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#6 探偵と公安とJK2人の休日

(かく)(がみ)との戦いから一週間が経ったある休日。クロは事務所のソファに寝転がり、携帯電話をいじっていた。メールもなければ、着信もない。ただただ時間が流れるだけの午前中に、軽いあくびが漏れる。


コンコン、と扉がノックされた。



「おはようさん。クロ、起きとるかー?」



玖壱(くいち)の陽気な声が聞こえた。いつものキツネ面ではなく素顔で、カジュアルな服装の玖壱が入ってくる。



「何の用だ」


「飯食いに行こう思てな。ここんとこずっと忙しかったし、気分転換にどうや」



クロは身体を起こし、軽く伸びをした。



「……まあ、いいだろう」


「おおきに。ほな準備しようか」



玖壱が嬉しそうに笑うと、クロは立ち上がってアウターを羽織り、ナイフを腰に差す。

出発しようと扉を開いたその瞬間、外から明るい声が響いた。



「あ、クロさーん!」



そこには見覚えのある二人組がいた。琥珀(こはく)紫苑(しおん)だ。休日の女子高生らしい軽やかな服装で、どこか楽しみにしていたような笑顔を浮かべている。


クロは即座に玖壱を振り返り、低い声で言った。



「なんでこいつらも居るんだよ」



ジト目で睨まれた玖壱は、何食わぬ顔でにっこりと笑った。



「まあまあ、隠し神の件で協力してもろたし、慰労(いろう)も兼ねてな。せっかくやし賑やかな方がええやろ?」


「…そうか」



クロは軽く溜息をついたが、琥珀と紫苑は気にした様子もなく明るく挨拶してきた。



「お久しぶりです、クロさん! あの時のこと本当に感謝してます!」



琥珀が弾んだ声で言う。紫苑もぺこりと頭を下げた。



「助けていただいて、ありがとうございました」


「前も言ったが、仕事をしただけだ」



クロは相変わらずそっけない返事をしたが、その言葉にはわずかな柔らかさがあった。



「さ、ほな出発しよか! 今日はうちの奢りやからな」



玖壱がそう宣言すると、四人は連れ立って街へと向かった。


♢♢♢♢♢


繁華街の一角にある、テラス席を備えたお洒落なカフェレストラン。緑の植栽に囲まれた開放的な空間は、休日のお昼を楽しむ客たちで賑わっている。玖壱が事前に予約を入れていたらしく、四人はテラス席の一角へ案内された。心地よい風が吹き抜け、街路樹の葉が涼やかな音を立てている。



「ここ、雰囲気ええやろ? 料理も美味しくてな」



玖壱(くいち)が自信ありげに言うと、琥珀(こはく)紫苑(しおん)は周りを見回して感心した様子だった。



「すごくオシャレなお店ですね!」


「テラス席、素敵です……」



二人のリアクションに玖壱は満足げに頷き、一方でクロは黙ってメニューを眺めている。



「クロ、食べたいもんあるか?」



クロはメニューをじっくりと見比べ、何度か視線を移した後、一つを指差した。



「……これ美味そうだな」


「おお、それええ選択やな」



玖壱が頷きながら自分のメニューに目を落とす。琥珀と紫苑は楽しげにメニューを見比べていた。



「紫苑、これ美味しそう!」


「本当だ、でもこっちのパスタも気になるなあ……」



二人のやり取りを横目で見ながら、クロは自分の選んだ料理を改めて確認していた。穏やかな時間が流れている。こういう平和な光景が、今はひどく眩しく感じられる。隠し神との戦いで命を落としかけたことを思い出すと、こうして普通に生きていることの奇跡を実感する。



「クロさん、決まりましたか?」



琥珀に促され、クロは頷いた。



「ああ、これで」


「わかりました! すみませーん!」



琥珀が店員を呼び、玖壱が四人分の注文を伝える。料理が来るまでの間、自然と会話が始まった。



「そういや玖壱」



クロが何気なく口を開いた。



「今日は仮面をつけてないんだな」



玖壱は少し意外そうな顔をした。



「ああ、気づいたか」


「いつものキツネ面がなかったらすぐ気づくだろ」


「そういえば、仮面なしで会うたことはなかったかもな。

 休日はつけてへんよ。いつ招集命令が来てもいいように持ってはおるけどな」



そう言って玖壱は自分の鞄を軽く叩いた。中にちゃんと仮面が入っているらしい。

それを聞いた琥珀が、興味津々といった様子で身を乗り出した。



「あの、玖壱さん。前から気になってたんですけど……」


「ん? なんや?」


「なんで、公安の人達は顔を隠してるんですか?」



琥珀の質問に、玖壱は少し考えるような仕草をした後、説明を始めた。



「んー、それはな。理由はいくつかあるんやけど、一番大きいのは怪異対策やな」


「怪異対策……ですか?」



紫苑も興味深そうに身を乗り出す。



「せや。怪異の中にはな、目を合わせただけで精神操作をしてきたり、術者の命を奪うやつがおるんや。そういった怪異に対しては、顔の一部を隠すだけでも怪異側からは顔と認識されず、有効な手段になるんや」



