人間だから
僕の使用人皆殺し宣言があった日の晩、僕は寝室のベッドで毛布に包まっていた。普段の執務を終え、夕食と風呂を済ました僕は、端的に言えば一人で拗ねていた。
花は植え直そう。咲いた花を愛でる楽しみを失った穴は、同じことを繰り返すことでしか取り返せない。
だけどそれでは、胸の内の苛立ちを発散するのは、一ヶ月後と言うことになってしまう。そんなのは耐えられない。至急このストレスを消化する手立てが必要だった。
「花壇、直すか」
もう時刻は11時を回る頃。どう考えても明日の空き時間にでもやるべきことだが、今は気持ちがざわついて仕方がない。
思い立ったら行動はすぐにすべきだろう。僕は作業着に着替えて、庭に足を運んだ。外は暗いが、僕には関係ない。季節柄夜でも外は暑い。夜風に当たって風邪を引くこともないだろう。
早速作業に取り掛かろうと思ったのだが、庭には意外な先客がいた。あまりにも意外すぎたため、声をかけられずにいると、僕の存在に気づいたのか彼女はイタズラがバレた少女のような表情を浮かべた。
それは普段彼女が見せる姿とは、似ても似つかなくて。
「あら、バレちゃったわね」
「何してるんですか、エルザ様」
庭でせっせと花壇を直していたのは、なんと僕の婚約者様であった。
「一体、どうして」
「あら?そんなの私がうっかり、花壇を荒らしてしまったから、自分でそれを直しているだけよ?」
まさかエルザ様のうっかり発言は本当だったのか?まさか、そんなわけはない。
「だとしても、あなた自身でそれをする必要はないですよね?城の者か、それこそマリィさんに一言指示をすればよいでしょう」
彼女の身分を考えれば、それが普通だしそれが妥当だ。
むしろ周りの人がやめてくれと懇願するぐらいだ。お嬢様に庭仕事なんてさせるものではない。
「真面目ね。別に、そんな深い理由はないわ」
「そんなわけが……」
「じゃあ、逆に訊くけれども」
そう言って彼女は作業の手を止めて、僕をまっすぐ見据えて問いかけてくる。
「どうしてあの時、待ったなんてかけたのかしら?」
「どうして、ですか」
さて、こんな質問をされるとは思っていなかったから、一瞬ほうけてしまったが、なるほどこれはいい質問だと思った。
「別に、深い理由なんてないですね」
「でしょう?そうだと思ったわ。私も同じ。そうしたいと思ったから、そうしてるだけよ」
これには納得せざるをえない。100パーセント彼女の言っていることが正しい。
「でしたら、これ以上は何も聞きません」
「そうしてちょうだい。これ以上は無粋よ」
ああでも、と彼女は続けた。
「強いて言うなら、私も少し楽しみにしてたのよ。どうな花が咲くかをね」
「そうでしたか」
「ええ。あなたが大事に育ててるから、どんな花が咲くのかなと」
そうでしたか。それ花が咲かなくて尚更残念だ。
どこまでが彼女の本心かはわからないが、話半分に受け取っておくのが無難だろう。
「そういえば、マリィさんは?」
いつも隣に侍っている彼女がいないのは不自然である。もしかして先ほどの騒動の関係で、何かあったのだろうか。
「彼女には睡眠薬を盛ったわ。そうしないと、眠れなさそうだったから」
「侍女に薬を盛るとは、大胆ですね」
「いいのよ別に」
どんな関係かなど知らないが、よほどの信頼があるのか、はたまた逆で思い入れがないからこんなことができるのか。
「あの子、震えてたのよ。よっぽどあなたのことが怖かったのね」
「僕が?」
「ええ。あの子は自分が犠牲になる覚悟で、あなたの前に首を差し出したから」
確かに彼女の瞳には、ありありと僕への恐怖が浮かんでいた。だけどてっきり、僕への嫌悪感からくる、屈辱がまいなぜになったものだと思っていたのだが。
「あの子は単に、あなたを警戒してるだけよ。私への忠誠が重いから、王城でもこうして度々誤解されてたわ。私としては都合がいいから放っておいてたけど」
「それは、なんと言うか難儀ですね」
「いいのよ。私だってもう、あの子しか信頼してないもの」
さらりと僕はその枠に入ってないことを告げられるが、分かりきったことなのでいちいちショックを受けたりはしない。
(妹のことは、どう思ってるんだろうか)
なんて、ふと妹さんとの関係を尋ねようと思ったが、流石に地雷原すぎるのでやめた。
「別に、彼女に責任を取らせるつもりはなかったですよ」
「ええ、もしそうなっても私が止めてたけど、そうはならないと思っていたわ」
「それは、どうして?」
僕が癇癪を起こして、残忍巻き込んで皆殺しにする可能性だってあったわけだ。
そしてそれは、決して不可能なんかじゃない。
「あなたは、人間だもの」
「人間?」
それは当たり前では?と僕が返す前に、エルザ様は続ける。
「人を殺すことは、決して軽いことではないわ。だから人を殺さないでおける選択肢があるのなら、人は自然とそちらを選ぶものよ」
エルザ様は続ける。
「あなたと、あなたのお父上は紛れもなく人間よ。だから私は、マリィの願いをあなたが聞き届ける確信があった」
正直に言おう。僕には彼女の話が半分も理解できなかった。
そりゃ、人殺しをなんとも思っていないわけじゃない。だけど僕はあの時、確かに使用人を殺そうと考えていた。
マリィさんが止めなければ、僕は間違いなくそれを実行していたし、それを後から後悔することもなかったという確信がある。
「僕に人が殺せないと思ってますか?」
「いいえ?必要に迫られれば、あなたは躊躇いなくそれができるわ。現にお昼のあれは、私としては危なかったもの」
「よく、わかりませんね。あいにく私には学がない」
「それでもあの使用人連中よりはマシよ。彼らはシェナが拾ってきた、落ちこぼれの集まりみたいなものだから」
いまだに僕は、彼女たちの内情に詳しくはない。さすがはエルザお姉様だ。僕の知らないうちに、城の内情はしっかりリサーチ済みというわけだろう。まぁこれに関しては、僕がシェナ達と関わりたくなさすぎて、怠ってきた部分はあるのだけど。
「ところで、どうして私たちがシェナの味方をしたのかを、聞かなくていいのかしら?」
「ああ、そのことなら別にいいです」
正直、興味はない。微塵もね。
「どうして?」
「だって、聞いたところで結果は変わらないですから」
簡単なことだ。天秤はすでに答えを出した。後出しで重さを変えても、その判決を覆すことはない。
少なくとも、この件に関しては。
「それにもし、お涙ちょうだいエピソードが出てきたら困りますからね。そしたら本当に、僕が悪者になってしまう」
「繊細なのね」
「ええ、とてもね」
その証拠にまだ気分は悪い。幾分かマシにはなったが。
「続きは明日ね」
「明日もやるつもりですか?」
「ええ。バレちゃったし、明るいうちにね」
勝手に僕の聖域が奪われてしまった。いや、これはあれか?明日の予定を合わせて、僕が彼女を誘わなきゃいけないのか?
「ちゃんと誘ってもらってもいいかしら?婚約者様?」
「……意地の悪いことを言いますね。微塵も願っていないことを」
二人バラバラに、それぞれの部屋に戻っていく。
こうして夜は更けていった。僕と彼女の秘密の逢瀬は、しかして決して甘酸っぱいものではなかったが。




