこそよろしくお願いします」
スカートの端を少しだけ持ち上げて頭を垂れる優雅な淑女の敬礼に、姉もぎこちなく返す。練度が違いすぎて、姉が可哀想になってきた。
「私の方が年下なんですから、そんなに畏まらないでください。ハイドくんと同じように接していただけると嬉しいです」
僕と同じように接したら、ものすごく雑になるのでさすがに無理だ。できる範囲で、と姉にアイコンタクトを送ると、わかった、と真剣に頷いた。
「順位が総合点数付きで貼り出されるから怖いの。まあ、ハイドから話を聞く限り、みんな大丈夫だろうけど」
少々緊張しながらも、姉はなるべく自然に、僕と話す時よりも少しだけ上品な言葉使いを心がけてくれた。
「覚えてる限りは教えてあげる。同じのが出るとは限らないから、参考程度にね」
教科書のページをめくりながら、これとこれと、と次々に淀みなく指していく姉を囲んで、僕たちはせっせとメモを取る。
「さすが、ミスティコ家一の記憶力」
「ハイドのほうが良いでしょ? 魔導書の内容なんか、ページ数まで丸暗記してるじゃない」
「あれは何度も読んだからだよ。姉さんみたいに、一回見聞きしただけのことを細かく覚えられるのはすごいと思う」
「褒めてくれるのはあんただけよ」
姉も同じく定期テストがあるので長時間拘束はできないものの、おかげである程度の出題傾向や先生の好みは把握できた。
「お姉さん、良い人ね」
頑張ってねー、と手を振って寮に帰る姉を見送ったところで、ミーシア嬢がぽつりと言った。
「はい、『良い人止まり』が我が家の血統魔法かもしれないと言われているくらいです」
長兄が学校卒業を機に、いつも同じグループにいた女性に告白したら、『良い人だとは思うけどそういう風には見られない』と振られたことは記憶に新しい。あの時は、涙目で帰ってきた兄を家族全員で慰めた。
「それなら確かに、ハイドくんは突然変異ですね」
ジュリがくすくすと笑う。
「え? いや、あれは万年三組の我が家で初めて一組に入ったせいだけど」
家族に甘い姉の言葉を鵜呑みにしないでほしい。僕はミスティコ家の末弟として、誇りを持って地味な暮らしを心がけている。
だというのに、庶民くさい僕の発言に日頃から呆れているミーシア嬢はおろか、スノウ様までため息をつくのはどうしてだろうか。
「せっかく教えてもらったんですから、定期テスト頑張りましょうね」
「うん」
そう、ほどほどに、一組であることに違和感がなく、しかし三位以内には入らない程度に。




