第14話 黒猫の魔獣
地下の大穴から祠へ向かう通路を見つけたアークは、そこからゆっくりと奥へと進んでいった。
通路はすっかり荒らされ、祭壇に灯されていた灯りも消えていた。
「おかしい……祠が壊れている」
何者かによって祠が破壊され、封印が解けてしまったのだ。
「一体誰がこんなことを……」
アークは嫌な予感がした。
猫岩の裏手に空いていた穴もそうだが、何者かによって、この祠が破壊されたと考えるのが妥当だろう。
「……もしかすると、天使の仕業か?」
アークが祠を調べていると、 背後から静かに忍び寄る黒い影があった。その気配に気づいたアークが振り返ると、その影は牙を剥いて噛みついて来たのだ。
「ああっ!何だお前は!」
アークは瞬時に真横へ飛んで、落ちていた石を投げつけた。
「ライト!」
アークは照明用のライトを手元へ集めて、自分と襲撃者周辺を照らした。
するとアークを攻撃してきたのは、体長が2メートルほどもある大きな黒猫だったのだ。目は金色、そして銀色に光る鋭い牙と爪を持っていた。
「黒猫?」
アークは入口にあった猫岩を思い出した。もしかすると、この黒猫が探している従魔かもしれない。
「まて、俺はお前の敵じゃない!」
アークは静かに説得しようとしたが、その黒猫は全く聞く耳を持たなかった。アークに対して鋭い牙を剥くと、ここから出ていけと言わんばかりに威嚇する。
そして、アークが立ち去る様子がないことを悟ると、ついに黒猫はアークへと飛びかかって来た。
「あっ!」
アークは驚いてしまった。
その黒猫が飛び掛かって来たかと思ったら、姿を消したのである。
アークが驚いていると、その黒猫は突然背後から現れて、アークに爪で攻撃してきたのだ。
「うおっ!」
アークは転げるようにしながら攻撃を躱した。だが、頬からうっすら血が滲んできている。
「色が黒だから、姿が見えねえ!」
黒猫は常に暗闇に溶け込み、アークの隙を巧みに突いて攻撃してくる。まるで瞬間移動するみたいに、あちこちから姿を現すのだ。
「こいつは手強いっ!」
アークは冷や汗を流して、思わず呻いた。
「ミナ……すぐに戻ると言ったが、どうやらそれは守れそうにない」
アークは黒猫と戦闘しながら、ミナのことを考えた。
もし、ミナが一人の時に天使たちが現れていたらどうなるか。ミナは無事では済まないだろう。
アークは唸った。
「ミナの奴……連れて来た方が良かったのか?」
アークがそんなことを考えていると、黒猫の爪が脇腹を引き裂いた。
「ああっ!」
アークは顔をしかめながら大きく飛び退いた。
「余計なことを考えていたら、こっちがやられる!」
重力を無視して空間を飛び回れるアークだからこそ黒猫の攻撃を躱せているのだが、それでも少しの油断もならない。
「ライトっ!」
アークが叫ぶと、暗闇に光の玉が10個ほど浮かび上がった。
すると周囲が昼間のように明るくなり、この空間が学校の体育館程度の広さがあることがわかった。
「ヘン、意外と広いじゃねえかよ」
しばらくの間、黒猫は眩しそうに目を細めていたが、すぐに、ものすごいスピードで壁を駆けまわり始めた。
そして、すばやく壁や天井を移動したかと思うと、すっと岩陰に隠れて、次の瞬間、アークの影から飛び出してきたのだ。
「ああっ、瞬間移動の正体は、影渡りか!」
影渡りとは、影と影との間を自由に移動できる能力のことだ。影から影へのみ移動できるという、限定的なものとはいえ……それは瞬間移動だと言えた。
「くうっ!」
鋭い爪がアークの腕を掠った。
アークの表情が険しくなって、黒猫の顔を睨みつける。
「おい! お前はリリア様の従魔なのか!」
リリアという言葉を聞いて……黒猫は一瞬、攻撃を止めて耳をビクッさせたが、しばらくすると唸り声をあげて、影のある奥の通路へと逃げていった。
アークはその背中を見送ると、自分の脇腹を確認した。ほんの少しだけど、肉が切り裂かれていた。
「はぁ……これは厄介なことになったな……」
アークは袖口で額の汗をぬぐった。
「リリア様の名前を出して反応した所を見ると、おそらくあの黒猫が従魔であることは間違いないな」
ただ、正しいやり方で封印を解かれていないので、暴走しているのだろうとアークは考えた。相手が従魔となれば、倒すわけにはいかない。かといって手加減すればこちらが危ないのだ。
アークは切れた脇腹に軽く治癒魔法を施すと、黒猫を追って、通路の奥へ向かった。