玖壱は続けて、自分の鞄からキツネ面を取り出した。



「それに、顔を隠す仮面や布には、怪異の妖術から身を守る模様が刻まれとる。例えば、このキツネ面にも、いくつかの術式が刻まれとるんよ」



面の内側を二人に見せると、複雑な文様が刻まれているのが見える。琥珀と紫苑は、興味津々といった様子でそれを見つめた。



「わあ……すごく細かい模様ですね」


「これが、怪異の技を防ぐんですか?」


「せや。完全に防げるわけやないけど、ある程度の効果はある。こうした理由で、戦闘部隊の大抵のメンバーは顔を隠すアイテムを所持しとるんや」



説明が終わり、玖壱が面を鞄にしまったタイミングで注文していた料理が次々とテーブルに並べられた。彩り豊かなサンドイッチ、ふわふわのキッシュ、新鮮な野菜のサラダ、魚介たっぷりのペスカトーレ。どれもお洒落に盛り付けられ、見た目も美しい。



「わあ、綺麗!」



琥珀が歓声を上げる。紫苑も嬉しそうに目を細めた。



「いただきましょか」



玖壱の号令で、四人は手を合わせる。しばらくの間、料理を味わいながら静かな時間が流れる。クロも、どこか心地よさそうにしていた。


食事が半分ほど進んだ頃、クロのポケットから携帯電話の着信音が鳴った。クロは画面を確認し、少し眉を寄せる。



「悪い、ちょっと電話出てくる」


「おう、行ってらっしゃい」



玖壱が軽く手を振る。クロは席を立ち、テラスの端の方へと歩いていった。


クロが去った後、テーブルには玖壱、琥珀、紫苑の三人が残された。紫苑はふと思い出したように、少しいたずらっぽい笑みを浮かべて口を開いた。



「あ、そういえば玖壱さん」


「ん? なんや?」


「こはく、あれからクロさんのことばかり考えてるんですよ」


「ちょ、ちょ、ちょっと! 紫苑!?」



琥珀が慌てて制止するが、紫苑は楽しそうに続ける。



「もう毎日のように、あの日の話をしてくるんです。クロさんがどんなに強かったかとか、どんなに頼りに——」


「ちょっと待ってって! 紫苑!」



琥珀の顔は真っ赤だ。慌てて紫苑の口元を両手で塞ぐ。紫苑は「んんん」と抵抗するが、琥珀は必死の表情だ。



「な、何勝手なこと言ってるの!? そんなこと……!」



玖壱はその光景を見て、愉快そうに笑った。



「なるほどなあ、そういうことか」


「ち、違いますから! 紫苑が勝手に……!」



琥珀は顔を伏せて恥じらっているが、その様子がむしろすべてを物語っている。紫苑はやっと解放されると、微笑んだ。



「だって事実でしょ?」


「も、もう! 紫苑のバカ!」



琥珀は顔を(おお)って恥ずかしがっている。玖壱はその様子を暖かい目で見守った。


そこにクロが戻ってきた。



「何騒いでんだ」


「な、何でもありません!」



琥珀は慌てて否定する。クロは(いぶか)しげな顔をしたが、深く追及することなく席に戻った。



「…よくわからん連中だ」


「まあまあ、気にせんでええで」



玖壱がフォローを入れる。その後、食事は和やかに進んでいった。


♢♢♢♢♢


食後のデザートまで堪能した後、四人は店を出た。外は昼下がりの柔らかな日差しに包まれ、爽やかな風が吹いている。



「ご馳走様でした! すごく美味しかったです!」



琥珀(こはく)が笑顔で玖壱(くいち)に礼を述べる。紫苑(しおん)もお辞儀をして感謝を伝える。



「本当に美味しかったです、ありがとうございました」


「気にせんでええよ。また機会があったら、こうやって集まろうな」



玖壱の言葉に、琥珀と紫苑は嬉しそうに頷いた。


別れ際、玖壱はポケットから小さな袋を二つ取り出した。



「そうや、これ渡しとこか」


「これは……?」



琥珀が受け取ると、中には精巧(せいこう)細工(さいく)(ほどこ)された御守りが入っていた。紫苑も同じものを受け取る。



「怪異除けの御守り。うちの仲間に作ってもろたんや」


「こんな大事なもの……」


「持っといてや。そして、何かあったらすぐ公安に連絡するんやで、うちの名前出せばすぐ対応してもらえるから」


「はい!」



二人は御守りを大切そうに握りしめた。玖壱は安心したように頷く。



「ほな、またな」



玖壱とクロは手を振り、琥珀と紫苑と別れた。二人の背中が見えなくなるまで、琥珀と紫苑は手を振り続けていた。


♢♢♢♢♢


帰り道、クロと玖壱(くいち)は並んで歩いていた。街のざわめきが遠くに聞こえ、二人の間には心地よい沈黙が流れている。



「二人に何を渡してたんだ」



クロがふと尋ねた。



「御守りをな。二人、特に紫苑(しおん)さんは、色々と引き寄せそうやからな」


「あー、そうだな」



クロは小さく頷いた。確かに、紫苑は怪異に狙われやすい素質がある。あの御守りがあれば、少しは安心だろう。



「たまには、こういう一日があってもいいかもな」



クロがぼそりと言った。玖壱は少し意外そうな顔をした後、笑った。



「そうやな。たまにはこうやって息抜きも必要や」



玖壱の言葉に、クロは小さく頷いた。



「たしかに」



二人は、午後の風に吹かれながら帰路につくのだった。

お久しぶりです。Wright/__です。

本作品を読んでいただき、ありがとうございます。


定期的に平和な日常回を書いていきたい

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