第26話 調査とやきもち
遺失物届は、ここ二週間ほどの間だけで二十件以上出されていた。
僕がまず話を聞きに行ったのは、もちろんトーティだ。
「あ、ハイド! 久しぶりー」
三組を訪ねると、僕が声をかけるよりも先に振り向いてパッと顔を明るくする。
【猫の加護】を受けた人間は耳も良いらしいので、足音か何かで気付いたようだ。
「どうしたの? おれに用?」
「うん、最近何かなくしたんだって?」
リストには名前と日付と簡単な内容が記してあったのだが、トーティの欄には『石』とだけ書いてあった。
「そう、これくらいの大きさの石! 黒くてピカピカのやつ! せっかく見つけたのにー」
手で示した大きさは拳大くらいだった。
「見つけた? どこで?」
「宿泊実習の時!」
あまり説明が得意ではないトーティの話を要約すると、宿泊実習でハンマーイーグルと戦った後、頂上付近で拾った綺麗な石を持って帰ってきたらしい。いつの間にそんなことをしていたんだ。
「ずっと持ち歩いてたの?」
「うん! カバンに入れといたのにさー」
よほどお気に入りだったようで、口を尖らせている。
「それで、よく行くとことか、教室とか探しててー。そしたら見回りの人に声かけられてー」
「見回り……。ああ、コニティスさん?」
「その人!」
用務員のコニティスさんは校内の整備や安全確認に携わっている男性で、僕も見かけた時には話しかけにいく。
生徒や教師だけでなく、外部の人間とも交流があるので幅広い情報を持っているのだ。
「コニティスさんなら、落とし物にも詳しそうだな……」
「おれの石、見つけたら教えて!」
「うん、わかった」
昼休みに事務局に寄ってコニティスさんの居場所を聞くと、最近は正門付近の整備をしているとのことだった。
さっそく探しにいったところ、脚立に登っていたので遠くからでもすぐにわかった。
「コニティスさん、こんにちは」
「おお、ハイドくん。こんにちは」
作業着姿でせっせと植木の剪定作業をしながらも、コニティスさんは僕の質問に快く答えてくれた。
「これだけ生徒が多いと、普段から落とし物はよくあるけどね。体育祭の準備で慌ただしくなってるって言っても、確かにちょっと届け出が多いかもなあ」
校内を常に巡回していて落とし物を拾うことも多いため、届け出があると事務局から連絡があるらしい。
「そのリストなら私も持ってるよ。ていうか、ハイドくんはどこで手に入れたんだい?」
「ええと……。ちょっと、新聞部の使いっ走りをしてて」
変に不正を疑われても困るので、僕は正直に白状した。
「ああ、なるほど。面白いよね、あの新聞」
「コニティスさんも読んでるんですか?」
「剥がすのは大体、私の役目だから。力作なのに、読者を減らすのがいつも心苦しくてねえ」
新聞部の活動に好意的なら話は早い。僕は話を聞かせてもらうかわりに花壇の手入れを手伝い、頬を伝う汗を袖で拭った。
体育祭当日には生徒の家族が見にくるため、この時期は特に気をつけて外観を整えておかなくてはならないのだそうだ。
「遺失物届が出てても、ほとんどは生徒の勘違いとか、捨てられてたりとかで、すぐ見つかるんだよ。でも最近届けが出たものはなかなかリストから消えないから、私も気にはなってたんだ」
帽子の下の日焼けした顔は僕の父よりも若いが、広い校内の管理を任されているだけあって、体つきはシャツの上からでもわかるくらい逞しい。
「なるほど……」
「でも高価なものばかりってわけじゃないし、偶然だと思いたいな」
僕も失くなった物に共通点がないかと確認してみたのだが、コニティスさんの言うとおり、リストアップされた物は大きさも価値もばらばらだった。
「そうですよね。万年筆や腕時計なんかは高そうですけど、トーティの落とし物なんて、拾った石だし」
「ああ、あの猫みたいな子ね。大切な物なら届けを出すといいって言っておいたんだ」
