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#5 神隠し ‐祓‐

「あー、ちゃうなぁ……これもちゃうなぁ……」


通行人の一人が、奇妙な光景に気づいて足を止めた。キツネ面をつけた男が、公共物を漁っている。

それは、明らかに異様な光景だった――。

………

……

クロが『隠し神(かくしがみ)』と遭遇してから三日後。

公安本部の会議室には、時雨隊(しぐれたい)のメンバーが集まっていた。


時雨隊は公安怪異対策課の戦闘部隊の一つで、メンバーは五名から()る。

隊長を務めるのは符術師(ふじゅつし)山神やまがみ 仙狐せんこ、副隊長が同じく符術師(ふじゅつし)禍月まがつき 玖壱くいち。そして退魔師(たいまし)かがり じんに、双子の結界師(けっかいし)である夜境よさかい なぎ夜境よさかい みお(なぎ)が姉で(みお)が妹だ。

少数精鋭の部隊として、数々の怪異討伐任務をこなしてきた実績がある。


緊急招集の連絡は深夜に入り、メンバーは通常よりも早い時間に到着している。会議室は簡素(かんそ)な作りで、中央に大きな木製テーブルが置かれ、その周りを椅子が囲んでいた。壁には怪異関連の資料が入ったファイルが積まれ、ホワイトボードには過去の作戦の痕跡が残っている。



「おいおい、朝っぱらから招集とかマジかよ。昨日遅くまで訓練してたってのによー」



退魔師の(かがり) (じん)が、椅子に座りながら軽い調子で呟いた。顔を布で隠した彼の声には、どこか軽さと期待が混じっている。



「仕事なんだから当然でしょう。それに、緊急招集ってことは、それだけ重要な案件なのよ」



結界師の夜境(よさかい) (なぎ)が、きっぱりとした口調で(じん)を制する。彼女もまた顔を布で隠しており、その布には狐モチーフの印が刻まれている。



「う、うん……でも、一体何があったんだろう……怖いな」



双子の妹である夜境(よさかい) (みお)が、少し不安そうに(なぎ)の隣に座った。彼女の声は小さく、どこか震えている。


副隊長の禍月(まがつき) 玖壱(くいち)が会議室に入ってくると、口元をキツネ面で隠した彼は、会議室を見渡し資料を机の上に置いた。



「隊長以外は、みんな揃っとるな。ほな、さっそく始めようか」



玖壱(くいち)の声には、いつもの柔らかさがあるが、その奥には真剣さが滲んでいる。迅が頭の後ろで腕を組みながら、興味津々といった様子で尋ねた。



「で、今回の件って何なんだ? そんなにやべぇのか?」



玖壱は資料を広げながら、淡々と説明を始めた。



「三日前、探偵のクロさんから連絡があってな。人探しの依頼をこなしていたら、一級怪異『隠し神(かくしがみ)』と遭遇したらしい」



その言葉に、会議室の空気が一瞬で引き締まった。凪が眉をひそめ、冷静に状況を確認する。



「一級怪異……それは確かな情報なの?」


「確かや。クロは実際に戦闘して、依頼人を救出。ただ、『隠し神(かくしがみ)』本体は逃走してもうた」



玖壱の説明に、(みお)が不安そうに身を縮める。



「い、一級怪異が逃げたって……それって、また被害が出るってこと……?」


「せや。だからこそ、早急に討滅(とうめつ)する必要がある」



迅が軽く口笛を吹いた。



「へぇ、その探偵ってやつ、一級怪異と戦って生きてるってことは、相当やるじゃねえか」


「あいつは、ガラは悪いけどめちゃくちゃ腕の立つ探偵や。うちとも何度か協力したことがある」



玖壱はそう言いながら、手元の資料を一枚めくった。



「被害者は、女子高校生の紫苑(しおん)さん。彼女は『隠し神(かくしがみ)』に精神支配を受け、力の()(しろ)として利用されていた。『隠し神(かくしがみ)』の呪縛から彼女を解放したことで、『隠し神(かくしがみ)』は弱体化して逃走した」



