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来賓席にはプリマヴェール国の大使様と外交官3名が着席していた。アルマン殿下と側近のエリオット・グライユル公爵令息と宰相の子息であるドレイク・コンプトン侯爵令息が向かいに座っている。
淑女の仮面を貼り付け来賓席に近づくと、ドレイク様がわたくしに気付き立ち上がった。
「バーガンド侯爵令嬢、どうぞこちらへ」
アルマン殿下の隣席に促される。
わたくしがアルマン殿下の隣まで歩くと、流れるような動作でアルマン殿下とエリオット様が立ち上がる。それに合わせて大使様方も立ち上がった。
「アスター卿、こちらは私の婚約者候補のレティシア・バーガンド侯爵令嬢です。
国王夫妻とレティシア嬢の父上である外務大臣のバーガンド卿が貴国から戻り次第、正式な申し込みと公表を行う予定です」
「お初にお目にかかります。レティシア・バーガンドでございます。
先程は、わたくしの発言で少々場が騒がしくなってしまい、大変申し訳ございませんでした。
我が父が戻られましたら、正式に謝罪させていただきますのでご容赦いただければ幸いに存じます」
「レティシア嬢、先程私からカイウスと婚約者との間に少し問題が生じたこと、父上が戻られたら改めてカイウスの処遇を含めて正式に謝罪することをお伝えしたよ。君は気にしなくていい。
今は、アスター卿と輸出入品目について話していたんだ。君の見解も聞きたい。座って話そう。
アスター卿、レティシア嬢は学院で首席の成績をキープしていまして、貴国との政策に対しても有意義な思想を持っているようです。レティシア嬢の意見を聞きたいのですがよろしいですか?」
「もちろんです。お父上のバーガンド卿とは懇意にさせていただいています。気兼ねなくお話しください」
「ありがとう存じます。以前父が、アスター卿はオペラがお好きで、我が国のバリトン歌手であるマウロ氏の歌が特にお好きなようだと言っていました。
明後日に彼が出演するオペラがございますので、お時間が許すのであれば、ぜひ鑑賞されてはいかがでしょうか?」
と微笑むと、
「それはなんと嬉しい情報をありがとうございます!是非ともチケットを入手することとしましょう!」
すかさずエリオット様が口を開いた。
「マウロ氏の所属する劇団は当家が後援しておりますので、お席は私の方でご用意させていただきます」
「おぉ!ありがたい!遠慮なく好意を受け取らせていただきます」
とアスター卿がエリオット様の手を握った。
「明後日は教皇との晩餐があるので、ご同席出来ず残念です。外交官の方々の席も用意しますので、皆さんでごゆっくりとオペラ鑑賞をお楽しみ下さい。
では皆様、改めてご着席を」
アルマン殿下の合図で全員着席する。
わたくしも淑女の仮面のまま、アルマン殿下の隣に着席した。
「君も知っての通り、我が国は鉱山が少ないが豊かな大地があり農産物が豊富だ。対してプリマヴェール国は山地が多く平面が少ないため農作物の育成が難しい側面がある。
我が国からの農作物の輸出の関税を下げたいが、代わりに金や銀、宝石などの輸入に対して関税を下げてもらうことにすると他国からの反発が大きくなる。
何かいい代案品はないだろうか?」
「プリマヴェールとしましては、山の隔たりがないグランヴィル国からの農作物の輸入が一番新鮮で早く手元に届きますので、関税の引き下げは願ってもない事なのですが、新たな鉱山が見つかっていませんので、一国のみに金銀宝石の関税を引き下げる事は出来ないのです。かといって、他に有益な資源はありません」
「…… 少し前ですが、貴国の新聞にマグナス領からネオジムが採掘されたと載っておられましたが、その後そちらについての採掘はいかがされていますか?」
「はい。2ヶ月前にネオジムがマグナス領にある鉱山から採れたようです。ただ、ネオジムは欠けたり割れやすいためその採掘が非常に困難で採掘は進んでいません」
「それはもったいないですね。ネオジムは磁力がある事は一般的に知られていると思いますが、ネオジムに鉄、ホウ素を組み合わせることで強力なネオジム磁石が出来る事はあまり知られていないですよね。
こちらが完成されると様々な用途に使用できます。金や宝石と同等に非常に価値のある輸出品になるのではないでしょうか?
