第5話 隠れ家
「あ痛ててて……」
私は変な粘液でベトベトになりながら、ダークテンタクルの脚から抜け出した。幸いなことに怪我なさそうだ。
「タコ脚がクッションになったみたいね」
私はベトベトになった両手を近くでペシャンコになっていた車のボディへこすりつけた。
見渡すと、周囲は大騒ぎになっている。避難する人々が右往左往していて、警察のサイレンが遠くから聞こえていた。
私がオロオロしていると、アークが私の手首を掴んだ。
「いくぞミナ!ついてこい!」
「ちょっとどこへ行くの?」
私はアークに腕を引かれるまま……病院の外へと走っていった。
それからどこをどう通ったか分からないけど……街の変な裏路地をなんかを走って……街外れへ向かった。
たぶんだけど、2キロは走ったと思うわ。
当然だけど、入院するくらい弱っていた私は、途中からアークにおんぶされながら移動することになったけど。
そして……街外れの廃工場へとたどり着いたの。
そこは窓ガラスは割れ、壁には蔦が這い、床には錆びた機械の残骸が転がっているような、廃墟のような場所だった。
「こっちだミナ……」
アークは工場の奥へ進み、ボロボロのシートをめくった。するとそこには、古い木の扉が隠されていた。
「ちょっと汚いけど我慢しろよ? その代わり、奴らには見つかることはない」
「それより喉が渇いたわ……何か飲み物はある?」
「今は水くらいしかないけど……お湯を湧かせば緑茶や紅茶なら飲めるぞ」
「いいじゃない。とりあえずお水を飲ませて」
ずっと走りっぱなしだったから、喉がカラカラだった。私は水という言葉に引かれるように中へ入った。
「ここが隠れ家?」
中は意外と綺麗に掃除されていた。小さいが風呂やトイレもあって、奥の部屋にはベッドが一つ置かれていた。
「意外と綺麗だろ?奥のベッドは君が使うと
いい。僕はこのソファで寝るから」
「優しい所、あるじゃん」
「まあね。君の母さんに頼まれてたからな。何かあった時のために、避難場所を作っておけって」
それを聞いて、私は胸が苦しくなった。母さんは、いつかはこんな日が来ることを予見していたってことなのだろう。
「まあ座れよ……とりあえず、水でも飲む?」
私は小さく頷くと、近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。座った途端、私の体の中から力が抜けていく。
「ああ、夢じゃないのね……」
「残念ながらね」
私はため息を吐きながら、パイプ椅子の背もたれに全体重を預けた。
「……全部、夢なら良かったのに」
私は袖口を両目の上にのせた。
「母さん……」
少しだけ、袖口が濡れる。
「ねえ、アーク。あなたが知っていることを……私に教えてよ」
アークは無言で頷く。
「実をいうと、君たち親子はとても特殊な人間なんだ」
「特殊?」
アークは頷いた。
「君の母さんは元々の名前をリリア様と言ってね。魔界の女王・リリシア様の娘なんだ」
「魔界の女王の娘ですって?」
私は混乱して叫んだ。
「じゃあ母さんは、悪魔だったってこと?」
アークは自慢気に頷いた。
「そりゃ、スゴイ悪魔だったんだぜ。魔法も剣も……誰も勝てないくらいの達人でさ……。俺だけが唯一の付き人として認められたんだ」
「へぇ、じゃあアークもスゴイ悪魔なんだ」
「まあね」
「……はあ……」
「どうしたんだ?」
私はガクッと肩を落とした。
「ちょっと待ってよ……アーク。もしかして、この間の襲撃って……母さんが原因なわけ?」
「どうしてそう思うわけ?」
「だって魔界のお姫様だったんでしょ?相当悪いことしてそうじゃない?」
するとアークは首を振って否定した。
「話せば長くなるから今は説明しないけど、ミナのお母さんは悪くない。これだけは確かだから信じてくれ」
私は、アークがすべてを話してもらえないことに不満を感じていた。
「すべての人間が完全な善人なわけでも、完全な悪人なわけでもないだろう?悪魔や天使と呼ばれる存在もまた、同じことなんだ。それにさ」
アークは私の方へ向き直って、真面目な顔で言った。
「君は子供の頃から……母さんと一緒に生活していたんだろう?母さんがどんな人か一番良く知ってるはずだと思うぜ。ま、少なくとも犯罪者ではないよ」
それを聞いて私は少しホッとした。少々複雑な思いはするけど、ひとまず飲み込むことにした。
「ところでアーク……昨日の黒マントの男たちが探している宝って一体何なの?」
「はっきりとはわからないけど、次に行く目的地で明らかになると思うよ」
「それじゃ、早くそこへ行こうよ」
「そう慌てるなって。物事には順序ってものがあるだろ。そこへ行く前に用意するものがある。それは何だかかわかるか?」
そう言われてみれば……私には思い当たる節があった。
「もしかして……鍵のこと?」
「そのとおり」
「みんな私が鍵を持っているって言ってたけど、心当たりなんてないわよ」
「そりゃ、一見鍵に見えないからね。君だって気付かないかもしれない。単刀直入に言うと、それはカード……タロットカードなのさ」
「タロットカード?」
少し思い出すのに時間がかかったけど、なんとか思い出した。確かに母からタロットカード一式をもらったことがあった。
「でもアーク、そのカードは焼けた家の中よ。きっと灰になってる」
「それは大丈夫さ。魔道具が火なんかで燃えたりはしない。それよりも黒マントの奴らが先に見つけてなければいいけど……」
「大変じゃない!すぐに行かなきゃ!」
私は急いで立ち上がった。
「焼け跡を探せば見つかるかもしれないわ!」
「おいおい、そんなに慌てるなよ!」
私は椅子に座ってくつろいでいるアークの手を引いた。
「ミ、ミナ!まずは水でも飲めって!」
アークと押し問答をしていると、突然、首の黒い輪がジリッと熱を持った。
「うっ!」
「どうしたミナ!」
私は思わずしゃがみ込んだ。
「首輪が……」
「締めつけてきたのか!」
まだ1日しか経っていないのに、この締め付けは何なの?!
私は苦し気に唸りながら、あの憎たらしい黒マントの老人を想い浮かべた。




