契約
使用人皆殺し宣言より一晩が経った。今日も今日とて、いつも通りの執務をこなしている僕のところに、珍しい来客があった。そもそも僕宛の来客自体、普段から多くはないのだが。
「ジニー様。おはようございます」
「ええ。おはようございます、マリィさん」
彼女はエルザ様に侍るのが常なので、こうして一人で城内を行動していることも珍しい。無論24時間行動を共にしているわけではないだろうが、それこそ彼女が僕のもとに訪れる理由も見当たらない。
「まずはご報告を」
「報告?」
「はい。昨日の無礼者は、明朝コンテスト領を出ました。このまま隣国のマリスクリーンに移住する手筈となっております」
「ああ、そういえば。わざわざ報告してくれてありがとうございます」
忘れていたわけではないが、半ば興味を失っていたのも事実だ。彼の処遇は彼女が責任を持つと明言していたし、彼女であればよほどのことがなければ、あの状況に限り裏切ることもないだろうから。
僕のお礼を聞いて、マリィさんは少し罰の悪そうな顔を浮かべた。理由はなんとなく想像がつく。僕のお礼に裏がないか心配なんだろう。
「ジニー様。改めて、昨日は出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」
彼女が昨日、自分の立場を超えた行動に出たのは事実だ。しかし僕としては、その理由がわからない限り彼女の行動を責めるわけにもいかない。というかエルザ様が彼女の背後にいる以上は、彼女に罰を与えるようなこともしたくないので、僕としては謝られても困るのだ。
「理由を教えてもらうわけには?」
「……申し訳ございません。エルザ様のお許しを得ないことには」
「そう、ですか」
頭を下げたままの彼女は、微かに肩を震わせており、なんとかそれを抑えようとしている様子。仕方もないか。僕が癇癪を起こせば、この場でなんらかの危害を与えられてもおかしくはないからね。
だからそう言う意味でも、エルザ様がこの場にいないのが気になるのだが。彼女がいれば、僕がマリィさんに危害を加える危険性も下がるから。
「本当は昨晩には、あの男の追放も手筈が整うはずだったのですが、その、申し上げづらいのですが」
「ああ、睡眠薬」
「はい。お嬢様に盛られてしまい……申し訳ございませんでした」
どんな会話かとツッコミたくなるが、当の本人は大変真面目な表情で、本当に申し訳なさそうにしているのでこちらも口を挟みづらい。まぁ、主従の形はそれぞれだよね。むしろ僕としては、「らしい」なんて思ってみたりして。ファンタジーだからね、この世界基本的に。
「別にいいですよ。終わった話ですから」
「…‥ありがとうございます」
僕の言葉に素直に頷くマリィさん。エルザ様の言う通り、嫌われているというよりは警戒されている感じだね。
だけどそんな態度が、ふと霧散するような感覚を覚える。きっとそれは勘違いではなく、彼女が意図的に装っていたもので。
「今までのご無礼も、重ねてお詫びいたします」
「ええ、かまいませんとも」
今までのと言うからには、僕に向けてた視線だとか、警戒していたことに対する部分だろう。それこそ本当に気にしていないので構わない。
「正直に申し上げますと、ジニー様が力を得ただけの無知な青年なのか、そうでないのかを測りかねていたのです」
「まぁ、あんな出会いだし仕方ないですよね」
「はい。父の威光に縋り、お嬢様の身柄を得ようとした不届者なら、いっそのこと私がと思っておりました」
「それは怖い」
いやほんとに。彼女なら本当にやりかねないだろうし。
「ですがそうではなかった。ジニー様には知性があり、理性をお持ちでした」
「お眼鏡にかないましたかね」
「ええ。少なくともお嬢様は、そう思っていらっしゃるはずです」
断言しないあたり、まだ言葉にはしていないのだろう。しかしこうして一人で人を寄越すあたり、最低限の信頼は得ることができたようだ。
彼女の態度からも角が取れて、僕としても非常に接しやすい。
マリィさんと僕の格を比べると、僕より偉い人の侍従なため、厳密に言えば僕のほうが格が高いが、パワーバランス的には大差ないしね。
「それで、お話というのは?用件はそれだけではないのでしょう?」
「そうなのです。ジニー様。実は、折り合ってお願いがあるのです」
依頼でも要望でもなく、お願いときたか。なんとなく裏がありそうだ。
「私を、ジニー様の秘書とさせていただきたいのです」
「僕の、秘書?」
「はい。もしくは身辺のお世話でしたり、とにかくジニー様の周りでの役割を頂きたいのです」
怪しい。いくら多少信頼を得たといって、これは僕にとって都合が良すぎる気がする。なんというか、ヨイショされているような違和感がある。
「ジニー様、裏はございます。2点ほど」
「あ、やっぱりあるんですね」
「はい。ご説明いたします」
あ、説明してくれるんだ。もはやそれ、裏ではない気がするが。
「ここから先、少し失礼な内容を含みますがご容赦を」
「承知しました」
「まず一つ目は、王国からの要望にございます」
「あぁ、なるほどね」
