第10話 鍵
隠れ家に戻った私は、お風呂に入った後、軽くパンを齧ってから、温かい紅茶を飲んだ。
それらはなんの変哲もない日常のことだったけど、今の私が何よりも求めていたことだった。
昨日からずっと不思議なことが起きてる。今、つくづく平凡な毎日が恋しかった。
「はあ……生き返ったわ」
私はダイニングチェアに腰かけると、背もたれに体を預けた。そして、熱い紅茶に息を吹きかけながらソッと飲んだ。
「ミナ、そろそろ始めようか?」
アークはポケットから何やら小道具を取り出すと、テーブルの上に置いた。私はもう少しゆっくりしたかったけど、そうもいかないことも理解していた。
アークはテーブルに置いた小道具を、指先でトントンと叩いた。
「これは隠蔽の魔道具といって、ここで大きな魔力を使っても、外に漏れ出さない」
私は頷いた。
「要するに、私を探しているセラフィムたちに見つかることなく、タロットカードを調べられるってことね」
アークは頷いた。
「そのとおり」
私は小さく頷くと、テーブルの上に、紫色の布に包まれたカードのデッキを置いた。
「開けるわよ」
アークが頷いたので、私は包みを開いた。
「このカードは何年か前に、母さんからもらったの。カードを使う時は自分の部屋の中で行うように……そして、決して家の外に持ち出しちゃ駄目って言ってた」
「家には、隠蔽の魔法か施されていたんだろうね」
私は頷いた。
「懐かしいわ。結果として、これが母さんの形見になってしまったわね」
私はカードの束そっと撫でた。
「ミナ…… カードは全部で22枚……つまり大アルカナと呼ばれるカードだ」
「ええ。でもこのカードがなぜ鍵になるの?」
「そこが解らないから、みんな悩んでいるんだ。何かカードのことで母さんと話したことはないかい?」
「そんなこと言われてもなあ…。私は簡単な占い方くらいしか聞いてないわ」
「占い方かあ……それはどういうものだったんだ?」
「そうね……確か、ホロスコープ・スプレッドというものだったわ」
「それはどういうものなんだ?」
「占星術のホロスコープ……つまり12星座の配置図に似せた形にタロットカードを並べて占う方法よ」
「じゃあ……この布に書かれている印は、ホロスコープ・スプレッドな並びなんじゃないのか?」
アークの言葉を聞いて、カードを包んでいた紫の布地を良く調べた。布地の内側には、様々な線が模様として描かれている。
「えっと……説明してもらえない?」
「ああ、つまり……この布地にはフェイクも含めて様々な線が描かれているんだと思うんだ。しかし、ホロスコープ・スプレッドとして利用するという前提でみるとね……」
アークは布地の上で、円を描くように指し示した。
「この線が浮かび上がってくる」
私が布地を確認すると、13枚のカードを置く場所を示しているように見えた。
「驚いたわ……良くわかったわね、アーク」
アークは腕を組んで考えた。
「問題は22枚のカードのうち、どのカードをチョイスして、ここに並べるかだけど」
「他に何かヒントはないかしら?」
そう言いながら、私が布に触れた時のことだった。布の中に描かれている様々な線のうち、特定の線だけが赤く光出したのだ。
「あっ!ミナの魔力に反応しているぞ」
だが、光出したその線は、思っていたホロスコープの形ではなく、3枚のカードを並べるだけのものだった。
「違った……ホロスコープ・スプレッドじゃない」
「レベルが測られているのかもしれない。そうか、ミナの魔力に応じたスプレッドが選択されるようになっているんだ」
「待って……何か番号が浮かび上がっているわ」
よく見ると、それは18、5、14と書かれている。
「数字の向きが逆のものもあるわね?」
「逆位置もあるのか……とにかく一度並べてみよう」
私は頷いて、カードの束を手に取った。18、5、14ということは、月、教皇、節制のカードだ。お目当てのカードはすぐに見つかった。
「これを、ここに並べればいいのかしら」
「月のカードだけ逆位置だから」
私は頷いた。
「でも、このどうしてこのカードが選ばれたのか、少し気になるな。ミナはタロットカードの意味を読み解くことが出来るのか?」
私はウーンと唸った。
「少女雑誌で軽く読んだくらいの知識しかないわ」
