嵐の前の
「意外と綺麗なのね」
これがコンテスト領に足を踏み入れた、エルザ様の一言目である。二言目?街に関しては特にないよ。高貴な人は無駄口を叩かないんだ。
エルザ様が言う通り、コンテスト領は戦争の名残を全く残していない。表面上はね。
コンテスト領についてどう聞き及んでいたかは知らないが、コンテスト領の街並みが戦争をしたにも関わらず綺麗なのは、被害が人命のみだったからだ。
それが普通じゃないのは置いておいて、とにかく戦後処理は死体を焼いて終わりだったのである。建物等物的な被害は全くなかったのだ。
だから人々の生活はほとんど変わっていない。政権が僕に移ってからも特別なことは何もしていないし、なんなら税金は少しだけ軽くした。
稼ぎ頭を失った人々は多かったからね。雇用の需要は上がった。生活が苦しくなった人には補助金を出したりもした。税金からね。税収が少し減っても問題なかったんだ。これまで兵士の維持費は税金で賄っていたから。そりゃあ、すっかり浮いた財源があったわけで。
ちなみに兵士がいなくなったことで、街の治安は一時的に少し悪くなったが、それもすぐに回復した。父が一言、領主として言ったんだ。「悪いことしたら殺すぞ」ってね。効果覿面だよ。父はそれを実際にやった人間だから。
というわけで、実はコンテスト領は問題なく回ってたりする。少なくとも表面上は。そりゃ領民は悲しい事件に胸を痛めたけど、悲しみじゃ飢えは凌げない。生きるためには働かなきゃいけなくて、幸いにも働き口が潰れたわけでもない。
変わらぬ日常がそこには流れている。何度でも言うよ。表面上はね。
僕たちを乗せた馬車には、領民から痛いほどに視線が降り注ぐ。カーテンぐらいは用意しておくんだった。あぁ、顔変えたい。名前も変えて、全くの別人として生きていきたい。
程なくして到着したのは、コンテスト城。命名・父。まんまだね。旧マンサ城あらため、僕のお家である。
家格としては僕と釣り合わないエルザ様であるが、この城と、この城に仕える使用人はそうではない。
もとよりグローリアに肩を並べる王国であったマンサ王国。その王城に勤めていた使用人たちだ。格で言えば、エルザ様のお世話をするには十分と言える。
言い換えると、僕には過ぎた、それでいて居心地の悪い環境である。
それに彼らは、僕への敵意を隠そうとしないからね。それでも彼らを雇い続けているのには訳があるけど、それはまたおいおいね。
ちなみに彼らが本来仕えていたマンサ王国の王族は、一人の少女を除いてもういない。父にとって王族とは、民と肩を並べ戦場を駆ける兵士と同等だったらしい。そんなわけないのになぁ。
ちなみに文官は全員生き残り。どうやって父が区別をつけていたのかは分からないが、政治を主に扱っていた人間はセーフだったようだ。
そして、その生き残りの一人の少女こそ使用人たちを解雇しない理由であるが、いつか僕に心を開いてくれる時が来るのかな。来るわけないね。仇の実の息子だし。
ま、その少女がいる限り、彼らも僕に手は出してこないだろう。そうしているうちは、僕もその子にどうこうするつもりはない。ま、されてもそんな気は起きないけどね。
「私に使用人は必要ないわ。可能な限り、私の視界に入ってこないでちょうだい」
そんな使用人たちに、開口一番ぶっ飛ばしたのはもちろんエルザ様。使用人たちが僕らに向ける不躾な視線が癇に障ったのだろう。
それに彼女のお世話は、きっとお付きの侍女がするのだろう。今もエルザ様の後ろにピッタリ付いて離れない彼女は、名をマリィと言う。馬車には同乗してないかった(狭過ぎて無理だった)が、エルザ様が唯一連れてきた人間だ。さぞ優秀なのだろう。
ちなみに彼女もずーっと僕に厳しい視線を送ってます。やだなぁ。手なんか出しませんって。形式上出したようなものはあるんですけど。
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ざっくりと、この国が辿るべきとされている道を説明しよう。
まず領主である父、アッシュ・コンセント。父親には近い将来領主の座を譲ってもらうつもりだ。父もそれは了承している。というのも、僕に実権を握らせる代わりに、王国より出された条件がこれだった。
では、誰が代わりに領主につくか。先に言うが僕ではない。
マンサ王国における、唯一の生き残りの王族である、シェナ・ランド・マンサの夫となる人間である。現在彼女はシェナ・コンテストを名乗っている。今彼女は12歳。コンセント家の養子として籍を置いている。
簡単に言えば、グローリア王国は反乱を恐れているのだ。具体的に言えば、コンテスト領民が反乱を起こして、マッシュ・コンテストに鏖殺されることを恐れている。いつまでも旧王国の仇と、それに連なるものを領主として据えておくわけにはいかないというわけだ。戦争が起き、吸収が起きた以上、コンテスト領民はグローリア王国民である。王国には彼らを守り、運営する義務があるのだから。
よって旧王国唯一の王族の生き残りである彼女を領主の妻としてたて、王国の貴族を領主とする。敵国であれど、コンセント家の人間でなければ、国民もそこまで反感を持たないだろう。少なくとも、僕や父に比べればだが。
父としても、別に領主という地位に興味はないらしい。だったら実権なんて確保すんなよとは言いたいが、正直何を考えているのか、息子の僕ですらあまりわからない。逆らえないのは僕も同じなんだよね。怖い。
