第1話 逆らえない命令
私はミナって言うの。14歳よ。
その、ショッキングな出来事が起きたのは寒い冬のことだったわ。
その日は土砂降りの雨が降る夜だったわ。私は両親と一緒に傘をさしながら帰宅していたの。
すると、空が急に輝いたかと思うと、ビュンビュンとすごい数の雷が落ちて来て……私の両親を切り裂いたの。
雷が落ちる直前……母さんはまるでそれを予知してたかのように私を突き飛ばした。
「キャア!」
私は思わず目を閉じたまま、地面へと倒れたわ。
すると母さんがこう言ったの。
「危ない!ミナ!」って。
そこへ大きな雷が落ちて来て、母の体に直撃したのよ。
もちろん、そばにいた私も無事じゃなかったわ。気が付いたら数メートルも離れた場所に倒れていた。傘もビニールが燃えて骨だけになったし、私の体はシビレた感じが取れなくて……頭の中は真っ白だった。
しばらく動くことも、息をすることさえ出来なかった。まるで、水の中にでもいるみたいにね。
それでも、しばらく胸をさすりながら藻掻いていたら、私の肺が息を吸ってくれた。
「ハアーッ!」
私は仰向けになって激しく口を開けた。空気が吸いたかったの。いくら吸っても足りないくらいだった。とにかく息が苦しかったの。
しばらくすると少し息が楽になったから、私はゆっくりと顔を上げて周りを見渡してみたわ。するとあたり一帯はみんな燃えて黒焦げになってた。
私の家のあたりを見ると、黒いマントを纏った男たちが6人ほど立っていた。そして、その男たちの足元を見ると、私の両親が血塗れになって倒れていたの!
「ああ!母さん!父さんっ!」
私は声にならない声を出した。心では叫んでいたけど、声は枯れて言葉にならなかった。両親のそばへ駆け寄りたかったけど足がブルブル震えて動かなかった。
「この男たちは一体何なの?」
私はなせ、黒マントの彼らが私の両親を助けようとしないのか理解できなかった。私は叫んだ。
「お願いします! 救急車を呼んで!」
私は大声で訴えたけど、彼らは動こうとはしなかった。
「どうして? どうして誰も助けてくれないの?」
私は目を凝らして彼らを見た。彼らは黒いマントを纏っていて、頭からフードを被っている。私は彼らに対して、なんだか異様な雰囲気を感じた。
すると、1人の男が私の方をジッと見て……それからゆっくりと私の方に向かって歩いてきたの。
私はなぜだか恐ろしくなって、逃げようと思ったけど、足が震えて立てなかった。
男の足跡が顔のすぐそばで聞こえた。私は震えながら男を見上げた。
その男は頬髭の生やした老人だった。
「お前の両親はもう死んだ。クソッ、厄介なことになった!」
私は自分の耳を疑った。
「今死んだって言った?」
私はその老人の顔を凝視した。その顔は冷たく無表情だった。
「なんで死ぬのよ!」
私がそう叫んだ時、その男は私を腹を強く蹴った。
「ああっ!」
お腹に痛みが走って、吐き気が喉の奥から込み上がってきた。私は体をクの字に曲げて転がる。目から涙が出た。
「うううっ、母さん……父さんっ!」
しばらくして、老人は私のそばにしゃがみ込んで、私の胸倉を掴んでグッと掴んで持ち上げた。そして皺だらけの顔をグッと寄せて睨んで来る。
「メソメソと泣くな、うっとおしい!」
老人はそういうけど、これが泣かずにいられるだろうか。私は泣き止むことが出来なかった。私みたいな状況にあったら誰だって泣くわよ。
「泣いてばかりいずに、少しは私の話を聞け!」
老人はそう言うと、懐から黒い蛇のようなものを取り出した。それはウネウネと暴れている。ヌメヌメとした光沢があって気持ち悪かった。
「何それ!どうするつもり!?」
すると老人はそれを私の顔に近付けてくるのだ。
「嫌っ!嫌だっ!」
「じっとしてろ!」
老人は何やら呪文を唱えながら、その黒い蛇のような生き物を私の首に押し付けた。するとそれは瞬時に私の首に巻き付き、そして噛みついてきたのだ。
「あーっ!」
私は歯を食いしばりながら痛みで体をねじった。すると私の体は老人の手がら離れて、そのまま地面へ倒れた。地面が泥水で濡れていて、服に冷たく滲みこんでくる。寒さと恐怖で体は小刻みにブルブルと震えた。