凪が鋭い視線で玖壱を見つめる。



「依り代を失ったなら、今が討伐(とうばつ)のチャンスね。でも、問題は居場所よ」


「せや。それが一番の問題なんや」



玖壱は資料に目を落とした。



「被害者の紫苑さんに聞き込みを行ったんやけど、『隠し神(かくしがみ)』の媒体になっていた本は、"気づいたらいつの間にか消えてた"って答えられた」


「消えた?」



迅が首を傾げる。



「そうや。しかも、紫苑さんは、その本をどこで買ったのか覚えてへんらしい。調査隊に市内の古書店も全て捜索してもろたんやけど、それらしい本を扱ってる店は見つからんかった」



迅が肩をすくめる。



「つまり、手がかりゼロってことか。そりゃ厄介だな」


由々(ゆゆ)しき事態ね。このままだと『隠し神(かくしがみ)』の居場所も特定できず、再び被害が出る可能性が……」



凪がそこまで言いかけた時、会議室の扉が勢いよく開いた。


♢♢♢♢♢


「おー、みんな揃うとるな。悪い悪い、遅なってもうたわ」



のんびりとした声が会議室に響き渡る。現れたのは、時雨隊(しぐれたい)隊長の山神(やまがみ) 仙狐(せんこ)だった。目元をキツネ面で覆い、いつもの自由奔放な雰囲気を漂わせながら入ってくる。


(なぎ)が即座に立ち上がり、きっぱりとした口調で叱責した。



「仙狐隊長! また遅刻ですか! 会議開始時刻の十分前には到着しているべきです!」


「すまんすまん。ちょっとええもん見つけてもうてな」



仙狐はそう言いながら、(ふところ)から一冊の古びた本を取り出した。表紙はボロボロで、色()せており、長い年月を経た様子がありありと分かる。本からは、微かだが確かに妖気が漏れ出ていた。


玖壱(くいち)がその本を見て、目を細める。



「……それ、もしかして」


「妖気を感じたから拾ってきたんや」



仙狐が本を机の上で開くと、目次が書かれているのが見えた。


【神隠し】


その瞬間、会議室の空気が凍りついた。迅が驚いたように声を上げる。



「マジかよ! それ、まさか……!」


「『隠し神(かくしがみ)』が宿っとる本。間違いあらへん」



玖壱の言葉に、全員が息を呑んだ。(みお)が恐る恐る尋ねる。



「ど、どこで見つけたんですか……?」


「古本回収ボックスの中や。通りかかった時に妖気を感じてな。こらあかんと思て開けてみたら、この本が入っとった」



玖壱が驚いて声を上げた。



「ちょ、ちょっと待ってください! 隊長、また勝手に回収ボックス漁ったんですか!?」


「まあまあ、結果オーライやないか」


「結果オーライじゃありませんよ! 不法行為です! 公安の隊長がそんなことしてどないするんですか!」



玖壱の説教に、仙狐は困ったように笑った。



「ええやん、妖気感じたんやもん。放っとくわけにいかへんかったんや」


「ええやんとちゃいます! 次からは必ず連絡してから行動してください!」


「はいはい、わかったわかった」



仙狐は軽く手を振ってから、本を指差した。



「それより、これで『隠し神(かくしがみ)』を討滅できるやろ」



凪が冷静に状況を確認する。



「でも、どうして古本回収ボックスに? 『隠し神(かくしがみ)』が自分で捨てれるわけないし」


「せやな」



仙狐は腕を組んで考え込む。



「もしかしたら、『隠し神(かくしがみ)』に取り憑かれた誰かが、無意識のうちに捨てたのかもしれへん。まあ、理由はともかく、この本は『隠し神(かくしがみ)』の媒体。本を開いて少し刺激を加えたら『隠し神(かくしがみ)』は現れるやろ。そこを叩く」



