第22話 VS新聞部部長
振り返ると、派手なピンク髪の男子生徒が満面の笑顔で立っていた。
原形を留めないくらい制服を着崩していて、耳はピアスまみれだ。
「嬉しいなあ、熱心な読者に出会えて!」
雰囲気は騒がしいのに、声をかけられるまで全く気配がなかった。少し離れて見ていたはずのミーシア嬢すら驚いているのはどういうことだ。
「ええと……。新聞部の方、ですか?」
ジュリがおそるおそる訊ねた。
するとピアスまみれの男子生徒はいっそう嬉しそうな笑顔になり、両手の親指で誇らしげに自分の顔を差した。
「そう! ボクが部長!」
「確か、五年生のウルナ先輩?」
特徴的な外見と肩書きを、以前に兄姉から『校内の要注意人物』として仕入れた情報と照らし合わせて、名前を思い出した。
「お? すぐにボクの名前が出てくるなんて、さすがハイドくん」
「僕をご存知なんですか?」
先輩は有名人だが、クラスメイトにも名前を忘れられがちな僕のことを認知しているなんてと驚いていると、軽薄そうな顔でにやにやと笑った。
「もちろん。ミスティコ家の優秀な末弟、次期【ホラントの氷】の懐刀、エーレンベルク班の参謀」
「大げさですよ」
ずいぶん買い被られているようだ。
「一度話してみたいと思ってたんだよねえ。今日の放課後どう?」
馴れ馴れしく肩を組んでくるのでどうしたものかと思っていたら、
「ねえ、魔法実技一位?」
ひそひそと耳打ちされた。ダメだ、この男格上だ。
「……そうですね、ちょうど興味があるって話してたところなんです。ぜひ見学させてください」
立場の強い者には逆らうな。
これはヤンさんではなく、長いものに巻かれることでギリギリ子爵家として長らえてきたミスティコ家の教えだ。
新聞部の部室は一般的な部室棟ではなく、実験棟の中にあった。
一人でウルナ先輩と対峙するのは心細かったのでジュリも誘ってみたのだが、特待生はどの部からも人気で、放課後になるやいなや強そうな上級生女子に連れ去られてしまった。
もちろんスノウ様に付き添ってもらうわけにはいかない。
「教室から遠いのが難点なんだけど、印刷機とか写真の現像設備なんかがあるからこっちのほうが管理がしやすくてねえ」
ウルナ先輩は片手をポケットに突っ込み、ぷらぷらと酔っ払いのような歩き方で先導する。
もう片手は人差し指をキーホルダーに引っかけて、鍵を振り回している。鍵のサイズから見て、ずいぶんと厳重そうだ。
「さあ、どうぞ」
鍵を開け、鈍い金色のドアノブを回して妙に恭しく僕を招き入れる。
「失礼します。うわ、すごい」
図書館にも似た紙とインクの匂いに出迎えられて足を踏み入れると、まず目に入ったのは正面に鎮座する仰々しい執務机だった。
戸棚には資料やファイルが綺麗に整理されて並び、壁や移動式の黒板には様々な新聞記事のスクラップが貼られている。
奥には『関係者以外立入禁止』と書かれたドアがあった。おそらく機材はそちらだろう。
「座って座って。コーヒー飲める?」
「あ、はい……」
応接室のような重厚なソファーに僕を半ば強制的に座らせると、ウルナ先輩は端の給湯設備でポットに水を汲み、小さなコンロでお湯を沸かし始めた。
「ずいぶん設備が充実してるんですね……」
「全部ボクの自前だよ。うちの部員になったら使い放題! どう?」
「いやあ、どうと言われましても……」
確かウルナ先輩の実家は、三大公爵家に次ぐキスリング侯爵家だ。
国の治安を守る警察隊を統括し、世の秩序を正すことを存在意義としている厳格な家の次男のはずだが、本人は見てのとおり率先して秩序と風紀を乱す問題児。
しかし能力は優秀なばっかりに見逃されている、というのが彼の前評判だった。
「ウルナ先輩はコーヒー派なんですね。少し意外です」
僕はひとまず、話を逸らした。
国外から入ってきた茶色い飲み物を『泥水』と言って毛嫌いする上流貴族は多い。
しかし侯爵家だというのに、この部屋で出しっぱなしになっているのはいずれもコーヒーを淹れる器具ばかりで、ガラス戸棚に大人しく仕舞われた紅茶のポットにはほとんど使われた形跡がなかった。
