第11話 母との再会
光が収まると、そこは宇宙空間のような場所だった。
本当のところ、宇宙かどうかわからないんだけど、なんか空一面に星がいっぱいあって、キラキラしてる。
でも息が出来るから、本当の宇宙じゃないのだろう。もしかしたら、夢の中なのかもしれない。
「あのタロットカードは、ここに入るための鍵だったの?」
「多分な」
「そんなまどろっこしいことしないで、従魔のあんたがいるんだから、そのままここに連れて来たらよかったのに」
「俺が脅されて、敵を連れて来たらどうするんだ」
「あっそうか……」
今でいうワンタイム・パスワードみたいなものだろうか。とりあえず、母さんはセイキュリティに関しては、きっちりしているようだった。
そんなことを考えていると、目の前にぼんやりと人の姿が浮かび上がってくる。それは、カメラのピントが合うような感じで、徐々にハッキリとしてきた。
そのシルエットを見ると……私はなんだか懐かしい感じがした。どうやらそれはアークも同じようだった。
「母さん?……母さんなの?」
私はその光に向かって叫んだ。
すると、その光が収まると、そこには母さんそっくりの顔をした女性の悪魔が立っていた。肌は浅黒く、髪はショートボブで色は濃い紫色をしていた。こめかみの上あたりに羊のような角が生えていて、髪飾りのように綺麗な色をしていた。
「いやだわ、私、死んじゃったのね?」
その女悪魔は頭をポリポリ搔きながら、ニコリと笑った。私は驚いてその悪魔を凝視した。
「やっぱり人間は弱いわね!アーク!」
「はいっ……リリア様がお亡くなりになったと知って……俺はとても慌てましたよ。……お久しぶりです、リリア様……お変わりなく、美しゅうございます」
「相変わらず口が上手いわね、アーク」
その女悪魔は私の方をじっと見た。
「母さん……母さんなの?」
「ミナ……愛しているわ。いろいろ迷惑かけてごめんね」
私は首を振った。
「私も大好きよ、母さん。変な奴らがいっぱい来て死ぬかと思ったけど……アークが助けてくれたの」
「そう……アークが間に合って良かったわ」
母さんはそう言って微笑んだ。
「ねえ、母さんは悪魔だったのに、どうして人間になろうなんて思ったの?」
すると母さんは少し考えてから話始めた。
「私は世の中を天使と悪魔に分けて対立させて、それがぶつかり合う……そんな世の中に疑問を持っていたの。そして、本当の幸せって何なのかって考えた時、その両方を合わせ持つ、人間として生きてみようと思ったのよ」
「それで、父さんと結婚して、私を産んだの?」
リリアは頷いた。
「人間界では平和に暮らしてたんだけどね。彼らもちょっかいをかけてこないし……もう大丈夫かなって思っていたけど、大きな間違いだったわ」
母さんの表情が、ふっと曇った。
「ミナ……本当はもっとゆっくり話したいけど……」
母さんはそう言うと、急に真剣な顔になった。
「与えられた時間はあと5分しかないの。あなたが自分の身を守れるように、最低限のことを伝えなければならないわ」
「嫌!また消えちゃうの?」
私は母さんに抱きつこうと近づいたが、それは映像のようなもので……私は母さんの体を素通りしてしまった。
「ごめんねミナ……」
母さんは悲しそうに私を見つめた。
「まず、あの黒いマントたちのことを話すわ。彼らが天使だってことは……あなたはもう知ってるわよね?」
私は頷いた。すると母さんは、言葉を探すように少し間を置いた。
「ごめんなさい。やっぱり今はまだ詳しく話せないわ。ただ、彼らはあなたを狙っている……それだけは確かよ」
「どうして私を? 母さんの鍵を持っているから?」
すると母さんは小さく頷いた。
「それってそんなに大切なものなの?」
私が詰め寄ると、母さんは少し困った顔をした。
「実を言うとね……その鍵を開けた先には、父さんの秘密が隠されているのよ」
「父さんの?」
母さんは頷く。それを聞いた私は、動揺を隠せなかった。
「父さんは一体何者なの?」
すると母さんは、私の顔を真っすぐに見た。