ここで迅が疑問を口にする。



「待てよ。本を開けるってことは、わざわざ呼び出すってことだろ? それより、本ごと燃やしちまえばいいんじゃねえか?」



仙狐は首を横に振った。



「それはあかん」


「ど、どうしてですか?」



澪が不安そうに尋ねる。



「あくまで本は本、『隠し神(かくしがみ)』本体とちがうんや。『隠し神(かくしがみ)』を呼び出さへんで破壊したら、制御不能な状態で現世に放り出される可能性かてある」



仙狐の説明に、凪が理解を示す。



「つまり、本がなくなったら『隠し神(かくしがみ)』の居場所が分からなくなるってこと?」


「せや。本を破壊してしもうたら、『隠し神(かくしがみ)』はどこにでも現れる可能性がある。最悪の場合、人の多い場所に現れるかもしれへん」


「それは……まずいな」



迅が真面目な表情で頷く。



「だからこそ、本を通じて『隠し神(かくしがみ)』を呼び出し、確実に討滅する必要がある」



玖壱が補足する。



「なるほどな……」



迅が納得したように頷いた。



「そしたら、作戦はどうすんだ? 相手は境界(きょうかい)を作る能力を持ってるんだろ? 境界に引きずり込まれたら厄介じゃねえか」


「せやから、結界を張る。凪と澪の結界で『隠し神(かくしがみ)』の境界展開を封じる。その間に、玖壱と迅で本体を()て」



凪がきっぱりと宣言する。



「承りました。結界の準備は万全にしていきます」


「わ、私も頑張ります……!」



澪も小さいながらも、決意を込めて答えた。


玖壱が尋ねる。



「場所はどこでやるんですか?」


「郊外の廃工場や。人気がなく、戦闘に適しとる。今夜の零時、そこで作戦を実行する。ええか?」


「「「「はい」」」」



四人が同時に答える。仙狐は全員を見回してから、にっこりと笑った。



「装備は万全にしていくこと。玖壱、お前が指揮(しき)()れ」



澪が驚いて尋ねる。



「え? 仙狐さんは戦わないんですか?」


「ワシは別の任務を押し付けられててな、今回の任務はお前たちだけでもなんとかなるやろ」



玖壱は力強く頷いた。



「……はい。任せてください」



迅が軽く拳を突き上げる。



「おう、任せとけって! 一級怪異だろうがなんだろうが、やってやるぜ!」



凪がきっぱりと答える。



「はい! 万全を期します!」



澪が小さく、しかし決意を込めて答える。



「が、頑張ります……!」



仙狐はその様子を見て、満足そうに頷いた。



「ええ返事や。ほな、解散。お前ら、遅刻しいひんようにな」



その言葉に、仙狐以外の全員が苦笑した。



♦♦♦♦♦



深夜零時。K市郊外の廃工場。


錆びた鉄骨が月明かりに照らされ、不気味な影を落としている。かつては工業製品を製造していたであろうこの場所も、今は人の気配が完全に途絶え、荒廃した建物だけが残されていた。割れた窓ガラス、崩れかけたコンクリートの壁、床に散乱する瓦礫。風が吹くたびに、金属がきしむ音が響く。


廃工場の前には、四人の時雨隊(しぐれたい)メンバーが集結していた。

玖壱(くいち)(じん)(なぎ)(みお)

全員が戦闘装備を整え、臨戦態勢で立っている。



「ここなら、周囲に被害が出る心配はないな」



迅が周囲を見回しながら言った。



「せやな。それに、結界を張るための充分な広さもある」



玖壱が本を手に持ちながら答える。



「凪、澪、結界の準備を頼む」


「はい」


「了解です」



双子が動き出し、工場内に符を配置していく。結界の強度は、術者の技量や符の置き方に依存する。幼い頃から結界師として育てられてきた二人の動きには、迷いがなく無駄がない。



