第12話 旅立ち
「小娘が見つからないだと?」
セラフィムは手の平で机を叩きながら、カンコネルとイサルフェを睨みつけた。
セラフィムに睨まれて、責任者のカンコネルは冷や汗を流しながら頭を下げていた。だが、隣のイサルフェは涼しい顔をしている。
「申し訳ございません……」
カンコネルが絞り出すように謝罪の言葉を口にしながら頭を下げると、イサルフェはそれに合わせてペコリと頭を下げた。
セラフィムは、手に持っていた資料の束を机に叩きつけた。それはバタネルが提出してきた資料だった。
「バタネルの方も……遺跡の解読が全然進んでない……全く、リリアが絡むとどうしてこんなに難航するのだ」
セラフィムはイライラを隠そうともせず怒鳴りちらした。するとカンコネルは横目でイサルフェを睨んだ。
「おいイサルフェ、お前からも説明しろ!」
するとイサルフェが、面倒臭そうに頷いた。
そしてセラフィムに向き合うと、にこやかな笑顔を向けた。
「セラフィム様……実はこれでも、あのミナとかいう小娘がこの街のどこかにいる……という所までは掴んでいるのです」
するとセラフィムは目をキラリと光らせた。
「ほう、それがわかっていながら……なぜ居場所を特定出来ないのだ」
イサルフェは微笑みながら話を続ける。
「そこがリリアの恐ろしい所ですよ。セラフィム様はご存知でしょう。彼女の強力な魔術を……」
セラフィムは頷いた。
「魔族時代のリリアは本当に手強い女だった。あいつがこんなにもアッサリ死ぬなんて、驚きすぎて拍子抜けしたほどだぞ」
「ええ、わかりますとも……だから、まさかあれしきの攻撃で死ぬとは思わなかった……というわけですよね?」
セラフィムは頷いた。
「そのおかげで、私はつまらぬ小娘を追いかける羽目になったのだ」
イサルフェは頷いた。
「では、彼女のあの力はどこへ行ったのか?もちろん、我々が探す宝もその一つですが……どうやら娘を守るために、かなりの力を割いているようなのです」
「ほう……それは興味深い」
「というわけで、とにかく隠蔽能力がすごいのです。そこで私は、方針を少し変えることにしました。魔力を薄く町中に張り巡らせ、エリアごとに監視することにしたのです」
「ふむ……それでどうするつもりだ?いつまでも遠巻きに監視すれば良いというものではないだろう」
「もちろんでございます」
イサルフェはにこやかに微笑む。
「実をいうと、エリアごとに詳細なリサーチを行って、かなり絞りこんではいるのです」
「それは本当なのか?」
イサルフェは頷いた。
「確証がないので、これまで煮え切らない報告ばかりして参りましたが……これ以上セラフィム様を失望させるわけには参りません。私、イサルフェの名にかけて、明日にでも居所を突き止め、カンコネル様にお伝えすることをお約束しましょう」
それを聞いたセラフィムはニヤリとした。
「お前がそこまで言うのなら、任せておこう。それで……小娘の戦力はどんな感じなのだ?」
「リリアの従魔が1人だけです。ミナはただの人間ですから、事実上、戦力と呼べるのは従魔だけ……」
「しかし、その従魔の実力はどうなのだ?」
「さあ……そこはカンコネル様次第ですが……。まあ、援軍を連れていかれたら安心かもしれませんな」
するとカンコネルは顔を真っ赤にしながら前に出て来た。
「おいおい、イサルフェ! 私が負けるとでもいうのか!」
するとイサルフェは両手を振りながら否定した。
「とんでもございません」
「私は戦えませんから、ビビっているだけで……。カンコネル様が十分と判断されるならそれで結構ですよ」
すると、セラフィムは鼻を鳴らした。
「ではカンコネル……必ずあの小娘を捕まえて、私の所へ連れてこい!バタネルの代わりに、遺跡の解読をさせるんだ」
「ハハッ!お任せを」
カンコネルが頭を下げたので、イサルフェも頭を下げる。イサルフェは、頭を下げながらニヤリと笑った。
彼は、もちろんミナの居所を掴んでいるし、アークが進化したことも掴んでいた。だが彼はなぜか、その事実をセラフィムに伏せている。
セラフィムの元を退出した後、1人になったイサルフェは、ニヤニヤしながら歩いていた。
「フフフ、退屈な天界で、こんな面白い話は久しぶりだ」
イサルフェは、ミナのことを「殺す対象」ではなく「観察する対象」として見ていた。
そして彼は、カンコネルの力削いだ上で、2人にぶつけようとしているのだ。
「さあミナ……頑張ってくれたまえ。そして、私を楽しませてくれよな」
イサルフェは、そう言いながらハハハと笑った。
◆
私が月を眺めながら、悲しみに落ち込んでいると、後ろから足音がした。
振り替えると、そこにはアークが立っていた。
少し体が大きくなって……見た感じ、高校生くらいの男の子に見えた。丸かった顔も骨のある大人の顔になっていたし、鼻も高くなって、目もドキリとするような色気を放っていた。