ただ、おっしゃる通りネオジムは採掘や加工が難しいです。ネオジム磁石が作れたとしても鉄を含むため錆びやすいという難点もあります。実はニッケルなとでコーティングすればそれは防げるのですが……
マグナス領の先先代の当主夫人はコンプトン家のご出身でしたわよね。そして、ドレイク様のお兄様は産業推進事業部に在籍して金属の研究をしておられましたわ。そこでまずは、コンプトン家とマグナス家の縁者による共同事業という形をとります。そこに我が国で鉱山保有率が一位でその採掘手腕に一目置かれるグライユル家が介入し、王太子殿下のご側近お二人の家が率先している事業であるため、王太子殿下も後援をせざるを得ないという状況を作ります。
これを建前として国が援助を行い、ネオジム磁石の供給の目処が立った時点で、グランヴィル国に優先的に供給していただく代わりに、農産物の関税を引き下げるという流れに持っていくのはいかがでしょうか?
元々は縁者による共同事業ですから、他国も名乗りを上げる事は出来ないと思います」
「いやはや…… 鉱山に関する希少資源の知識は専門家以上ですね。本当に驚きました。我が国の情報のみならず、貴族の系譜までご存知のようで…… 恐れ入りました。
…… レティシア嬢が王妃となられた暁には、貴国は益々発展するのではないでしょうか。ぜひとも共同事業をお願いしたく思います」
「私の方こそお願いしたいです。陛下が戻られたら早速会議の場を設けていただきましょう。
レティシア嬢、素晴らしい発案に感謝するよ」
「もったいないお言葉でございます。わたくしの些細な知識でお役に立てたのであれば、大変嬉しく思います」
その場が和やかな空気に包まれたので、淑女の仮面を剥がして少女らしく控えめに微笑んだ。
「正式な申し込みはまだだが、せっかくの華やかな式典だ。レティシア嬢、一曲どうだろうか?」
「……はい。わたくしでよければ、喜んでお受けいたします…」
「では、アスター卿。話がまとまったので、私達は式典を楽しみたいと思うのですが、席を外してかまいませんか?」
「もちろんです。ぜひお楽しみください。私達もこちらで軽食を楽しみたいと思います」
柔らかな微笑みを浮かべて送り出してくれた。
(ひとまず、アルマン殿下からの皇太子妃としての外交課題は、ひとつクリア出来たかしらね)
と内心で安堵しつつ、席を立ったアルマン殿下から差し出された手に、そっと手を乗せて立ち上がった。
そのままダンスホールまでエスコートされ、ちょうど曲が途切れたタイミングでホールの中心に立ち、向かい合わせとなって礼をとる。ダンスの姿勢をとって手を組んだ途端腰を引き寄せられた。
「さすがだな。侯爵から情報を得ていたが、期待以上だったよ。社交を一切していなかったから苦手なのかと思ったが杞憂だったな。
……君なら、私は愛せそうだよ」
「……ありがとう存じます。ただ…… わたくしは王太子妃となる事は受け入れましたが、アルマン殿下の愛を希ってはおりません。側妃様にその愛情を注いでいただいて構いません。
ですが、ただお一つ、アルマン殿下にご協力いただきたい事がございます。そのお願いさえ聞き届けていただければ、あなた様の望む妃となる事を確約いたしますわ」
「つれないなぁ… まあ、いいよ。私達の関係構築はこれからだしね。悪いようにはならないと思うよ。協力については、約束するよ。何となくわかるし。
オリビア嬢の事だろう?君とオリビア嬢は相思相愛のようだからね。これからはオリビア嬢に匹敵する愛を、君から受けれるように私も尽力する事としよう」
悪戯を企むように少し目を細めて、妖艶に微笑むアルマン殿下に一瞬ドキッとしてしまう。
う〜ん、優れた容姿で王者のオーラを放つ王太子殿下は、私の記憶のどの令息よりも魅力的かもしれない。愛はいらないと言ったけれど、愛されるのも悪くないかも?
オリビアと姉妹になって、王城でオリビアに癒されればそれだけで王太子妃も王妃も頑張れると思ったけれど、アルマン殿下との関係が想像以上に良くなれば、楽しく政務に励む事が出来るかもだし。
ひとまず、このままアルマン殿下に翻弄されてみるのも吝かではないわね。




