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陛下と殿下が退出されるのを、礼を執って見送った。
「うん……まあ……、大丈夫だろう……
レティなら王子妃教育で行なわれることは全て網羅しているはずだから、教師による確認のみで終わるだろうし、結婚式の準備も手順を迅速に遂行していくだけだろうし…… 時間に余裕は出来るはずだ。家に帰れる日もあるよ。きっと……」
「お父様、自信がなさそうですわね……
まあ、いいです。フィリップと約束いたしましたし、わたくしが何とかしますわ。
お父様は、わたくしの事はあまり心配せずとも大丈夫ですわ。オリビアと姉妹になれる道を選んだのはわたくしですし。殿下とよい関係を築けるよう、こちらで殿下の補佐をしながらわたくしなりに楽しく過ごしてみます。
お母様とフィリップによろしくお伝えくださいませ。なるべく一月以内には一度帰るようにいたします。そうお伝え下さいな」
小さくため息を吐いて、お父様を見遣る。
「そうだな…… レティなら意に沿わない事はしないだろうしな。むしろ、意に沿う様に持っていくというか……
リリアンとフィリップに私から話しておくよ。
家の者は全員、いつでもレティの帰りを待っているし、王子妃となるレティの幸せを願っている。能力があるがゆえに、表に出る事で辛さが増す事があるかもしれない。レティ自身で解決してしまうだろうが、決して無理するな。不幸せな道になると思ったら引き返していい。
……大きな声では言えんが、私達は国よりもレティの方が大事だからな」
最後はわたくしにだけ聞こえるように囁いた。
ありがとうお父様、と小さく返して軽く抱擁した。
エントランスまでお見送りし、侍女とともに与えられた部屋に戻った。
わたくし好みの落ち着いた淡い色合いの家具や寝具が揃えられているため、自室にいるかのように寛げた。きっと、当家の使用人から情報収集したのでしょうね。アルマン様の配慮でしょう。王城で暮らさせようとする気が見え見えの気もしないではないけれど……ありがたく享受するといたしましょう。
侍女達により就寝前の世話を受け、ゆっくり眠った。
翌日は朝からその翌日の婚約式に向けて、侍女達による丁寧なマッサージが始まった。肌に良い飲食が用意され、目元も輝くよう、本すら読む事を禁止され、ほぼアイパックをして過ごした。
お昼にはドレイク様から婚約の書類が正式に受理され、明日朝には婚約式を執り行う運びとなった事を告げられる。俄然張り切った侍女達により、手足の爪まで全身をピカピカに磨かれ、あっという間に一日が終わった。
目元を覆っていた時間が長かったにも関わらず、精神が削られた気がしたわたくしは、その日もぐっすり眠り、婚約式当日を迎えた。
侍女達による渾身の総力のおかげで、頭の先からつま先まで完璧な王太子妃スタイルとなったわたくしを見て、お迎えにいらしたアルマン様も一瞬息を呑まれた。
「レティ、本当に女神が降臨したようだよ。筆舌に尽くしがたい程に美しい。手をとる名誉を得ている事に感動している。一日でも早くレティを私の妃にしたい気持ちがより強まってしまったな。さあ、その第一歩となる婚約式を済ませに行こう」
「ありがとうございます、アルマン様。
アルマン様も本日はいつにも増して素敵ですわ。エスコートよろしくお願いいたしますわ」
微笑み合いつつ馬車へ向かった。
婚約式は女神様の像に跪いて婚約を誓い、教皇の立ち合いのもと宣誓書にお互いが署名して終了となる。
あっという間に終わるのだ。
帰りの馬車で、
「お疲れ様、レティ。明日から王子妃教育が始まるけれど、レティには本来必要ないものだろう。通常であれば一年から二年程度かかるが、レティなら数日だろうな。おそらく知識の確認で終わるだろう。
オリビア嬢は、カイウスとの婚約の際に半分以上を終えている。残り半分弱といったところだ。
トリスタンとオリビア嬢の婚約式は来週を予定している。今トリスタンがラッセル家に申し込みに行っているはずだ。書類の提出は明日だが、早くても来週末が婚約式となる。カイウスの方の書類も明日同時に提出するから、来週頭に先にカイウスの婚約式を行う予定となっている。トリスタンの婚約式はその後だ。
再来週にはオリビア嬢の王子妃教育が再開されるだろう。一応レティと一緒に進めることになっているが、レティはもう終わっているかもしれないな。
その場合は、私の政務の補佐をしながら、オリビア嬢を励ましてやってくれ」
「承知いたしましたわ。婚約を了承した時点で側近要員となる覚悟をしていましたので。携わらせていただきますわ。
ですが、わたくしの意欲維持と精神面での栄養補給のためにも、オリビアとの時間の確保はさせていただきます。そこは譲れませんわ」
「ははっ、わかっているよ。その点も考慮してトリスタンを側近にしたんだよ。
レティとオリビア嬢はいつでも執務室を訪ねてくれていい。
オリビア嬢の王子妃教育が終わればトリスタンとの結婚の話しが進む。私達の結婚式のすぐ後とは行かないから、最短で私達の結婚式の一年後だな。
王子妃教育は、レティの励ましがあれば半年以内に終わるかもな。終われば、結婚の準備も兼ねてオリビア嬢には王城に滞在してもらおうと思う。
この算段でよろしいですか?女神様?」
アルマン様が揶揄う様な楽しげな口調で尋ねられた。
「ええ、素晴らしい段取りだと思いますわ。
ですが、一つだけ。わたくしの王子妃教育が終了しましたら、一度自邸に戻らせて下さいませね。弟とお出かけする約束をしていますの。約束は破りたくないのですわ」
「もちろん構わないよ。だが、数日で戻ってきて欲しい。君がいないと、最短で結婚式を挙げるとの予定が滞ることが予測されるんだよ。今まで早くても一年かけての準備だったからな。王城の者達も半年との強行日程について行けない現状がある。レティが采配してくれ。だから、数日が限度だな」
小さく息を吐き、
「承知いたしました。ありがとうございます」
と微笑んだ。
わたくしとしても、オリビアとトリスタン殿下の結婚式が一日でも早く成されて欲しいので。
その為には、わたくしの結婚式が最短の半年後に行われる事が望まれますものね。
フィリップと過ごす時間が少なくなってしまいますが、代わりに何か思い出に残る物をプレゼントすることにしましょう。




