第3話 謎の少年
ミナが目を覚ますと、すでに日は暮れて夕食の時間だった。
刑事たちはすでに帰った後で、看護師の須藤が申し訳なさそうに慰めてくれた。
「……あの若い刑事にはキツく言っといてやったから。ゴメンね」
ミナはひと眠りして落ち着いていたのか、微笑みながら大丈夫だと言った。須藤はミナに簡単な検査をした。
「あのね……あの刑事さん……老刑事の方ね。あの人が、あなたは刺青なんかする
ような子じゃない。刺青じゃない何かだろうって、医師に調べるよう言っていたわよ」
「そうなんだ……前川先生は刑事に言っちゃダメだって言ってたから、黙ってたのに」
須藤は小さく頷いた。
「あの老刑事だけはあなたの言葉、信じてくれたみたいよ」
それを聞いてミナはホッとした様子を見せた。しかし次の瞬間、首をブルブルと振った。
「でも、やっぱり刑事は信用できないかも」
ミナが須藤に向かって微笑むと、彼女は笑って病室を出て行った。
ミナは佐々木が自分のオカルトめいた話に耳を傾けてくれたことに対して、少し嬉しく思っていた。しかし、あの若い刑事に傷付けられた心を考えると、ミナの刑事たちに対する怒りはまだ収まっていなかった。
ミナは再び黒い輪に触れた。
「この首輪……一体何なの?」
すると、なんだかかすかに鱗のような触感があった。
「そういえば蛇みたいだったもんね」
ミナは改めて鏡の前に立ち、首の模様をよく観察してみた。すると、実はこの黒い輪は真っ黒ではなくて、所々に縞のような縦線が入っている。
「この縦線はどういう意味があるのかしら?」
彼女は指で鱗を触ってみる。すると、黒い輪からかすかな音が伝わってきた。
じ……じ……じ……じ……
「この生き物の心音?」
ミナがしばらく観察していると、この音に時計のような規則性を感じた。
「時計のような……?」
すると、時間の経過とともに、うっすらと鱗が1枚づつ赤黒くなってきているのがわかった。
「まさかこれは……カウントダウン?」
ミナはなんだか恐ろしくなって黒い輪から手をした。そして、マジマジと黒い輪を観察する。見れば見るほど不気味な模様をしている。それはまるで、“宝探しが進んでいないこと”を知らせるタイマーのようだった。
「もしかすると、この縦縞は10日……または1週間を示す区切りの線かもしれない」
ミナはゾッとして震えた。
「やめてよ……本当に……」
泣きそうになったその時、病室の窓がカタリと鳴った。
「誰?」
ミナは暗い窓の外を睨みつけた。すると、頭が真っ白な銀髪をした小柄な男の子がひょっこりと顔を出したのだ。私は慌てて手を振った。
「あ、危ないわよ、どこの病室の子なの?」
すると男の子は拳で窓を叩き割ると、その穴から手首を突っ込んで窓のロックを解除した。そして窓を開けると、ミナのことをジッと見つめたのだ。驚いたミナは慌てた様子で彼を睨みつけた。
「ちょっとあなた何してるのよ!看護師さんに叱られるわよ!」
すると彼はへへへと笑って、部屋の中へヒラリと降りた。
見たところ中学生くらいの年頃だ。肌は小麦色より少し黒くて、白いセーターに黒いパンツを履いていた。そして黒い革の軍用ブーツのようなファッションをしている。
顔は丸くて目はクリッとしている。丸い鼻に人の良さそうな笑顔を浮かべていた。ミナは警戒して彼を睨んでいた。
「あんた誰?」
すると彼はクリクリとした目でミナを見つめた。
「俺の名はアークテリクス。お前の母さんの知り合いだ。気軽にアークって呼んでくれよ」
アークはそういうと、ベッドの端に腰を下ろした。私は思わず布団の中で足を縮めた。
「嘘でしょ?あんた、まだ子供じゃない」
「見た目は子供でも、ミナより長く生きてるよ」
ミナは驚いて目を見張った。
「ちょっとあんた、なんで私の名前を知ってるのよ?」
「だから言っただろ? 俺はミナの母さんの知り合いだって」
アークテリクスはそう言って笑うが、ミナはひとつも信用していなかった。というか、今のミナにとって信用できる人など一人もいなかったのかもしれない。