老人がこちらへとゆっくり歩いて来る。そして、足で頬っぺたをグッと押して、私の顔を覗き込んだ。
「おい、娘……ミナと言ったか。泣いている暇はない。今から1カ月以内に、お前の両親が隠した宝を探し出すんだ。さもなくば、その黒い輪が、お前の首を締め上げてしまうだろう」
私は叫んだ。
「待って!まるで意味がわからないわ!私は何を探せばいいの?宝って何なの?」
すると老人は続きを話しはじめた。
けれど……。
私の方がもう限界だった。
急に吐き気を催して来て、寝たまま吐いた。
そして目の前がだんだんと白くぼんやりとしてきて……ちょっと、何を言っているの?聞こえない。
「もう一度……もう一度言って頂戴……もう一度……」
私は顔をあげて、老人の言葉を聞こうと顔を上げたけど……。
そのまま目の前が真っ暗になってしまった。
◆
遠くから救急車のサイレンが近付いて来た。
薄っすらと目を開けると、私は泥の中に倒れている。
「あれからどれくらいの時間が経ったの?」
私には全くわからなかった。
「……お嬢ちゃん!大丈夫か!?」
私は誰かに肩を揺さぶられて、はっと目を覚ました。
見上げると、消防隊の制服を着た人が私を抱き起こしてくれていた。
……母さんと父さんは?
慌てて周囲を見渡すと、すでに両親の遺体は白い布に包まれて地面に横たわっていた。
あの黒いマントの老人も、他の男たちもどこにもいなかった。人がいた痕跡はどこにも見当たらないのだ。
「ま、待って……両親は……それに黒いマントの人たちは……!」
だけど、消防隊員は困った顔をした。
「黒いマント? そんな人はいなかったよ。君が一人で倒れていたんだ。」
そんなはず……ない。
確かにあの老人は私の首に何かを巻き付けた。黒い蛇のようなものを……。
私は震える手で自分の首に触れた。
――あった。
そこには、まるで皮膚に焼き付けられたような黒い輪が、くっきりと刻まれている
。指で触れると、かすかにビクビクと動くのだ。
「いやっ……これ……何なの……!?」
私はその場で半狂乱になって首をこすり続けると、胸の奥が冷たく締めつけられる感じがした。
「落ち着くんだ、君はショック状態なんだよ。病院に行こう」
消防隊員は私をストレッチャーに乗せて、救急車のバックドアまで移動させると、そのまま救急車へ押し込もうとした。
その時、ふと視界の端で、黒い影がスッと動いたのが見えた。
私は反射的に振り返った。
けれど、そこにはもう誰もいなかった。
いや、違う。
一本の白い羽根が、ひらりと雨の中を舞い落ちてきた。
私はそれを掴み取る。それは、何日も冷凍庫に入れられていたかのように冷たかった。
その羽根に触れた瞬間、頭の中に、あの老人の低い声が響いた。
『――1ヶ月だ……わかったか。探し出せ……宝の鍵はお前が持っているはずだ。出来なければ黒い輪がお前の首を締めるだろう』
「ひっ……!」
私は周囲をみまわした。
声は確かに私の耳元に囁かれたように聞こえたのに、周囲の誰も反応していない。
あの老人は、どこからか、私を見ている。
常に。
私は担架の上でグッタリとしたまま、両腕で自分の体を抱いた。
そして、救急車の赤い光をぼんやり眺めた。
今すぐ、私をここから連れ去って欲しい。
私は全身が震えて止まらなかった。
――宝。父と母が隠したという宝。
――鍵は私の中にある。
意味がわからない。
私の乗った担架が救急車の中で固定され、バックドアが閉まった。その時チラリと見えたかつての我が家。それは雷と火災で燃えて、黒い骨組みだけが墓標のように立っていた。
私の両目が涙で溢れた。焼け跡がゆらゆらと滲んで見える。すると、その残骸の影から、“何者かの視線”を感じた。
私は怖くなってベッドの毛布へ潜り込んだ。車が揺れて救急車が発車した。
汗が額から落ちてきて、首の黒い輪が、じりじりと冷たく締まる感じがした。
その時、私は初めて気付いた。
「もう……普通の生活には戻れない」




