第23話 呪物研究部
気が変わらないうちにとその場で入部届を書かされ逃げ場を失った僕は、
「じゃ、さっそく今日の夕食後に手伝ってもらおっかな!」
「……」
ウルナ先輩の命令で、夜の部室棟を見張る羽目になっていた。
「呪物研究部が新しいおもちゃを仕入れたって情報があるんだよねえ」
茂みに隠れている僕の隣で、上級貴族寮の食堂限定だというふわふわのパンを食べながら喋る先輩の情報網は、僕が普段集めているものとは少し性質が違うようだ。
ミーシア嬢が記事を読んで少し引いていたとおり、いわゆる低俗なゴシップをメインにしている。
「呪物研究部って、新聞部以上にいい噂を聞きませんよね」
「そうだねえ。まあ、何しろ扱ってるものがものだし」
新聞部もイロモノ扱いされていることを否定しなかった。
呪物とは書いて字の如く、呪われたアイテムのことだ。
呪いというのは使用者の強い感情が魔法として発現したもののことで、呪物は呪いが物質に定着してしまい、持ち主や設置場所の周囲にマイナスの影響をもたらすものを指す。
逆にプラスの影響をもたらすものは宝具として重宝され、貴族の家宝になったり、王宮に保管されていたりする。
「ま、学生が正規のルートで手に入れられる呪物なんて、基本はちょっと身体が重くなったり気分が鬱いだりする程度のものなんだけど」
「それでも割とヤバくないですか?」
そんなものを部活動のノリで校内に持ち込むな。
「市販の封印具で封印できるし、一定距離離れれば治る程度の効果しかないから容認されてるんだよ。研究すること自体は有用だろ?」
「うーん、そう言われれば、まあ」
「でも、対処法を知らない一般の生徒が触れると危ないこともあるから、こうして調べて注意喚起してあげてるわけ」
先輩の口ぶりだと、この張り込みはずいぶん殊勝な活動に聞こえるが、もし本当にそうなら新聞部の評判はこんなに悪くない。
「その真意は?」
「面白い効果だったらちょっと借りてみたい!」
案の定、清々しいほどの享楽主義だった。
「だいたい、もう部活動の時間は終わってるじゃないですか。そろそろ戻らないと寮の門限に間に合いませんよ」
事前に夜間の外出許可を取っていない限り、寮の門限は夜九時だ。腕時計を見ると、既に八時近くになっていた。
「まあまあ。……ほら来た」
足音がして、へらへら笑っていたウルナ先輩が僕の頭を押さえながら一際身を低くした。
チャリチャリと鳴る金属音は鍵束だろうか。フードを被った人影が呪物研究部の部室の前に立ち、少しもたついた後、鍵が開く音がした。
「なんでこんな時間に?」
「呪物研のマーガレット部長は、新しい呪物を仕入れるとまず一人で堪能する時間を設けるんだ」
「はあ……」
定期的に調べているだけあって、行動パターンも知り尽くしているらしい。そこまでわかっているのに、僕が立ち会う必要はあったのだろうか。
「行くよ。せっかくだから、魔法実技一位の実力見せてもらおうかな」
「先輩だって使えるでしょう、五年生なんだから」
「部員の能力は把握しておかないとね」
「聞こえのいいことばっかり言って……」
僕は文句を言いながら、指図されるままに物を見えなくする魔法と音を消す魔法を使った。
「重ねがけができる上に、効果も発動速度も申し分ない。いやあ、良い人材を拾ったなあ」
音を消す魔法は自分の半径一メートル以内の音がその外側に漏れなくなるというものなので、僕の背中をぐいぐいと押す先輩の声は聞こえる。
「僕は厄介な人に捕まったと思ってますよ」
「代わりに諜報の技術も教えるから。警察隊仕込みの本格派だよ? 知りたくない?」
「……」
それはとても知りたい。結局、僕のやり方は独学なので、情報屋の先生のような人が欲しいとは常々思っていたのだ。
「さあ、呪物研は何を仕入れたのかなあ」
音が周りに聞こえないのをいいことに、先輩は鼻歌まじりに部室の扉を半分ほど開いて中を覗き、足を踏み入れた。僕もその後ろからそろりと覗き込む。
「うわ……」
僕は先輩ほど豪胆ではない。魔法が発動しているとわかっていてもつい小声になりながら、引き気味の声を漏らした。
部室の中には、奇妙な道具や小物が床も壁も埋め尽くすように所狭しと並べられていた。
いずれも封印の魔法がかけられているようだが、呪物をこんなにたくさん一箇所に集めて大丈夫なんだろうかと少し心配になる。
心配なのはそれだけではない。
「うふ、うふふ……」
暗闇に蝋燭の明かりだけが灯る中、フード姿の人影が小刻みに揺れていた。
体格と声から辛うじて少女だということはわかるものの、ものすごく不審だ。
「素晴らしい、この造形、手触り、歴史を感じる風合い……」
「あれが部長さんですか? ……もう呪われてるんですか?」
「ある意味ではそうかも」
気味の悪い笑い声の主は、大ぶりの宝石がついたペンダントに頬ずりをしている。呪物に魅入られてしまったその姿は、まさに呪われていると言うに相応しい。
「気軽に触ってるってことは、その場にあるだけで勝手に効果を発揮するものじゃなさそうだねえ」
姿は見えないが、ウルナ先輩はふむふむとしきりに頷いている。どうやら手帳にメモを取っているようだ。
こんなに暗い中でよく書き物ができるなと感心するが、魔力の流れを見たところ、自分の目に強化魔法をかけていた。この人も大概器用だ。
「周りの人間が装着者に惚れてしまうって、本当かなあ。うふふ、早く試してみたいなあ」
「かなり強力じゃありませんか?」
人の感情に干渉するような催眠系の魔法は、『魔法の発展』でようやく出てきて、そのほとんどに取り扱い注意の注釈が付いていたレベルだ。
それをペンダントを着けるだけで発動できるとなれば脅威になる。
「本当なら宝具に分類されても良さそうだけどねえ」
呪物はコレクターが多く、効果が間違って伝わっている物や偽物も多いのだという。
「鑑定した人にとっては呪物だったってことかな」
「鑑定人次第なんですか……」
「そんなもんだよ。魔法だって使い方次第だろ?」
確かに、何に使うのだろうと思っていた魔法が意外と役に立つことはよくある。要は発酵と腐敗の違いだ。
「ところで、本物だったらちょっと借りてみたくない?」
「……ないです」
「呪物研が飽きた頃にこっそり借りよう」
聞いたくせに、僕の意思は関係ないらしい。
「こっそりは窃盗じゃないですか?」
「盗むんじゃないから。ちゃんと返すから」
などと言っていたら、堪能し終えたらしいフードの少女がペンダントを箱に仕舞って片付けはじめた。
「おっと、部長が出る前に退散しないと」
「はい」
と、僕たちも撤収しようとした時だった。
「あっ」
足元にあった何かに、うっかり踵が当たってしまった。どうしてこんな出入り口ぎりぎりにまで物を置いておくんだ。
「誰かいるの!?」
音は聞こえなかったはずだが、よりによって円筒形の転がりやすい物だったせいでコロコロと人影の足元まで転がっていってしまった。
「そこにいるのね!」
「逃げるよ、ハイドくん!」
「はい!」
もうこそこそしている場合ではない。扉を大開きにして、僕とウルナ先輩は我先にと部室を飛び出した。