「お前の母さんの身に何かあった時……君の元へ駆け付けるよう頼まれていたんだ。さあ、逃げるぞミナ。こっちへ来てくれ」
アークは立ちあがって窓の方へ手招きする。
「ちょっと待ってよ、そっちは窓でしょ?」
するとアークはニヤリと笑っていう。
「そうだよ。窓から逃げるのさ」
「なんでよ? 何のために玄関があるっていうのよ?」
「玄関には色々な奴が待ち伏せしているんだ。だから俺も、窓から入ったんだよ」
「何よ、待ち伏せって……」
ミナは怪訝な顔をアークに向けた。するとアークは真剣な眼差しでミナを見つめて来る。
「それだけお前の宝を狙ってる奴がいるってことさ」
「そんなこと言って、あんたもその一人なんじゃないの?」
するとアークはニコリと微笑んでいう。
「俺はミナの母さんの従魔なんだ」
「従魔だって?」
ミナはびっくりして叫んだ。
「あなた魔物なの?」
するとアークは唇に人差し指をあててシーッと言った。
「声が大きいぞ、ミナ! 敵がすぐそばまで来てるんだから」
ミナは起き上がって枕元まで下がった。
「信じないわ!そんなわけのわからないことを言って、私を煙に巻こうっていうんでしょ?」
するとその時、ミナのお尻の下で何かがモコモコと蠢いた。
「ん?なんだかお尻が変だわ?」
最初は小さくモゾモゾしているだけだったけど、それはだんだんと大きく波打ち始めたのだ。それを見たアークは顔を青くして叫んだ。
「おい! そのベッドから離れろミナ!」
「え? 何なの?」
「ベッドの下に何かいるぞ!」
「ええええっ!」
ミナは気持ち悪くなって、ベッドの上に立ちあがった。
すると足の裏からドンドンと突き上げるような振動があった。
「ひいい! 気持ち悪いっ! 何なのこれ?!」
彼女は片足になってピョンピョンとベットの上で飛び跳ねる。すると驚いたことに、下から突き上げて来た何かが、ベッドの床を突き破って飛び出してきたのだ。
「きゃあああ!」
ビリビリビリッ!とマットレスを激しく突き破って現れたそれは、タコの足みたいに吸盤があった。
「ひいいっ!」
ミナはあまりにもの気持ち悪さに悲鳴をあげた。その触手はとても黒くてネバネバしていて……とんでもなく臭かったのだ。
ミナは悲鳴を上げながらベッドを跳ねまわった。黒い触手は私が跳ねた場所を、次々とマットレスの下から穴を開けていく。
「嫌ああん!」
その時、ヌルヌルとした触手がビュッと伸びて、ミナの腕を掴みついた。
「ひいいっ!」
ミナの背中に悪寒が走った。
その様子を見たアークは、床を蹴って飛び上がり、私のベッドへと着地した。そして、腰に差してあった短剣を抜くと、私を掴んでいた触手をスパッと切り落としてくれたのだった。
「あ、ありがとう……」
「まだ、終わっちゃいねえ!」
切り落とされた触手は、私の足元でウネウネ動いている。ミナは背筋がゾクゾクとして、その切り落としを足で蹴とばした。
「こいつは音に敏感なんだ、少しの間、口を閉じてろよ!」
アークはそう言いながら短剣を鞘へと収納した。
「少しの間って、どれくらいよ……キャアア!」
アークは急に私を両腕で抱きあげた。いわゆるお姫様だっこである。
「ちょ、ちょっと!何すんのよ!下ろしなさい!」
「ちょっとくらい口を閉じていられないのか。こいつは音に敏感だって言ったろ!」
アークはそう言うと、窓枠に足をかけた。それを見た私は何か嫌な予感がした。
「ちょっと……ちょっと! あんた何するつもり!」
「しっかり掴まってろよ!」
嫌な予感は当たった。アークは私を抱いたまま、窓枠ギリギリに立ち上がったのだ。
「あー! 待ちなさい! 落ちるわよ! 落ちる!」
するとアークは私に優しく微笑んだ。
「落ちるんじゃない。降りるんだ」
「それの何が違うっていうのよ!」
アークは私を抱えたまま、窓から飛びあがった。
「嫌ああああ!」
月がとっても綺麗だった。
私は今度こそ死んだと思った。