「コニティスさんの助言だったんですか」
トーティがわざわざ届けを出すタイプには見えないので、不思議に思っていたところだった。
「でもここに載ってるってことは、見つからなかったんですよね」
「ああ。他の落とし物も全然」
肩にかけたタオルで汗を拭い、コニティスさんはため息をついた。
「という感じで、コニティスさんも違和感を覚えているようでした」
放課後、ひとまず初日の調査結果をウルナ先輩に報告するために、僕は部室に向かった。
「そっかあ。ちなみに、今日新しく増えた遺失物届はないってさ。ハイドくんが調べてるからだったりして」
「まさか、それじゃいよいよ盗難ってことになりますよ」
「できれば体育祭の前に突き止めたいところだね。うん?」
次の新聞に載せる与太話を真剣に推敲しながらコーヒーカップを傾けていた先輩が、不意に扉を見た。
振り返ると、少しだけ開いた隙間から見知った顔が二つ覗いていた。
「スノウ様? と、ジュリ?」
珍しい組み合わせだ。出迎えると、何やら二人ともばつが悪そうな顔をしている。
ひとまずやたら豪華なソファを勧め、お茶を淹れながら訊ねた。
「どうしたんですか、はるばるこんなところまで」
「こんなところで悪かったねえ」
なにしろ、実験棟は教室棟から遠い。あちこちの部活動から勧誘を受けているジュリはまだしも、方向音痴のスノウ様は用がなければ近寄らない――というか、一人では辿り着くこともできなさそうな場所だ。
すると、
「ええと、スノウ様に案内を頼まれたんです」
言っていいのかと気を遣いながら、ジュリが答えた。
続けてスノウ様が、少し伏し目がちにぼそぼそと答える。
「……最近、ハイドが忙しそうだから」
「僕を探しに来てくれたんですか?」
「うん……」
確かに、ここのところ昼休みも放課後もウルナ先輩の指示で動き回っていたので、スノウ様のお世話をおろそかにしていた。
しかし付き人ごっこは元々僕が勝手にやっていたことなので、側を離れても特に問題はないと思っていたのだが。
「……」
無口なスノウ様が更に黙ってしまい、沈黙が流れる。
目を泳がせ、困っている時の仕草を見せるスノウ様をしばし眺めていたウルナ先輩が、はっと何かに気付いて声を上げた。
「わかった! スノウくん、ハイドくんがボクに取られたと思って妬いてるんだ!」
「ええ?」
スノウ様とやきもち。その二つがすぐには結びつかず、僕はしばらく思考停止してしまった。しかもスノウ様は否定しない。
「別に僕はスノウ様のお側を離れたいわけではありませんよ? ちょっと今は、先輩に弱みを握られてこき使われているだけで……」
僕は何故だか後ろめたい気持ちになって弁明してしまった。
頼みの綱のジュリは、全てわかった上で諦めているような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「人聞きが悪い!」
先輩が後ろで抗議している。事実ではないか。
「スノウ様とウルナ先輩のどちらかしか助けられないと言われたら、僕は一切の迷いなくスノウ様を助けますから。安心してください」
「ちょっとくらい迷ってよ!」
スノウ様はおじさんに繋がる重要な手がかりである以前に、大切な学友だ。蔑ろにしたいわけではないと熱弁すると、
「そう……」
困っていた目元が少し緩んだ。ほっとした時の顔だ。
そしてウルナ先輩は、そんな彼を見てにやりと笑い、悪魔のような提案をした。
「ハイドくんが何してるのか気になるなら、スノウくんも新聞部に入る?」
「何言ってるんですか、スノウ様がこんな怪しい部活に入るわけ――」
冗談も大概にしてほしいと苦笑しながらスノウ様のほうを向くと、
「入る」
「え!?」
「面白そう」
聞き間違いかと思ったのに、我が主君は決意の表情でしっかりと頷いてしまった。