「いくよ、澪」


「うん、お姉ちゃん」



二人が同時に(いん)を結ぶ。符から光が溢れ、廃工場全体を覆う巨大な結界が展開される。光の壁が周囲を取り囲み、外界(がいかい)との繋がりを遮断(しゃだん)する。結界の光は(あわ)い青白色で、まるで水面のように揺らめいている。



「結界、張り終わりました」



凪が玖壱に報告する。



「ありがとう。あとは結界の維持を頼む。迅、準備はええか」


「おう、いつでもいけるぜ!」



迅が腰の刀を軽く叩きながら応える。

玖壱は本を地面に置き、深呼吸をした。



「ほな、行くで」



玖壱がゆっくりと本を開き、符を貼り付けた。

その瞬間、本のページが勝手にめくれ始め、黒い霧が溢れ出してきた。霧は瞬く間に廃工場内を覆い尽くし、視界を奪おうとする。霧は渦を巻き、徐々に形を成していく。


『ギギギギギギ……』


不快な音が響いた。金属が擦れ合うような、耳障りな音。


黒い霧の中から、痩せ細った人型の影が姿を現した。三メートルを超える痩せ細った体。ぼろぼろの着物。顔は能面(のうめん)のように無表情で、目には深い闇が宿っている。


一級怪異『隠し神(かくしがみ)



