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「姉上、こちらが人気の植物園ですっ!以前クラスメイトとみんなで来たのですが、中は広くて奥には池もあるんですっ!色とりどりの花や植物が植えられており、当国では珍しい植物もあるんですよっ!案内いたしますので、早速行きましょう!」
フィリップが馬車を降りるとともに早口で説明してくれる。
元気で可愛いわね、と内心で愛でて横に並び歩く。
後ろには昨日と同じく護衛騎士のエドとラウルが控えた。
明日の夕方に王城へ戻る予定が、今朝アルマン様からサファイアの件で至急相談したい事があるから、明日の午前中には帰城するように、とのお手紙が届いた。
わたくしが発端なので仕方ないわね……とため息を吐きつつ、了承のお返事を認めた。
おそらく今日が自邸で過ごす最後の日になるわ。フィリップとゆっくり過ごすのも今日だけかしらね、と思いながら支度した。
フィリップとお母様には、事情をお伝えし、明日の朝に帰城する事を伝えた。お母様は、寂しそうな顔を浮かべながらも納得され、家政の采配のため今日は外出が出来ないから二人で散策を楽しんできて、と微笑んで送り出してくれた。
フィリップは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに気持ちを切り替えて、今日は楽しみましょう!と笑顔を向けてくれた。
素敵な家族や使用人に囲まれて、長年育った家を離れる寂しさは強いけれど、王太子妃の道はもう開けてしまったので進むしかないわ、と、わたくしも気持ちを切り替えた。
植物園の入り口にある花のアーチをくぐると、色彩豊かな花が、区分けされた花壇に所狭しと植えられていた。奥の方には背の高い植物が多くある。小さい子供を連れた親子が多く、若い男女のペアも数組いた。所々にベンチが配置され、お年を召した方が座っている。平民の憩いの場といったところなのね。確かにお花のいい香りがして癒されるものね。
ゆっくりとお花を見ながら奥へ進む。フィリップが珍しい植物を指差して教えてくれる。本で知っているけれど、実際に初めて見るものも多くあるため、とても新鮮で楽しい。池の近くにはカフェもあるらしい。
貴族は自邸に庭園があり、お茶会で各家の庭園のお花を眺める。花のない植物に興味を抱く令嬢は殆どいないため、こちらの施設に訪れる貴族は殆どいない。
わたくしを知っている貴族に声をかけられる心配もないし、今日はここを選んで正解ね、と内心で安堵の息をつく。
池に近づくと、横を5歳くらいの子が走って通り過ぎた。後ろから、「カイ!走らないでっ!」とお母さんが叫んでいる声がする。チラッとみると、乳母車を押していた。
何かに躓いたのか男の子がバランスを崩した。あっ!と思った瞬間、男の子は左手を地面につけたまま前のめりに倒れ込んだ。すぐにラウルが走ったけれど間に合わなかった。
「うわぁぁぁーん! いっ!いたいよーっ!!お母さーん!わぁぁーっ!!」
と泣き叫ぶ。ラウルが抱えて起こしたけれど、左手を負傷したようで顔を真っ赤にして泣いている。お母さんが乳母車を押しながら走ってきた。
「カイッ!大丈夫っ?!手?手が痛いの?!」
と子供に近づく。わたくしも近づいて左手をみた。 左手首が赤く腫れていた。これは、骨折している可能性が高いわね。
「エド、カフェから氷水とタオルをもらってきてくれる?新聞紙と薄い布も。あ、あとカップにぬるま湯とはちみつ。あればすり鉢とすりこぎもお願い」
エドは頷き、すぐにカフェへ走った。
「カイくんのお母様ですね?どうやらカイくんは骨折しているようですわ。
わたくしの護衛が診療所までお運びしますが、痛みが強いようですので、ひとまずこちらで応急処置をしてしまいましょう。よろしいですか?」
「は、はい!ぜひともお願いいたしますっ!」
涙を浮かべて頭を下げる。
