探り合い
「随分と私の侍女と仲良くなったご様子で?気づいたら下女のようなことも、させてるみたいですけど?」
僕は一人、執務室に残ったエルザ様に詰められていた。ちなみにマリィさんは食事の片付けである。三人分もあるし、しばらくは帰ってこないだろう。
「下女なんてとんでもない。他に仕事がないだけですよ。彼女は素敵ですね。その立場を笠に着ることなく、そうした雑務まで担ってくれる。とても助かっていますよ」
表向き彼女は、身辺調査で僕のそばに侍っていることになっているので、当たり障りのない返答をする。他に仕事がないというのは、少し語弊があるのだが。
「……正直に言いなさい」
「……嘘なんか、ついていませんとも」
一応抵抗してみる。
「……おかずが一品増えたのよ」
「良いことではありませんか」
もう少し、頑張ってみる。
「怒るわよ」
「……参りました」
もうすでに怒ってるじゃないですかぁ、とは言わない。言ったが最後、マリィさんのおいしいご飯が食べれなくなるからね。ははは。
「あの子があなたを手伝い始めて一週間。もう、気づいているわよね?」
「まぁ、その、一応は」
「遠慮しなくていいわよ。あの子は、その、なんと言うか、アレなのよ」
「すごく濁しましたね」
「言葉を選ばなければ、残念なのよ。色々と」
本当にはっきり言ったな。
「あの子、自分が金銭の管理を一任されてると思ってるのよ」
「あぁ、なんかそんなことも言ってましたね」
「普通に心配だから、私もちゃんと把握してるわ」
なんかどんどんマリィさんが可哀想になってくる。あんなに張り切って頑張ってるのに、あんまり信用されてない。
「もちろん、あの子のことは信頼してるわ。その、そう言う部分以外ではね?」
「それフォローになってますか?」
「いいのよ。そもそもあの子、私の世話係という意味での侍女ではないから」
「と、言いますと?」
「いわゆる戦闘メイドってやつよ」
ははぁ。まぁ簡単に言えば侍女に扮した護衛か。というか侍女の仕事に護衛があって、それ専門の人って感じか?まぁ佇まいからして、そんな気は薄々としていたのだが。
「その線では一流なんだけど、それ以外ってなると、途端にダメになっちゃうのよね」
「そうでしたか」
「他人事じゃないわよ。あの食事、はっきり言って私はもう限界よ。あの子別に味音痴じゃないのに、自分の料理となると途端に分からなくなっちゃうみたいなのよね」
僕とは違って、エルザ様はしばらく彼女の作った料理を口にしている。限界が近いようだ。
「支援に関しては感謝しているわ。あなたの支援がなければ、私はこの地で生きていけない。だからあなたに頼ることを、私は遠慮したりしない。元はあなたが蒔いた種。そこは諦めてちょうだい」
「ええ、それはもちろん。僕としてはそもそも、対価なしで支援してもいいんですから」
その言葉に偽りはない。そもそも本来、僕のお金じゃないしね。僕が彼女の人生に関与した自覚はある。狂わせたつもりも、悪いことをしたとも思ってはいないが。
それよりも今は、マリィさんのご飯のことだ。
「直接言えばいいのでは?」
「あの瞳に向かって?無理よ。あなたにはできるの?」
「無理です」
自分にできないことを他人に強要することはよくないか。いや、僕としてもエルザ様にそう言ってやりたいのだが。
「それより、マリィさんの提案がなければどうされるおつもりだったのですか?」
当然のことではあるが、お金がなければ食べていけない。エルザ様が金銭の状況を把握しているとなれば、何らかのアクションを起こしていたのだろうが。
「それは、これよ」
そう言って彼女は、一つの封筒を差し出してきた。彼女に視線で承諾を得てから、中に入っている書類を流し読む。
「これは……きっと、すごい物なんでしょうね」
「濁すのね」
「あいにく、これを理解する学が無いもので」
渡された書類の束は、おそらく全てコンテスト領の政策に関するものだろう。ところどころに僕が議会等で聞いたことのある単語があるし、大きく『改善案』と書かれている以上、これは改善案で間違いないのだろう。