「あの黒猫は強い……だけど、強くて当たり前だよな……。だってリリア様の従魔なんだから」
アークはニヤリと笑いながら走り出した。
「新しく加わる仲間が弱かったら、お守りが一人増えるだけになっちまう……」
アークは通路の奥にいる黒猫の姿を見つけると、鋭い牙を剥いた。
「ちょっとは本気を出しても死にゃしねえよな!」
アークは歯を噛みしめながら咆哮した。
「ウオオオ!」
アークの体がみるみるうちに大きくなる。
服がバリバリと破れ去り、中から真っ白は毛皮が現れた。アークの本来の姿は、巨大、もな白熊だったのだ。
「グオオオッ!」
アークが吠えると、黒猫も激しく吠え始めた。変身したアークは、体長が3メートルほどもあった。
真っ白なアークが、黒猫に突進する。アークの鋭い爪が黒猫に直撃し、硬い壁に投げつけた。
だが黒猫は柔らかく壁に着地すると、変則的に飛び回ってアークに飛びかかっていく。そして、黒猫の牙がアークの毛皮を切り裂いた。
「グワアアア!」
アークの目が鋭く光った。
アークは自らの体が傷つくのを恐れず突進し、両手の爪で黒猫の動きを封じると、背中へガブリと噛みついていった。
「ギニャアア!」
そして、黒猫に噛みついたまま、その体を岩壁に叩きつける。その衝撃で壁や天井がガラガラと崩れた。
だが黒猫も負けてはいない。素早く移動して、白熊の頭を殴り飛ばした。白熊の巨体が倒れて地響きが走った。ガラガラ……と崩れる天井。だがもはや2匹の魔獣には、そんなものに関心はなかった。
牙と牙とが衝突し、爪と爪とが火花を散らす。
その時アークの強烈なパンチが飛んで、黒猫の体が壁を打ち崩した。
「ギャアア!」
黒猫は絶叫とともに気を失う。
だが、この衝撃は路の壁に、巨大なダイナマイトと同じくらいの衝撃を与えた。
「まずいっ!」
アークは黒猫に腕を伸ばした。
その瞬間、地下の遺跡が、まるで爆発したかのように木っ端微塵に崩れ落ちたのだった。
◆
ミナとアークを追うカンコネルと3人の部下たちは、イサルフェの案内で森の中を彷徨っていた。
上品な天使たちにとって、自由に飛べない森の中は苦痛以外の何物でもなかった。
「イサルフェ! 本当にこっちで合ってるんだろうな!」
森の中を歩くに適さないカンコネルの格好を見て、イサルフェはニコリと微笑む。
「もちろんですともカンコネル様……私の探索能力を侮ってもらっては困りますね」
だが、カンコネルたち4名は、イライラしながら歩いている。彼らは底の薄い、泥でよく滑る靴を履いていたので、歩くだけでも一苦労なのだ。それに対してイサルフェは、底の分厚いブーツで来ている。
「おい……小娘までしばらく距離があるなら、飛んで行こうではないか……」
天使の一人が弱音を吐く。だが、イサルフェは首を横に振った。
「何をおっしゃいますか。私が地上に降りたという事は……あの子がもうすぐそばにいるということなのですよ。本当に彼女を見つける気があるのですか?」
イサルフェが冷たい視線を投げかけると、みんな顔を見合わせて押し黙った。
その時、疲労困憊している天使たちへ、巨大な蛇が踊りかかる。
「あっ!」
カンコネルが叫び声を上げた時、イサルフェが指先から白い糸を吐き出して、その大蛇を縛り上げてしまった。
それをみたカンコネルは、イサルフェに礼を言った。
「すまないな……だが、お前にそんな技があったとは知らなかったぞ」
するとイサルフェは微笑むように笑った。
「なに、咄嗟に探索用の糸を飛ばしただけです。……こんなもの、戦闘には何の役にも立ちませんよ。すぐに切れてしまいますからね……」
イサルフェは糸を引いて引きちぎってみせた。
「なるほど……しかし、もう少し魔力量を上げたら、強靭な糸を張れるのではないか?」
イサルフェは頷いた。
「残念ながら、私には戦闘センスがないのですよ」
「もうちょっと努力してみたらどうだ? そんなだから上級天使になれないのだぞ」
するとイサルフェは微笑んで言った。
「そんなことより、あそこをご覧になってはどうです?」
カンコネルは、イサルフェが指差す方向へ目を向けた。すると今までの機嫌が嘘のように収まった。
「イサルフェ!お前の探索能力は大したものだ!」
その言葉を聞いた部下3人は、カンコネルの横に並んだ。
するとそこから見えたものは、ミナの姿だったのである。