「それでいいから聞かせてくれよ。必ず、何か意味があるはずなんだ」
私は頷いた。
「わかったわ。まず、このスリーカードというスプレッドはね、過去、現在、未来を現わしているの」
「それで、過去は月の逆位置か」
「そうね。月というのは、不安や恐怖……眩惑などの意味があるから、逆位置だと、霧が晴れる、欺瞞からの解放、真実への一歩……なんて意味があるわね」
「なるほどね。……つまりこれは君のことを言ってるんだと思う」
「私のこと?」
アークは頷いた。
「ミナは今現在、両親を失ったトラウマや正体不明の敵という、先が見えない闇の中にいるようなものだ。そこに逆位置のカードだから、不安や恐怖の正体を知る覚悟ができた……または、母の真実に触れる準備が整ったってことを現わしているんだろうと思う」
「なるほど……。それで、次は教皇なんだけど……。これは伝承・教え・正統な知識、師から弟子へ受け継がれるもの……なんて意味があるわね」
「これは簡単だ。ミナが母・リリア様の力を正統に継承するってことを現わしているのだろう」
ミナは驚いていた。
「すごいわねアーク。あなた占い師になれるんじゃない?」
するとアークは手を振って否定した。
「今の状況から推察しているだけさ……それで、未来のカードはどうなってるの?」
「えっと、未来は……節制ね。これは異なるものの調和……時間をかけた成熟……って意味があるわ」
それを聞いたアークは少し黙り込んでしまった。
「どうしたのアーク?」
「いや……これはとても重要なメッセージだと思うけど、まだミナには理解できないかもしれない」
「なによ……もったいぶらないで言いなさいよ」
するとアークは俯きながら頷いた。
「おそらくこれは天使と悪魔のことを言ってるんだと思う。この両者を対立するものとして見ないで、それを超えた視点から見ることが大切だってことかな」
「天使ですって!」
私は焼け跡で見た、残虐な天使のふるまいを思い出した。
「私の両親を殺した天使を受け入れ、共に歩めとでもいうの?」
するとアークはあわてて、今の発言を否定するように大きく手を振った。
「落ち着けって……俺はただ、カードの意味に、現在の状況をあてはめただけさ」
私は嫌な気分になって俯く。アークは心配になってそばまで来てくれた。
「ごめんよミナ……」
私は首を横に振った。
「こっちこそ、ごめんなさい」
「だが、君の母さんが示したカードだ。まるっきり意味ないってことはないだろう。近い未来、その意味がわかる時が来る。それまで深く考えるのはやめよう」
アークは優しくそう言ってくれるので、私は小さく頷いた。
「さあミナ……カードを並べてみようよ。君が、母さんの残したこの鍵で、謎の扉を開けるんだ」
それを聞いて私は顔を上げた。
「わかったわ、アーク!」
私は指定されたカードを抜き出して、指定された場所へ並べた。それから改めて布地に触れると、並べたカードか光り出し、布地の模様にも変化が現れた。
「見て、アーク!布地の模様が!」
「ああ、ミナ……文字のようなものが浮かび上がって来たよ……。君はこの文字を読めるかい?」
私は頷く。
「もちろんよ……これは日本語ね。ちょっと待ってね……えーっと……真ん中の印に、指先で触れてと書いてあるわ」
「六芒星の印のことだろ……触れてみてよ」
「待って……アークも一緒に触れるようにと書いてあるわ」
「俺もか?」
「早く指を出して」
アークはテーブルを回って私の横に立つと、少し恥ずかしそうな顔で私を見つめた。そして、六芒星の上にある私の指の横に、彼の指先をそっと置いた。
すると布地がパアッと明るくなって、あっという間に部屋全体が光に包まれていった。
「え!何これ!」
「ミナ……心配いらない……」
私たちはゆっくりと光に包まれていく。
アークは目を閉じて耳を澄ました。そして大きく呼吸する。
「懐かしい香りがする」
「香り?」
「ああ。君の母さん……リリア様の魔力の香りさ」
「母さん……」
ここには母さんの遺した何かがある。
「ようやく……ひとつ真相に辿り着けるかもしれない」
私はこれからここで、何が語られるのか……ドキドキしながら、光が収まるのをジッと待つのだった。




