コンテスト領について
ここでコンテスト領についてひとつまみ。
我らがグローリア王国の王都グロリアスより、南方に馬車で揺られること3日ほど。
王都に続く道以外の三方向を海に囲まれた都市であり、特産物は豊富な海からの資源。この世界で唯一の生食文化が根付いた地域でもあり、王都グロリアスとも交流があった元王国である。
元の名をマンサ王国と言うのだが、3年前に正式にグローリア王国に吸収され、その名をコンテスト領と名前を変えている。
端的に言うと、マンサ王国はグローリア王国との戦争に負けた。それが3年前の出来事であり、僕の父親が爵位されたきっかけでもある。
少し具体的に話そう。と言っても、語れることはそう多くないんだけど。
グローリア王国とマンサ王国の国境近くに、とある小さな村があった。
そこにマンサ王国の兵士が数人訪ねてきた。なんでも野党に襲われ、野営の準備もできず日が暮れてしまったそうだ。
その村は国境近くにあったため、灯りを求めて兵士たちは、怪我をおしてなんとか辿り着いたようであった。
村の所属はグローリア王国であったが、彼らはマンサ王国の一団を歓迎した。力のない村であったからこそ、野営の危険性をよく理解していた。そもそもマンサ王国とグローリア王国は、平時より交流が盛んであり、両国の商人が村を訪れることも珍しくなかった。
怪我を手当してもらい、温かい食べ物を恵んでもらえた彼らは気をよくして、村の子供達にいろいろな話を聞かせた。娯楽の少ない村人たちにとってそれは好奇心をくすぐられるものであり、過分におだてられた兵士たちはどんどんとその気を大きくしていった。
そんなとき、ある女性が1人の兵士の目に止まった。野暮ったい村人たちの中で、その女性は一際輝きを発していた。
一つ前置きをしておくと、これから先に語られるのは、文字通り救いのない話だ。件の女性は僕の母親で、この後不幸にも命を落とすこととなるし、村を訪れた兵士を含む、マンサ王国の全ての兵士は皆殺しにされてしまうのだから。
兵士はその女性を襲った。待っていたのは当然激しい抵抗。その最中で兵士は、うっかり女性を殺してしまった。
それを見た僕の父親アッシュ。僕が「ちょっとした」と評した功績を挙げた現アッシュ・コンテストだが、その功績というのがここに繋がってくる。
母の死を悲しんだ父は覚醒して、世が明けるまでにマンサ王国の兵士を一人残らず鏖殺した。
ここで大事なのは、文字通りということだ。村に滞在した兵士だけじゃない。父は王国に乗り込んで一人一人殺して回ったのだ。
前述した通り、語れることは多くない。
妻を殺された恨みに、国を滅ぼした。本当に、これだけ。僕はそれをただ眺めていた。すごいね。たった一人の最前線だ。
報せを受けたグローリア王国はてんてこ舞いだ。当たり前である。目が覚めたら隣国が滅んでいたんだから。しかもそれをしたのが自国民ともなれば大慌てである。
主な論点は2つだ。
そもそも、一人の人間にそんなことが可能なのか?