「大丈夫か、ミナ」
私は目をパチクリした。
「アーク……なんか声が低い……」
「少しだけカッコよくなってるだろ?」
アークが得意げにチラ見するので、私は微笑みながら睨んでやった。
「まあ……ちょっとだけね」
するとアークはニヤリと笑った。
「そうか、ちょっとはカッコいいのか」
「1ミリだけね」
「1ミリだけかよ!」
アークはほっぺたを膨らませた。私たちは笑った。
「それにしても、すごい魔力だ。漲るようだぜ」
「魔力?」
「ああ。リリア様は君を守るために、俺に膨大な魔力を授けてくれたんだ」
彼はウンウンと頷く。
「アークは母さんの従魔だって言ってたけど、見た感じは凄く人間よね?本当はどんな魔獣なの?」
アークは前髪を触りながら答えた。
「白熊さ」
「白熊の魔獣?……それじゃ、今の姿より、熊の姿の方が強いんじゃないの」
「もちろんそうだよ」
「じゃあなんで人化しているの?」
「はあ?……ミナと会うために決まっているだろ」
アークは呆れたような顔をして、ミナを見つめた。
「俺が白熊の姿で会いに行ったらお前、絶対逃げ出すだろ」
「ああ、なるほど」
「馬鹿かお前」
「馬鹿っていうな」
「お前も、俺に随分と馬鹿って言ってるけどな」
アークは私の方へ歩いてきて、魔導書を私に手渡した。
「もうすぐ出発するぞ。それまでに、もらった魔導書を読んでおけ」
私は両手の上に乗っている魔導書を見た。
「ちょっと待ってよ。こんな分厚い本、すぐには読めないわ」
「馬鹿、そんなに時間なんかかからない。本をめくっているだけで、自然と初級魔法が身に着くんだ」
それを聞いて私は感心した。魔界の勉強は楽でいいな。
「それじゃ、魔導書って、インストールガイドみたいなものかな?」
するとアークは首を傾げた。
「インストールガイドが何かわからんが、まあ、そんなところだろ」
「あー、なんか適当!」
「うっせ」
アークは立ち上がって歩きはじめた。
「俺は今から出発の準備をするから、ミナはその魔導書を読んでおけよ。旅の途中で訓練もするから、ぺージを飛ばさずちゃんと読むんだぞ」
「わかったわ」
アークはそう言うと、廃工場の裏手へと歩いていった。
私は隠れ家へと戻って、椅子に腰かけながら魔導書を開いた。
驚いたことに、ページをめくると魔導書の内容が記憶に刻まれるように、頭の中へ入っていくのだ。
「すごいわね……こんな技術があるなら、学校の試験だって一番を取れるわ」
私は次々とぺージをめくっていく。
魔術書の中には、私たちが向かうべき、次の目的地についても書かれていた。
それは日本の山奥の、深い森に囲まれた場所に入口があるようだ。そしてそこには、封印された別の従魔が、私の到着を待っていると書かれてあったのだ。
「どういうこと?まずは仲間を増やせってことかしら?」
私は唸った。母さんは、私を守るために2人の従魔を準備していたってことか……。
「こんな私のために……アークも新しい従魔も、ずっと待っててくれたのね」
そう思うと、彼らに申し訳ない気がしてきた。
「ううん、違うわね。そうじゃなくて、感謝しなくちゃ」
彼らには、私から感謝の気持ちを返そう……私はそう思った。
本を読み終わると、魔導書は光り輝いて消滅した。私はこれで、初級魔法が身についたということだろうか。
「それにしても……天使が両親を殺して、私は追われて……悪魔の従魔だというアークと逃げ続けて……」
私には、本当は何が“正しい”のかなんて、もうわからなくなっていた。
「とにかく今は、母さんとアークを信じて進もう。少なくとも母さんは、私のことを考えてアークを連れてきてくれたんだから」
私は、母さんのことを考えて、胸がじんわりと熱くなっていた。
「準備は出来たか?」
アークが大きな荷物を抱えて部屋に入って来た。私は立ち上がって頷く。
「……私、強くなりたいわ、アーク」
するとアークは、目を丸くして私を見た。
「突然何言ってるんだよお前は……」
アークはそう言って笑った。
「ま、ミナはまず……必死で生き残るところからだな」
「ちょっとアーク!私の事を馬鹿にしてる?!」
私が殴るふりをすると、アークは小走りに走って、出口へと向かった。そして廃工場へと出るシートをめくった。
「さあ行こうミナ お前の母さんが、お前に何を渡したかったのか……
探しに行くんだ」
アークが私に振り返って微笑みながら、手を差し出す。
私は頷いて彼の手を取る。
「後のことは、俺に任せておけばいい」
アークはグッと手を引きながら、私に言う。
その言い方が少しだけ優しくて、また涙が零れた。
――私は、どこへ行くんだろう。
でも今は、この一歩でいい。
だって、もう逃げるだけの私じゃいられないから。




