第24話 VS呪物研部長
「さてはまた新聞部ね! 侯爵家だからってもう容赦しないんだから!」
慌てて外に出ると、思ったよりも機敏な動きをするマーガレット部長が、筒状の何かを持って追いかけてきた。もしかして呪物か。
「バレてるじゃないですか!」
「毎回特集してあげてるからね!!」
自業自得だった。
しかしこちらの声が聞こえていないということは、幸いにも敵にはまだウルナ先輩の存在しかバレていない。
僕は眼鏡をしっかりと内ポケットに仕舞うと、先輩にかけていた魔法を切り、かわりに自分に身体強化魔法をかけた。
「僕はこのまま寮に帰りますから!」
「あっ、裏切り者!」
魔法士は身体を鍛えることを軽視しがちだが、強化魔法というのは本来の能力を底上げするものなので、元の身体能力が高いほど強化後の能力も上がる。
一年生と五年生の体格差があっても、毎日走っている僕が先輩を追い抜くのは簡単だった。
「呪物の魅力、教えてあげる!!」
「えっ、うわーっ!?」
先輩を囮にして逃げ切ろうと思っていたのに、悲鳴と共に背後から突然禍々しい気配がして鳥肌が立ち、思わず振り向いてしまった。
「やっぱりキスリングくんだ! 今日という今日は許さないよ!!」
「こんなの持ってたっけ!?」
ウルナ先輩の身体にうねうねとした黒い影がまとわりつき、地面に転がされていた。
ライズ先生の血統魔法に少し似ているが、マーガレット部長が持っている筒から染み出る魔力を感じた僕の身体が『これはダメなやつ』と告げている。
「追いかけっこが好きなキスリングくんのために用意してあげたんだよ? 締め付けの具合はどう?」
マーガレット部長は、黒い影が出ている筒を持ったまま腰に手を当て、勝ち誇った様子でウルナ先輩を見下ろす。息が荒いのは走ったせいだと思いたい。
「さあ、行こう」
筒の中身は持ち主の言うことを聞くらしく、黒いうねうねで簀巻きにされたウルナ先輩が引きずられていく。
先輩の娯楽に巻き込まれただけの被害者としては、これに懲りて反省すればいいと思ったが、
「せっかくだから、新しい呪物の実験台になってもらおうか、キスリングくん?」
マーガレット部長の言葉で旗色が変わった。
「それってさっき見てたやつ?」
「そう。惚れた相手になら、今までの罪を洗いざらい白状してくれるよね」
それはいけない。もしペンダントの効果が本物だったら、言いなりになった先輩が僕の存在まで暴露してしまうかもしれない。
それに、気付かれたのは僕が部屋の中の物を転がしてしまったせいなので、少しだけ非があると言えなくもない。
「助けてー!!」
「ああ、もう!」
そんな強力な呪物がこんなところにあるわけがない。きっとペンダントは偽物だ。
そう思いつつも、僕は踵を返してウルナ先輩を引きずっていくマーガレット部長を追いかけた。
おそらく部長が持っている筒自体が封印具だ。なら、蓋を閉じれば先輩の拘束も解けるはず。
見たところ蓋は片手でも開閉ができるスライド式だったので、一瞬不意を突ければ閉じることは可能だ。僕は姿を消したまま、マーガレット部長の背後に駆け寄った。
「あっ!?」
部長が目深に被っていたフードを素早く外し、気を取られて立ち止まった瞬間に正面に回り込む。
そして物を見えなくする魔法を解除した。
「なんで急にフードが、えっ!?」
黒い三つ編みお下げが露わになり、フードを被り直そうとした部長の手を取って、顔を思い切り近づける。
眼前にいきなり人の顔が現れたら誰だって驚くはずだ。ついでに声もかけたら、こちらを注視せざるをえなくなる。
「呪物なんて使わなくても、じゅうぶん魅力的ですよ」
「はぇ……?」
物を浮かせる魔法で少しだけ自分の身体を浮かせ、月明かりが逆光になって僕の顔が見えづらくなるように角度を調整する。
ようやく目が合った丸メガネの奥に微笑みかけ、彼女が混乱している隙に呪物を持っている方の手も掴んで、手元を見ずにさりげなく蓋を閉めた。
「よくやった!」
予想どおり黒いうねうねが霧散してウルナ先輩が解放される。
「えっ!? ああっ!?」
お下げと丸メガネの少女はようやく蓋が閉じていることに気付いたが、もう遅い。
「それじゃ、ごきげんよう!」
先輩の首根っこを掴んで引きずるように立ち上がらせると、僕たちは何の打ち合わせもせずに別々の方向――それぞれの寮に向かって走り去った。最近逃げてばっかりだ。
***
蓋を閉める時に僅かにうねうねに触れただけだというのに、その日の夜は少しうなされた。
ウルナ先輩は無事に逃げ切っただろうかと、翌日放課後の新聞部をおそるおそる覗くと、
「昨日の男子は誰!? 協力者なんでしょう!?」
今日はフードを被っていないマーガレット部長が、手元にあのうねうねの筒を携えて喚いていた。
「誰のこと? 呪物の触りすぎで幻覚でも見たんじゃない? ボクも夜はうなされたよ」
「しらばっくれないで!」
どうやら僕を探している。注意を逸らすためだったとはいえ煽りすぎたか。
執務机の向こうで彼女を宥めているウルナ先輩も無事のようだし、出直そうと思ったら、先輩が僕に気付いた。
「ほら、お客さんだ。一年生が怖がるからその物騒なもの仕舞って。ていうか、昨日の呪物のお披露目なんだろ? 部室に行かなくていいの?」
「そ、そうだった! 諦めたわけじゃないから! 今度ゆっくり話を聞かせてもらうからね!」
マーガレット部長は壁の時計を見ると慌てて机の上の大きなカバンを掴み、筒を無造作に放り込んだ。
すれ違いざまに僕をちらりと見て、
「……いや、もっと背が高かったはず」
ぼそりと呟いて走り去った。
僕は彼女が廊下の角を曲がるのを見送り、できる限り音を立てないようにそっとドアを閉めて、
「あああ危なかったあああぁぁぁ」
ドアにもたれかかりながらその場に崩れ落ちた。ウルナ先輩も執務机に突っ伏した。全力疾走した時と同じくらい心臓が早鐘を打っている。
月光のライティングを調整する小賢しい工作のおかげで、彼女は昨晩出会った男が自分よりも背が高かったと勘違いしてくれたようだ。
「厄介な女を口説いちゃったねえ、ハイドくん」
「口説いたって、何がですか?」
「嘘、自覚ないの?」
「煽り散らかした自覚ならあります……。怒ってましたね……。僕だって気付かれなくてよかった……」
バレたらきっと、あのうねうねで捕らえられて呪物の実験台にされるに違いない。
おそらくしっかりとは見られていないはずだが、また素顔を見せてはいけない相手が増えた。いい加減、走ってもずれない眼鏡に新調すべきだろうか。
「マジかあ。演劇部にでも売ろうかな、きみのこと」
「はい?」
ウルナ先輩もよくわからないことを言っている。僕は呪物に関わるとろくなことがないということを学んだ。