常識的な話をすれば、この世界においてもそんな方法は存在しない。簡単に言えば不可能。無理に決まっている。
この世界、魔法が存在している。だけどそれだって、人一人は殺せるけど軍隊を滅ぼすほどのものじゃない。
そして僕個人の観点で言っても、やはり不可能である。まぁ、わからないけど。『銃』とか『毒ガス』とかあったらできるんですかね?どっちみち、それを知る術はないので総じて不可能と言って間違いはないだろう。
そしてもう一つ。それはアッシュという人間について。
要するに、敵か味方かである。
事実として一国を一晩で堕とした男の牙が、自分たちに向かってきたらヤバいのである。
結果としてグローリア王国は、アッシュに爵位を与え、褒美としてマンサ王国あらため、コンテスト領を与えたのである。我が国は貴殿の動機を認め、その行動を讃え、褒美を与えると、そう態度で示した。
政治は他のものがすればいい。規格外の男に「おもちゃ箱」を渡し、その隣で実権さえ握れれば、グローリア王国としては何も問題がない。むしろ得。
しかし簡単にいかないのが僕の父親。父は他の条件全てをグローリア王国に委ねる代わりに、一つの条件を国に突きつけた。
『実権は息子のジニーが握ること』
ふざけんなって言いたい。せっかくこれからの人生楽して生きていけると思ったのに、僕はコンテスト領の全てを背負わされることになった。
父の言うことに王国は逆らえなかった。仕方ないと思う。事実逆らったらね、言葉にはしないよ。怖いからね。僕は言霊を信じるタイプなんだ。
さぁ大変なのが僕だ。どうしようかね、領の経営なんて当然経験がない。
せっかくだから、僕についてもひとつまみ。僕は父アッシュと母エミリアの間に生まれた男の子である。
こんな僕にも、特筆すべき特徴がひとつある。それは記憶だ。ここではない、どこか他の場所の記憶。
僕は地球を知っているし、電気を知っているし、銃があれば人を簡単に殺せることを知っている。
だけどそれだけ。どこかの国に住んでいた記憶はないし、もう一つの個人を自覚したこともない。
日本もアメリカもドイツもフランスも知っている。だけど自分が何人だったかは知らないんだ。
寿司が好きだけど、カレーは手で食べるものだと思ってるし、徴兵に従うのは当たり前だと思いつつ、戦争が起きないのが日常として認識している。
これについては考えるのをやめた。どれだけ考えたって答えは出ないし、そもそも僕の行き過ぎた妄想の可能性だってある。
ともかく地球の知識があるんだ。さぁ内政チートの始まりだ!しかし残念ながらそうはいかなかった。僕にそんな知恵はなかったのだ。
法律?知ってますよ。え?じゃあどうやってその法律をこの世界の常識に当てはめるのか?
そんなの知らないよ。
そこら辺のほら、優秀そうなエリートサラリーマンを攫ってきて、この国を経営してください!って指揮棒を渡したところで、その国の辿る未来は滅亡だし、きっとその前に不慮の事故か病で死んだことにされるだろう。暗殺怖いね。僕も日々怯えています。
ともかくスマホの使い方はわかるけど、スマホの作り方なんか知らん。え?僕は知ってる?残念だけどレアメタルがねぇんだなこれが。なんか半導体に必要なんでしょ?ところで半導体ってなに?これが無限に続くのだ。
そんなレアメタルのレアがどういう意味かもわからない僕には、国の経営なんてできるわけがないわけで、大いに困った僕は父に内緒で、優秀な人を手配してもらったりしている。その人も父を恐れているから(もしかしたら国に厳命されているのかも)、依然実権は僕の手元にある。
さてここで、僕の世論について振り返ろう。
側から見れば僕は、父の威を借りて実権を握る小物である。実際は違うのだが、周りから見れば僕が実権を父に「おねだり」したように映っているだろう。
身の程をわきまえぬ小物。それが僕の評価であり、それはほとんど間違っていない。だって僕、王太子に意見しちゃったから。
僕があのとき打首にならなかったのは、間違いなく父の威光のおかげだ。起きたばかりの男爵家の長男ごときが、気軽に意見していいような相手ではなかったのだから。
ちなみに対面に座るエルザ様もそうなので、僕は馬車に乗ってから一回も口を開いていません。不敬なのでね。
そんな僕は、コンテスト領の人間から当然嫌われている。当たり前だね。殺された兵士には家族がいたし、その家族は今も生きている。力がないくせに父の威光を借りて自分たちの上に立つものを、民はよく思わなくて当然だ。
領民たちは口を揃えてこう言うんだ。
「たった一人、死んだだけだろう」
ここまでする必要はなかったと。なぜ自分たちの家族まで殺されなきゃいけなかったのだと。
間違ってないと思うよ。事実として父はやりすぎた。
母を殺されて恨んでいるか。そう問われれば答えはノーだ。
悲しむ暇さえなかったからね。たくさんの人間が死んでいく様は、僕の感覚をあっという間に麻痺させて、涙が溢れる暇もなかったさ。
もしくは、いまだに母の死を受け止められていないのかもしれない。後何年かしたら、ふと母の温もりを思い出して泣いてしまうかもしれない。
それに僕は、父の味方ではない。ここに明言しておくが、僕はコンテスト領の民の味方だ。
だってこっちは父と僕。味方が一人もいるんだから。
対してコンテスト領あらため、元マンサ王国の兵士。
うん。0人だ。父が全員殺したからね。
何度でも言おう。僕の座右の銘を。
僕はいつだって、「少数派の味方」なんだから。