「フィリップ、向こうにオトギリソウがあったの。黄色い小さな花よ。1本抜いてきてくれる?ここから15メートル先の右側にあったわ。ハーブが多く植えられていたところよ」
「わかりました!探してきますっ!」
と走って行く。
カフェからエドが戻ってきた。一緒にカフェの店員も走ってくる。
エドから新聞紙を受け取り、細く丸める。氷水が入ったボールを持った店員にはそのままでいてもらい、タオルをつける。新聞紙を添木代わりとし、十分に冷えたタオルをその上にのせて薄い布で巻く。店員が首にスカーフを巻いていたので、そちらをお借りしたい、と話すとすぐにスカーフをはずしてくれる。スカーフを三角巾代わりにして、左腕が動かないように首で吊るようにして巻いた。
カイくんは目を閉じてずっと泣き続けているが、ラウルが抱えているため動かずにいてくれる。
「姉上!こちらでよろしいですか?」
「ええ。これよ」
エドからすりこぎ鉢を受け取り、一度床に置く。オトギリソウの葉と花びら、茎を小さく千切って鉢に入れ粉々にしていく。茎はさすがに粉々にならないのでよけて出した。ぬるま湯が入ったカップにはちみつを入れ粉々にしたオトギリソウを中に入れる。すりこぎ棒で混ぜる。
「カイ君、痛みが少しよくなるから、これを頑張って飲んでくれる?」
「カイっ!飲んで!頑張って!」
お母様の励ましで目を開けて頷き、右手でカップを持ち飲む。
「うわっ!葉っぱがいっぱいで飲みずらいよっ!」
「でも甘いでしょ?飲んだら痛いのが少し良くなるわ」
と話すと、目を閉じて一気に飲み込んだ。
「えらいわっ!カイッ!」
「でも、まだ痛いよ!」
とまた泣き始める。
「これからお医者様のところに行きましょう。その間に少し効いてくるはずよ。頑張ってえらいわ。
腕を動かさないようにね。さあ、行きましょう」
ラウルがカイくんを抱えたまま立ち上がる。
「ありがとうございますっ!本当に助かりますっ!」
とカイ君のお母様が乳母車を押して深くお辞儀する。乳母車にはまだ産まれて数ヶ月といった赤ちゃんが寝ていた。
いつの間にか集まっていた方々に声をかけた。
「どなたか、一番近い診療所までご案内いただけますか?」
「あ、はい!私が!こっちの裏口から出ると歩いて10分ほどで着きますっ!こちらですっ!」
と指差してくれる。
「ありがとう。ご案内お願いいたしますわ」
とその方の後ろにエド以外が続いた。
エドは馬車に戻って、馬車で診療所前に行きます、とその場を離れた。うちの御者は優秀だから迷わず来てくれるでしょうね。
「もしかして! あの方はこの間パン屋の赤ちゃんを救ったレティシア様じゃないか?」
「あ!俺もそう思ってた!絵姿でみたから間違いないよっ!」
「やっぱり王太子妃様か!さすが医学の知識をお持ちだから的確なんだなっ!」
「うわぁ〜噂の救世主様を拝顔出来るなんて!ついてるなぁ〜」
「本当に美しい方ね。女神様と言われるのも納得だわ!」
「あんなに、テキパキと指示して、優しい微笑みを浮かべながら処置するなんてっ!まさしく女神様だよなっ!」
集まっていた方々から聞こえてくる話しの内容に、気恥ずかしさが込み上げる。
う〜ん…… またトラブルに遭遇してしまったわね……
何故かしらね…… 外出は控えるべきね。王城でも引きこもった方が良さそうね。
診療所に着くと、応急処置の的確さに驚かれるとともに深く感謝を告げられる。名前を聞かれたので名乗ったけれど、騎士なら誰でも出来る応急処置ですからお礼は結構ですよ、とその場の全員に伝えて、診療所前まで迎えに来ていた馬車に乗り込んだ。
その日の晩餐では、いかに素晴らしい指示と処置だったかを、フィリップがお父様とお母様にお伝えしていた。
ゆっくり散策は出来なかったけれど、家の使用人一人一人に直接挨拶が出来たし、最後の家族の晩餐も賑やかで楽しいものとなったので、結果的に有意義な一日となって良かったわ。