「そうだねえ。紅茶よりそれっぽいかなって我慢して飲んでたら、いつの間にかこの味がクセになっちゃった。ミルクはさすがに置いてないけど、砂糖はお好きにどうぞ」
「ありがとうございます」
ご丁寧に角砂糖のポットとお茶菓子のクッキーまで出てきた。せっかくなので、砂糖もクッキーも一つずついただく。
さすが侯爵家が用意したクッキー、上品な味が口の中で優しくほどけた。
うっかり午後のおやつタイムを楽しんでしまっていると、正面に座ったウルナ先輩が僕の仕草をじっと見ていることに気付いた。
「何か?」
「こうして見ると、本当に普通だねえ」
「それはまあ、平凡が取り柄のミスティコ家ですから」
ウルナ先輩がどこまで知っているのかわからないので、できる限りしらばっくれてみる。
「まさか魔法実技一位の実力を隠してるなんて、誰も思わないよ」
「……どうやって調べたんですか? 試験の結果は、総合順位の三位までしか公表されませんよね」
まさかキスリング侯爵家は、エーレンベルク家でも門前払いされた資料に触れられるのだろうかと警戒したものの、先輩はあっさりと答えてくれた。
「これは趣味で毎年やってることなんだけどね。一組の生徒に、それぞれの順位を聞いてまわったんだよ。みんな良い点数を取ったら、誰かに聞いてほしいものだろ? 簡単に教えてくれるんだな、これが」
ほとんどの人間はミーシア嬢が三種全てで一位を取ったと思っているだろうが、試験会場には他にも数人の受験者がいた。
彼らに聞けば、ミーシア嬢が二位だったこと、藍色の髪の男子が一位だったことがわかる。
そして一組の他の生徒たちの順位を聞いて埋めていった結果、魔法実技一位の条件に当てはまるのは僕だけだったというわけだ。
「地道な作業の賜物でしたか……」
なんという暇人、じゃなかった、情報収集への飽くなき探究心。
そんな作業ができないくらいミーシア嬢が多忙で良かった。
「ねえ、ハイドくん。誰にも言わないでおいてあげるから、新聞部に入ってよ」
『おねがーい』と両手を組んで上目遣いで頼んで来るが、言っていることは脅迫だ。
噂によるとこの新聞部、こんなに立派な部室があるのに実働部員はウルナ先輩のみで、廃部寸前らしい。少々強引な手段を使ってでも部員を増やしたい理由があった。
「きみも調べ物が好きなんだろ? 悪い話じゃないと思うけどなあ」
「僕は別に、調べたことを公表したいわけではないので……」
必要な時に必要な内容だけを提供する、それが情報屋だ。不特定多数に広めるのは趣味ではない。
「なるほど、きみは新聞記者じゃなくて諜報員ってことか」
諜報。確かにそうとも言うかもしれない。
「どうして隠してるのかと思ったけど、ポリシーがあるんだね。ボクもやりたくないことを強制したいわけじゃないし。うーん」
おや、思いの外聞き分けが良い。
「聞き分けが良いって思っただろ」
「うっ」
言い当てられてつい肩を震わせると、先輩はあははと声を上げて笑った。
「搾取するだけの関係じゃ信頼関係が築けない。裏切られて困るのはボクだからね」
軽薄そうに見えても人の上に立つキスリング侯爵家の一員ということか。
「そうだなあ、他にやりたい部活がないんだったら、とりあえず新聞部に籍を置いてくれない? それで時々ボクのネタ集めを手伝ってくれれば、ここが使い放題。ボクはきみの秘密を守るし、バレそうな時にはフォローも手伝う。どう?」
弱みを握られているのは僕なのに、かなりの譲歩だ。そうまでして僕を新聞部に入れたい理由はわからないものの、悪くない条件だと思う。
「……わかりました。ただ、僕が新聞部だってことは伏せておいてもらえますか?」
お世辞にも新聞部の評判は良いとは言えないので、記事にされると思って話してくれなくなる人がいるかもしれない。飽くまでも協力させられている体をとるべきだ。
「もちろん。じゃあ、交渉成立だ。これからよろしくね!」
にこやかな笑顔と巧みな話術に絆されて、差し出された手を取ったのが間違いだったかもしれない。