僕個人の計画としては、領主交代の際に実権を放り投げようと思ってる。なんならシェナの旦那様に実情をぶちまけて、味方に引き込むのが一番いいだろう。コンテスト領は贔屓目なしに豊かである。ここの実権を握ることは、貴族として大きな意味を持つ。きっと仲良く、うまくやれるはずだ。未来の義理の弟よ。頑張ってくれ。
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エルザ様がコンテスト領に住まいを移してから、およそ半月が経った。僕とエルザ様の関係値は据え置きである。普段顔を合わせることは殆どないし、避けられているのは明らかであった。シェナも同様である。寂しいね。
エルザ様は日がな部屋に篭っており、たまに外出はしている様だが、基本的に僕に内情を明かそうとはしない。僕も不干渉で問題ないため、放っておいている。
僕個人としてはとてもありがたい。婚約と言っても、それは絶対じゃない。今王国で彼女の立場がどうなっているかはよく理解できていないが、彼女の立場を考えれば相手など星の数ほどいるだろう。
フルブラング家の当主は、現宰相閣下だ。今代の国王様はあまり政治には向いていないらしく、実質的に彼女の父親がグローリア王国を回しているといって過言ではない。らしい。全部聞き齧りです。僕が貴族になったの3年前だからね。どうしても大物だ、ぐらいにしか思えないのである。王様の顔なんてまだ見たことないし。
「ジニー様、新しい方が挨拶に来ています」
「ああ、通してください」
僕が今いるのは執務室。王城で一番偉い人が座る席だ。
父は実は一年前から行方不明となっている。なんでも、やることがあるとか。本来やることは国内にたくさんあるので、嫌なことを僕に押し付けて逃げたと僕は勝手に決めつけている。
よってこの領で一番偉いのは名実ともに僕となっている。嫌になるね。胃がキリキリするよ。
「ジニー様、これからどうぞよろしくお願い致しますぞ」
「ええ、こちらこそ」
僕に挨拶に来たのは、新たにこの領の政治に関わっていく人材だ。ここ最近は人の入れ替わりが激しい。いつまでも旧王国の連中に、領の中心にいられるわけにもいかないので、こうして徐々にグローリア王国の人間と入れ替わりを図っているのだ。
急に全員入れ替わりともいかない。従来の運営を引き継ぐ部分もあるし、内情がわからなければ領の運営は立ちゆかない。どうしても経験のある人間は残す必要があった。
「運営の引き継ぎも次第に終わりましょう。そうなれば、貴方の思うままに政治ができるでしょう」
「そうですね。そうなれば、良いのですが」
「ええ、きっとそうなりますとも」
そう言った男の目は、全く笑っていなかった。僕に対する侮りの表情を隠そうともしない。無理もないか。事実なんの力も持たない、お飾りの権力者だからな。
最近はこうした挨拶が何個も続いており、僕は辟易していた。ストレスが溜まっており、何かしらで発散したかった。
酒は普段から飲んでいるが、あまり効果はない。食事だっておかげさまで毎日豪華だ。だけど心の満足にはつながっていない。
となれば次に来るのは女だが、婚約者がいる身で娼館に通うわけにもいかない。そもそも僕は領民に嫌われているので、安全に遊べる店もないだろうし。
そんなわけで村民時代からの趣味を再開してみることにした。
僕の趣味、それはズバリ花を育てることだ。
別に花に詳しいわけではない。どの花がどの季節に咲くのか、どんな環境に適しているのか、その花を贈ることにどんな意味が込められているのか。
どれに興味もないし、知識もない。
なんというか、目に見えた成果が好きなんだと思う。
種を埋め、水を与え、花が咲く。
毎日の積み重ねという過程を経て、咲いた花という結果を観測するのが好きなんだ。大した苦労は無いけれど、小さな達成感を得られる。お金もかからないしね。
というわけで簡単な花壇を拵えた。庭の一角を仕切っただけの簡易的なものであるが、別に造形にこだわりがあるわけではないので問題はない。
一週間もすれば立派な芽が出て、力強く根を張った。
一月が経った頃には、いよいよ花が咲くかと、立派な蕾が出来上がった。
季節は春を終え、夏が始まろうとしている。忘れずに水も与えているし、立派な花を咲かせることだろう。実は花の種類は確認せずに仕入れたものだから、何色の花が咲くか楽しみにしていたりする。
エルザ嬢がコンテスト領に訪れてからの半月は非常に長く感じたが、花を育て始めてからの一ヶ月はあっという間だった。やはり趣味は大事だね。
ちなみに領の運営も問題なく進んでいるらしい。僕には正直みんなが何を言ってるのかわからないので、自分の進退に関わりそうな事柄以外には首をつっこまないようにしている。
というのも、それで全く問題ないのだ。国から派遣されてきた人は、新しい役職に張り切って働いている。
コンテスト領は、グローリア王国からしてもかなり資源的に魅力のある領地だ。そんな重要な地を治めるにあたって、今派遣されている人たちはすでに、それなりのポストに就くことができている。要するに自分たちのために、一生懸命働いている。結果を出せば、自分たちの立場も上がる。だからこの領の未来は存外明るい。トップ(お飾り)がいくら無能であろうともだ。
名実ともに実権を移すのは父が領主の座を、義妹に譲ってからになるだろうからまだ先だが、僕の周りにはそれなりに穏やかな日々が流れていた。
「この城の使用人を全員殺そう」
僕がこんな宣言をするその日までは。