「ミナ、聞いて。この世界では、天使が必ずしも味方だとは限らないの」
私は母さんの言葉に戸惑った。
「天使って何なの……わたしが見た天使はみんな冷たい……母さんは悪魔だけど優しいのに……」
すると母さんは、静かに微笑んだ。
「天使は"秩序"の化身なの……世界が効率よく動くなら、一人二人の犠牲など気にしない。感情は誤差だと思っているわ……だからミナの涙も理解できない」
「母さん!それじゃ、悪魔って何なの?なぜ、天使と悪魔がいるのかしら?」
だが母さんは、首を横に振った。
「それは……あなた自身が考えなさい。この本を読めば、少しずつわかってくるはずよ」
母さんは手元から1冊の本を取り出して、私に渡した。
「これを読んで……強くなって。強くならなければ先へ進めない……」
すると、母さんの体が光に包まれ、キラキラと、そして少し薄っすらと消えつつあるのがわかった。母さんは悲しそうな顔をした。
「もう時間がない……」
私は母さんから本を受け取った。私は涙をこらえて母さんを見た。
「また会えるの?」
すると母さんは微笑んだ。
「きっとまた会えるわ。強くなれば、カードがあなたを呼ぶはずだから」
「強くなれば、母さんにまた会えるんだね!」
母さんは頷いた。
「お願いミナ……あなたは私の宝物……生きて……生きて頂戴。この困難をなんとか乗り越えて。お願い……」
母さんはそう言うと、姿がさらに薄くなった。母さんは明らかに消え始めている。
「最後にアーク……あなたにはこれを……」
母さんはアークに水晶のような玉を差し出した。そして、立ち尽くしているアークの胸の中へ、その玉を押し込んでいく。
「ううっ!……くっ!」
するとアークの身長がグンと伸びて、筋肉もメキメキと逞しくなっていく。
「ああっ!」
アークは胸を押さえて苦しそうにしている。
「アーク!」
私はアークのそばへ駆け寄った。
「大丈夫なの?!」
すると、母さんが優しく微笑む。
「アークのことは心配いらないわ。私の力の一部を……彼に授けたのよ。あなたを守るために……」
「母さん!」
「時間だわ……」
「母さん!」
すると母さんは、キラキラと輝く光に包まれながら、静かに消えていった。
私の両目から涙が溢れかえった。
「う、う、うっ……」
私は悲しくて、寂しくて、そのまま膝を折って泣き崩れた。
「母さんっ!……」
私はその消えゆく姿を泣きながら見送った。
「ああ……こんなに悲しくなるなら会わなきゃ良かった!」
だけどそれは嘘だ。
私はワーッと床に伏せたまま、大声で泣いた。
しばらくすると、私たちは光の中に包まれた。ああ、もう母さんと語らう時間は終わりなのだと思った。
光が段々と弱くなって、周囲が見えるようになってくると、寄せ集めの家具が雑然と置かれているのが目に入った。そこは隠れ家だった。
「母さんは……消えて無くなったしまった」
私は悲しくて、涙が自然と溢れた。
だけど、私はカッと目を見開いて、歯をギュッと食いしばると、自分の頬っぺたをバシバシと叩いた。
「しっかりしろ!ミナ! いつまでも泣いてるんじゃない!」
そして袖口で涙を拭った。
「私はやるわ! 絶対、魔法を習得してみせる。そしてまた、母さんに再会するのよ」
私はそう決意して、拳を力強く握後目た。
振り返ると、アークが床で静かに寝息を立てている。
見た感じでは、アークは少し大人の体になっているようだった。きっと、母さんから力をもらったから、前のような小さい体じゃもたないのだろう。
「服が窮屈そうだけど……脱がせるわけにもいかないし」
私はアークにそっとタオルをかけてあげた。悪いけど私は、大きくなったアークをベッドまで運べない。
「はぁ……」
私は外の空気が吸いたくなって、立ち上がった。
シートをめくって隠れ家から出ると、廃工場の中には、月明かりが差し込んでいた。ほのかに油臭い廃工場を抜けて、私は建物の外に出た。
そして空を見上げて月を眺めた。
綺麗な、丸い月だった。
「ここは……」
私は思った。
「天使=味方じゃない世界なんだ」