これは分かりやすい。端的に言えばスパイだろう。いや、自国内の領主を調査するわけだから、普通に調査員か?裏切りではないもんな。やましいことがある方が悪いし。
「不正とかもしてないし、ご自由にどうぞ?言ってくれれば好きにしてくれていいです。いや、むしろ許可なくやってください。そうした方が潔白を証明できそうだ」
事実僕は、政治家としては真っ白な存在だ。なぜって?簡単だ。横領とか悪いことのやり方を知らないから。議会では適当に頷いて、それでお給料を頂いているお飾り貴族。それが僕だ。
「いえ、違うのです。王国が不安に感じているのはそこではなく、ジニー様個人に関する話なのです」
「僕個人?」
「ええ。具体的に言えば、ジニー様にアッシュ様のような力があり、なおかつ王国への反乱の芽がある状況。それが王国の危惧でございます」
「あー、そういうことですか」
「正直に申し上げますと、私が警戒していたことも同じでございます。まぁ私としては、王国というよりお嬢様が心配だっただけですが」
結構はっきりいうのね。でもまぁ、状況は理解した。
「申し上げにくいのですが、王国の危惧も尤もなのです。ジニー様が実権を欲した理由。それが不明瞭である以上、王国としても警戒を解くことは難しいかと」
「え、理由なんかないけど」
「え、はい?」
「だから僕は、実権を欲してなんかいないんですよ。これ、ちゃんと王国側にも通達したはずですけど」
父に押し付けられた役割で、父がそうした理由も不明だ。僕は一回普通に断ったけど、なぜか頭に拳骨を一発喰らったため、涙目で引き受けた役割だ。そこに理由なんてなくて、僕はその事実を王国にも明らかにしている。
「あの話は、本当だったのですか?」
「え、嘘だと思ってたんですか?」
「いえ、申し訳ございません。あんな話、信じる人なんていないと思います」
「あー、まじですか。裏、本当に何もないんだよね」
でも確かに、僕が王国側の人間なら、素直にその言葉を受け止めることはないだろう。
「まぁ、調査については分かりました。お好きにしてください」
彼女としても、断られると王国との板挟みになって大変だろう。僕のサポートについてくれるとなれば、プラスになる部分の方が多いだろうし。
「それで、もう一つというのは?」
「はい。ジニー様に頂いた役割において、その、お給金を頂きたいのです」
「お給金?」
まさかのお金周りの話だった。そう言うからには金欠なのだろうか?いやでも、彼女は現宰相閣下の娘だぞ?金欠など、そうそうなるとは思えないのだ。というかそこがなったら国がやばい気がするんだが
「実は今、お嬢様は実家からの支援を受けられない立場にあります」
「え?」
別に彼女は、悪いことをしてこの地にいるわけではない。王太子の思惑においてこの地に左遷?させられているだけで、表立って罪人として祭り上げられたわけではない。だから支援を断ち切るなんてことをしたら、実家の醜聞になりそうなものだが。
「実はミモザ様の手によって、支援が断ち切られているのです」
「ミモザ様………………あぁ、妹様ですね」
「もしかして今、忘れてました?」
「まさか、そんなわけないですよ?」
マリィさんにジト目を向けられる。いやだなぁ、場を和ませるジョークですよ。
「まぁ、ともかく、エルザ様は今、どなたからも支援を得られない立場にいます。ジニー様以外にはという、枕詞がつきますが」
「これは、困りましたね」
彼女はこう言っているのだ。私がその分働くから、それを理由に責任を取れと。結婚しろとは言わないから、せめて事態が好転するまで金をよこせと。
「分かりました。エルザ様はこのことを?」
「知りません。なのでどうか、隠していただけると。実家から支援を得られない状況を把握はされてますが、金銭の管理は私が一任されてますので、言わなければバレません。バレたら面倒なのです。多分私も一緒に働くわ!とか言い出します。それだけは避けなければいけません。あの人、家事とか掃除は全くできないので」
ちょいちょい主人に対する辛辣な言葉が飛び出すが、主人は主人で部下に薬を盛るような人だし、まぁなんかうまくやってるのだろう。
「表向きはスパイということで、どうかお願いいたします」
「ええ、承知しました」
僕としても気になることは多いし、彼女が僕にとって近しい存在になれば、それを知る機会も生まれるだろう。
なんなら今がいい機会だ。
「妹様については、聞いても大丈夫でしょうか」
「はい。ですが、私としても語れる事は多くないのです」
「と言うと?」
「今回の件、私たちとしても青天の霹靂というか、ミモザ様があのような行動に出たことにおいて、理由が全くわからないのです」
なるほどね。エルザ様としてもミモザ様の行動は突然で、理由は全くわからないと。
「その、ご実家についての質問は、お嬢様には控えて頂けますか?お嬢様はミモザ様と大半仲が良かったのです。そのため今回の件は、見た目以上に心に傷を負っていまして」
「ええ、わかりました」
「ありがとうございます」
こうして僕とマリィさんの間に、一つの契約がなされた。まぁ、これがただの契約で終わるわけがなく、エルザ様に色々と引っ掻き回されることにはなるのだが。