「……来たか」


『ギギギギギギギギ……』


隠し神(かくしがみ)』が、玖壱たちを見つめる。その視線には、明確な敵意が込められていた。



「迅、行くで!」


「おうよ!」



迅が刀を抜き、一気に『隠し神(かくしがみ)』に肉薄(にくはく)した。その動きは電光石火、一瞬で間合いを詰める。



「喰らいやがれ!」



刀が『隠し神(かくしがみ)』の胴体を横一文字に斬り裂いた。だが、その刀身が捉えたのは実体ではなく、流動する黒い霧だった。


『ギギギギギ……』


隠し神(かくしがみ)』の体から、無数の触手が爆発的に伸びた。迅は咄嗟(とっさ)に後方へ跳躍し、触手の攻撃を回避する。



「ちっ、実体がねえのか!」


「迅、下がれ!」



玖壱が符を取り出し、印を結ぶ。


壱之札(いちのふだ)(ほむら)!」


発火する符が『隠し神(かくしがみ)』に向かって飛んだ。符は『隠し神(かくしがみ)』の体に命中し、激しい炎が巻き起こる。


『ギギギギギギ……!』


隠し神(かくしがみ)』の体が、炎に包まれた。だが、その炎もすぐに黒い霧に飲み込まれ、消えていく。



「あんまり効いとらんな……!」



隠し神(かくしがみ)』の触手が、今度は玖壱に向かって襲い掛かる。玖壱は素早くかわしたが体勢を崩してしまう。



「くっ……!」


「副隊長!」



澪が叫んだ。

玖壱をサポートするため、凪と澪が同時に印を結ぶ。


双結界(そうけっかい)(ろう)!」


二人の力が合わさり、『隠し神(かくしがみ)』を中心に強固な結界が展開される。『隠し神(かくしがみ)』の動きが、鈍る。



「今や、迅!」


「おうよ!」



迅が再び斬りかかる。結界に閉じ込められ動きが制限されているため、霊力をまとわせた刀身が『隠し神(かくしがみ)』の体を捉えた。



悪霊退散(くたばれ)!」



刀が『隠し神(かくしがみ)』の腕を切断した。切断された腕は黒い霧となって霧散する。


『ギギギギギギギギギギギギ……!』


隠し神(かくしがみ)』の不快な音が、一段と激しくなった。

切断された腕は瞬時に再生し、さらに太く、さらに長い触手となって襲い掛かってくる。



「おい、再生したぞ!」


「報告書に書いてあったやろ! 再生させる隙を与えんな!」



玖壱が次の符を取り出し、『隠し神(かくしがみ)』を焼き尽くそうとする。


『ギギギギギギギギギ……!』


隠し神(かくしがみ)』の体が、激しく揺らぐ。だが、完全には消滅しない。


「まだや……もう一撃!」


「任せろ!」


迅が再び斬りかかる。


凪と澪も、結界を維持しながら『隠し神(かくしがみ)』の動きを封じ続ける。


時雨隊の連携攻撃が、『隠し神(かくしがみ)』を徐々に追い詰めていく。しかし、決定打がない。一級怪異の再生能力と、実体のない霧のような体が、攻撃を受け流し続けている。



「くそ、きりがねえ!」



迅が苛立ちを露わにした。



「効いてはおるけど、うちらとは相性が悪いな……」


『ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ……!!』


隠し神(かくしがみ)』の不快な音が、さらに激しくなった。そして、『隠し神(かくしがみ)』の体から、膨大な黒い霧が溢れ出した。



「まずい、暴れ出したわ!」



凪が叫んだ。


隠し神(かくしがみ)』は、何がなんでも逃げようと暴れ狂い始めた。触手が無数に増殖し、結界を内側から破壊しようとする。



「結界が……持ちません!」



澪が苦しそうに言う。

結界に次々と亀裂が入り、崩壊は時間の問題だった。


その時。



「――ほな、そろそろワシの出番やな」



のんびりとした声が響いた。


全員が振り向く。そこには、キツネ面で目元を隠し、衣裳をまとった仙狐がゆっくりと歩いてきていた。



「た、隊長!」



玖壱が叫ぶ。



「様子を見に来てみたけど、厄介な一級相手に四人でようやっとるわ。でも、ここからはわしに任せえ」



仙狐がそう言うと、懐から一枚の符を取り出し、印を結ぶ。その動きは流れるように美しく、一切の無駄がない。


「――(あま)()らす炎よ、全てを灰燼(かいじん)に帰せ」


仙狐が符を『隠し神(かくしがみ)』に向かって投げた。


符は空中でゆっくりと回転しながら、『隠し神(かくしがみ)』に近づいていく。そして、符が『隠し神(かくしがみ)』に触れた瞬間――


ゴオオオオオオォォォ!!


爆発的な炎が巻き起こった。


それは、これまでの攻撃とは比較にならない規模の炎だった。廃工場全体を覆い尽くすほどの炎が、『隠し神(かくしがみ)』だけを飲み込んでいく。炎は白熱し、周囲の空気を焼き尽くす。鉄骨が熱で歪み、コンクリートが焼けて弾ける音が響く。


『ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ――――!!!!』


隠し神(かくしがみ)』の絶叫が響いた。だが、その絶叫も、すぐに炎に飲み込まれる。


黒い霧が、触手が、全てが炎に焼かれていく。再生する間もなく、完全に焼き尽くされていく。


「や、やべえ……」


迅が呆然と呟いた。


仙狐は一枚の符で、一級怪異『隠し神(かくしがみ)』を完膚なきまでに焼き尽くした。その力は、まるで太陽そのものを操っているかのようだった。


炎が収まった時、『隠し神(かくしがみ)』は跡形もなく消滅していた。廃工場の床には焼け焦げた跡だけが残り、辺りには煙が立ち込めている。



「終わったで」



仙狐がいつもの調子で言う。



「お、お疲れ様でした……」



澪が震える声で言った。



「隊長、強すぎ……」



凪も呆れたように言った。



「まぁ、だいぶ弱っとったしな。ワシが居らんくてもお前らだけで勝てとったやろ」



その言葉に玖壱が苦笑する。

迅が刀を(さや)に収め、深く息をつく。



「いやー、隊長の戦い、久々に見たけどよ……やっぱすげえや」


「ホンマやな。さすが時雨隊(うちら)の隊長や」



玖壱が誇らしげに言った。


結界が解除され、廃工場は再び静寂に包まれた。だが、その静寂は先ほどとは違う。もう、不穏な気配はない。



「よし、これで一級怪異『隠し神(かくしがみ)』は完全に消滅した。あとは、帰って事務処理やな。みんな、お疲れさん」



仙狐がそう言って、メンバーを見回した。



♦♦♦♦♦



翌日の午後。玖壱(くいち)は、クロの事務所へと向かっていた。路地裏の奥にある、人目につきにくい場所。古びた鉄製の扉には、小さな看板が掛かっている。『怪異探偵事務所』と書かれたそれは、色()せて文字が読みにくくなっている。


錆びた扉を開けると、いつものように薄暗い事務所の中で、クロが椅子に座っていた。



「よう、クロさん。調子はどうや?」


「……まあまあだ」



クロは短く答えた。体の侵食痕(しんしょくこん)はまだ完全には治っていないが、日常生活に支障はない程度には回復している。



「報告に来たで。『隠し神(かくしがみ)』、無事討伐したわ」


「……そうか」



クロは表情を変えずに答えた。



「隊長が来てくれてな。あっという間やったわ。さすが仙狐(せんこ)隊長やで」


「仙狐…お前の師匠か。そりゃ良かった」



クロは興味なさそうだったが、玖壱は気にせず続けた。



「古本も見つかったんよ。古本回収ボックスの中に捨てられとった。誰が捨てたかはまだわかっとらんけど…」


「………」


「まだ謎は多いな。本がどこからこの街に流れてきたんか。古本屋も見つからへんし、根本的な解決とは思っとらん」



玖壱は腕を組んだ。



「……怪異を使役できる人間がいるとしたら」


「だとしたら、相当危険な案件や。ただの神隠しやなくて、明確な意図があったってことになる」



クロは少し考え込むように沈黙した。


「……まあ、とにかく、討伐できたんなら今はそれでいい」


「せやな。この件は、これで一件落着や」


玖壱は立ち上がった。



「ほな、うちはこれで。また何かあったら連絡するわ」


「……ああ」



玖壱が扉に手をかけたとき、クロが声をかけた。



「……玖壱」


「ん?」


「礼を言っておく。ありがとな」



玖壱は少し驚いたように振り返った。クロが礼を言うなど、珍しい。



「なんや、(ガラ)にもないこと言うやんか」


「……たまにはな」



クロは小さく笑った。玖壱もキツネ面の下で笑ったようだった。



「ほな、また。体、大事にしいや」


「……ああ」



扉が閉まり、事務所に再び静寂が戻った。クロは椅子に深く座り直し、天井を見上げた。


隠し神(かくしがみ)』による事件は、こうして幕を閉じた。



♦♦♦♦♦



事件報告書


事件名  S9-247号 一級怪異『隠し神(かくしがみ)』討滅作戦


実施場所 K市郊外 廃工場


怪異名  隠し神


等級   一級指定怪異


参加者  国家公安怪異対策課 時雨隊

     隊長:山神 仙狐

     副隊長:禍月 玖壱

     隊員:篝 迅、夜境 凪、夜境 澪


作戦結果 成功。一級怪異『隠し神』を完全討滅。


特記事項 『隠し神』は、本を媒介として依り代を探していた。

     行方不明であった本は、隊長・山神仙狐が古本回収ボックスから

     妖気を感知して発見。

     結界術により境界展開および逃走を封じた上で、討滅完了。

     引き続き不審な本並びに古書店に関する情報収集を継続する。


追記   本件に関し、探偵・クロ氏の協力に感謝の意を表する。

     同氏の初期対応がなければ、被害は更に拡大していた可能性が高い。

     また、同氏との戦闘により『隠し神』が弱体化していたことが、

     今回の討滅成功の要因の一つである。

お久しぶりです。Wright/__です。

本作品を読んでいただき、ありがとうございます。


2026年もよろしくお願いいたします。

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