「それは好きにして良いわ」
「と言いますと?」
「あなたの実績にしても良いし、議員への賄賂にしてもいいと言ってるの。中身の効力は保証するわ。これを自分のものにできると知れば、どの議員にも決して無碍には扱われないでしょうね」
なるほどこれは、確かに僕の支援にたる物であるだろう。それも特大のである。
「本来はこれを使って、あなたの支援を得るつもりだったのよ。それが無理なら、適当な議員を引っ掛けて、同じことをしてたでしょうけどね」
「そんなことしなくても、寝食ぐらい保証しましたよ?」
「私の性格の問題ね。施しは受けない。施しはいつか、この身を苛む茨となるわ。受け取る側も、差し出す側もね」
「そういう、ものですか」
そういうものよと言って、彼女はさらに続ける。
「私もマリィと同じよ。あなたのことを警戒していた。目的もわからない。何を企んでいるのかわからなかった。だから時間をおいた。その結果、少なくとも仕事相手としては全く問題ないことがわかった。だからこうして、私の事情も話してる。そこに裏はないわ。信用してちょうだい」
あくまで事実のみを述べるエルザ様。きっとそこに裏はないのだろう。だけど表が真実とは限らない。聡明な人間というのは、明かした真実の中に隠したいことを紛らわせるから。
「であれば、僕の監視も解かれると思っても?」
「……何のことかしら?」
「気づいてますよ。少なくとも、僕にその能力はあります」
彼女がコンテスト領に拠点を移してから、今日この日まで、1日も欠かさず僕は監視を受け続けていた。マリィさんによるものではない。方法は明らかになっていないが、監視をされていた事実は間違いない。
彼女の表情は平静を保っているが、一瞬その仮面が剥がれかけたのを見逃さない。ま、別にこの件で怒ったりしてるわけではないが。
「魔法ですか?多分エルザ様ご自身でやってますよね?」
「鎌をかけているのかしら?」
「かけたいのは部屋の鍵です。観られて困るものはないとしても、気分は良くないですので」
はぐらかす彼女に、少しきつめの物言いをする。バレてるんだから早く観念してくれ。
「深夜真っ暗な中、寝巻きのまま、明かりもつけずに、庭作業をしようとする人間がどこにいるんですか。僕が庭に出ることがわかって、急いで準備をしたんでしょう?」
「あら、あれはたまたまだと言ったはずよ?」
「……あくまでシラをきるつもりですか」
僕としても少し意地悪をしてやりたい気分だが、ここまで強情だとそこには裏がありそうだ。
彼女の態度からしても、言外に「見逃してくれ」と言われているような気がする。
おそらくは、彼女の魔法の発動条件に関することなんだろう。相手にばれたことを認めたら、もう使えなくなってしまう制約があるとか、色々あるのだろう。知らんけど。
「それでは、気のせいということにしておきましょう。願わくば、今夜からはいい夢を見れることを願いますよ」
「ええ、私も願っているわ」
これできっと、今夜から監視は無くなるだろう。彼女の魔法の詳細も知っておきたかったが、強要するわけにもいかないしここら辺が妥協点だろう。
まぁ正直、僕が同じ魔法を持っていたら同じことをするだろうし、僕と彼女の出会いの経緯を考えると、あんまりエルザ様を責める気にもならないのが本音だ。
「ともかく、諸々の書類は頂きます。支援と言っても、僕のポケットマネーからの支出になるので、マリィさんに色をつけてお渡しすればいいですね?理由は適当につけときます」
「ええ、そうしてもらえると助かるわ」
となれば、問題は振り出しに戻ってくる。
「食事に関しては、僕が手を打ちましょう」
「あら、策があるの?」
「ええ、一つ確認が必要ですが」
なぁに簡単な話だ。というか、僕は今までこうしてきたんだから、それが二人分増えるだけだ。
「僕の手料理は、信用していただけますか?」
主に毒とか。味に関しては、文句を言わせるつもりはないからね。




