第9話 イサルフェ
私たちはしばらく走った後、2人でのんびりと夜の街を歩いていた。私自身も、とりあえず身の危険は去った気がしていた。
私たちは、二車線の車道にある、細い歩道を静かに歩いた。通り過ぎる車のテールランプが、2人を赤く照らしては通り過ぎた。
「ここまでくればもう大丈夫だ」
彼はそう言って微笑む。その言葉を聞いた私は、顔を真っ赤にしながら彼の手を離した。
「あ、ありがとうございます!本当に助かりました」
すると彼は超絶イケメンオーラを放ちながらニコリと微笑んだ。
「気にすることはないよ。……たまたま僕がいて良かった」
私は顔を赤くして俯く。
「本当にありがとうございます……」
私は彼の顔を見上げた。
「あのう……」
「何?」
「お名前を教えてもらえますか?」
すると彼は優しく微笑んで、私をじっと見つめた。
「僕の名前はイサルフェ……フランス人さ」
「フ、フランスなんだ……い、行ったことないなあ」
するとイサルフェはニコリと微笑んだ。
「じゃあさ、ミナは今までどこの国に行ったの?」
「え!どこの国って……えーと……」
私は顔を真っ赤にした。
「まだ……外国に行ったことなかったかも……」
私は顔を熱くしながら俯いた。すると彼は優しく笑って言った。
「それじゃ、君が初めて海外旅行に行くことになったら、ぜひフランスを訪れるようにしてくれよ」
イサルフェはクリクリとした瞳で、イタズラっぽく笑った。私は顔を赤くしながら頷く。
私はイサルフェに、私の顔が赤くなっているのを悟られたくなかったけど、もし、顔が赤いねって言われたら、車のテールランプのせいだと返事しようと思った。
そんなことを考えていると、イサルフェがじっと私見つめていることに気付いた。
「君さぁ、変わった髪飾りをしてるね」
「え?」
すっかり忘れていたけど……あの天使の輪が髪の毛に貼り付いているのだった。
「あ!」
私は顔を真っ赤にした。もしかして、ダサいと思われたのだろうか。私はチラリとイサルフェの顔を見上げた。
「恥ずかしい、変だった?」
するとイサルフェは目を丸くした。
「とんでもない、とても素敵な髪飾りじゃないか!」
イサルフェは笑顔でそう言ってくれた。私は恥ずかしくてさらに顔を赤くした。胸のドキドキぐ止まらない。
「テ、テールランプが眩しいわね……はは……」
「そう?そんなに眩しいかい?」
「え?あはは、そうでもない……かも……ね?」
私は恥ずかしくてたまらなかった。すると、イサルフェは私の肩をトントンと叩いた。
私が彼の顔を見上げると、イサルフェは道の先を指差した。
「ほら……君のお友達がお迎えに来ているよ」
彼の指差す方へ目を向けると……道の向こうにアークが立っていた。
「アーク……」
私を探してくれてたんだ……。私は涙が潤んで来た。するとイサルフェが私の背中を押した。
押されて2、3歩進んでから振り返ると、イサルフェが微笑みながら私を見つめていた。
「じゃ、さよなら」
私は彼の顔をじっと見つめた。
「ありがとうございました!」
私は彼に頭をペコリと頭を下げると、振り返ってアークを見た。
道の向こうで、アークは私の方を見つめている。
「アーク!」
私は走った。
走りながら、アークの顔を見た。彼の顔は、焼け跡でついた真っ黒な泥で汚れている。
「ごめんなさいっ!……私……わがままばっかりで!……アークは私を守ってくれてるのに!」
するとアークは両手を広げた。
「いいんだよミナ! いいんだ!」
私はそのままアークの胸に飛び込んだ。そして、そのまま号泣して、アークの服を涙で濡らした。
私が落ち着くまで、アークは私を泣いたままにしてくれた。私が泣き止んで、彼から離れると、横に並んでゆっくりと歩きはじめた。
「さあ、帰ろう。お腹も空いたろ?」
私はアークをじっと見つめながら、小さく頷いた。
その時私は、思い出したように振り返った。だが、道の向こうに、イサルフェの姿はもうなかった。
私はジッと、車の流れる道を見つめた。
ちょっと待って……イサルフェは……なんで私の名前を知っていたの?
「どうした、ミナ?」
私はさっきまでの出来事を思い出そうとしたが、混乱していたことしか思い出せない。
「ううん、気のせいだわ、きっと」
私はアークのそばへ駆け寄った。
◆
ミナとアークは廃工場へと戻って行った。
その様子を影から見つめる男がいる。
イサルフェだ。
彼は静かに微笑むと、廃工場を後にした。
その時、イサルフェの頭の中に、直接語りかけるように言葉が聞こえた。
それはミナを探す天使・カンコネルの声だった。
「イサルフェ…… どうだ、小娘は見つかったか?」
するとイサルフェは、少し鋭い目をギラつかせながら、額に人差し指をあてて目を閉じた。思念を送る時のポーズである。
「カンコネル様……彼女はまだ見つかっておりません」
「見つかってないだと?」
「申し訳ございません……おそらく同行している従魔が、何か強力な隠蔽魔法を展開しているのでしょう。そこで私は、残留魔力を辿りながら、夜の街を徒歩で探しているのです……」
「うーむ、それはご苦労だった。お前ほどの捜索のプロが苦戦するとは……なかなか厄介なことになったな。……大変だろうが、引き続き捜索にあたってくれ」
「はい……わかりました」
「頼んだぞ」
カンコネルはそう言うと通信を切った。
イサルフェは、大きく息を吐いた。そして振り返って廃工場を見つめた。
「それにしてもミナ……君はなぜ、天使の輪を持っている?それに、どうしてセラフィム様たちはミナを探し出そうとしているのだ?」
イサルフェは腕を上げながら、舞うようにクルリと回転した。
するとイサルフェの頭上に天使の輪が現れ、背中には大きな白い翼が現れたのだ。
イサルフェはニヤリと笑った。
「ミナ……面白い子だ……。カンコネル様には申し訳ないが、もう少し泳がせて、お互いが何をしようとしているのか、観察させてもらうことにしよう」
イサルフェは白い翼を広げると、一筋の光となってどこかへと飛んで行った。




