路地裏の奇跡
僕の料理スキルをレベルで測るとすれば、平民の平均より少し上ぐらいだ。残念ながらいわゆる『現代知識』はあまり役立っていない。
最初は有り余る知識で世界の料理を再現してやろうとも思ったのだ。だけどこの世界では、食文化がかなり進んでいた。存在する食材に関してはあらゆる調理法が試されていたのだ。
何ならこのコンテスト領には生食文化がある。普通に寿司屋があるからね。極め付けはフグが食べられる。この世界のフグにも毒があって、調理できる人間は限られているんだけど。
僕には本格的なインドカレーを作る知識があるし、本場の中華を作る知識がある。
だけどそれは、この世界でも同じように積み重ねられてきている。
ついでに言うと、僕の認識に照らし合わせた時、この世界の文化レベルはかなりチグハグなのだ。進んでいる分野はかなりの高いレベルを誇るが、開拓されていない分野はその芽すらない。
僕は普通に呼吸しているが、これが酸素を吸って二酸化炭素を吐いているのかは定かではない。
僕の人体の構造が、地球で言う人間と同じものかすらわからない。魔法あるしね。もしかしたら全く違う構成の気体を吸い込み、得体の知らない何かを吐き出している可能性もある。
電気は全て魔力に置き換わっているし、その点エネルギー問題では地球のさらに先を行っているとも言えるかもしれない。だけど魔力という存在自体が、どういうメカニズムで発生しているかは解明されていない。魔力は人体にも空気中にも存在する。一体どこからきたんだろうね?
そんな剣と魔法のファンタジーな世界ではあるが、普通に生活する分にはあんまり魔法は使わない。
スイッチ一つで灯りはつくし、お風呂だってボタンひとつで沸かすことができる。どんなメカニズムかは知らない。僕みたいな科学者(魔法を科学とは言わないかもしれないが)でない人間にとっては、「こうしたらこうなる」という知識で十分だしね。
結局何が言いたいかというと、僕に現代知識があるからと言って、この異世界で過ごす上で特段アドバンテージがあるわけではない。村では全員が料理をできたし、そもそも僕が料理を習ったのは隣に住んでいたお姉さんだ。現地の知識で現地の食材を調理してるので、地球の知識も何もない。
まぁこの世界に違和感は沢山感じてるけどね。一番おかしいと感じるのは言語だ。この世界、何と日本語で統一されている。訛りとかはあるけど、基本的にみんな日本語だ。意味がわからない。日本じゃないのに日本語とはこれいかに。
まぁ、おかしいのはこんな「知識」を持っている僕の方かもしれないけどね。
本題に戻そう。とにもかくにも、家事をしたことのないお嬢様方と僕を比べれば、料理の腕には月とスッポン並みの差があるだろう。
そんな僕のまごころがこもった料理を食べた、マリィさんの一言目がこちらだ。
「普通ですね」
確かに僕は、正直な感想を聞かせてくださいと、彼女に料理を出した。目を覚ませと、そうした気持ちが無かったとは言わない。
(こいつに言われると心にくるな)
若干のプライドを傷つけられた僕を尻目に、当の本人はもぐもぐと箸を進めている。だけどその瞳は輝いていない。
(こいつ……舌が肥えてるのか!)
エルザ様の側仕えともあり、普段からいいものを食べてきたことは予想できる。エルザ様も彼女を「味音痴ではない」と評していたし、その言葉に嘘はなかったのだろう。
「わ、私は美味しいと思うわよ?」
若干頬を吊り上げて、僕から視線を逸らすエルザ様。おい。笑い堪えてんじゃないぞ、そこ。
おそらくエルザ様からしたら、「状況が状況だし全然及第点」だったはずである。もともと少量だったとはいえ、その証拠にすでに皿は空っぽだ。久しぶりにちゃんと味のついた物を食べたからかもしれない。
「それにしても、急に料理がしたいなんてどうされたんですか?」
「いや、それはだな。言った通りただの気まぐれだよ。僕は村でよく料理をしていたからね。たまにしたくなるのさ」
一応今回マリィに料理を食べさせる方便として用意したのが、「僕の気まぐれ」である。
状況としては僕が、マリィに料理を振る舞って目を覚まさせる構図なため、自信あり気に空振りした僕が愉快なのだろう。見捨ててやろうかなほんとに。
「趣味ということですね。覚えておきます。なんなら今度、私が教えて差し上げても構いませんよ?」
ぶふっと、飲み物を吹き出しかけたエルサ様を尻目に、僕は歯を食いしばって何とか笑顔を浮かべる。こいつら、本当に王都に送り返してやろうかな。
こうしてマリィの残念具合に、再び頭を悩ませることになった僕にある日、とある天啓が舞い降りた。いや、何で今まで採用しなかったのかわからないぐらいの、当たり前な策があったのだ。
「奴隷を買おう」
今までマリィが料理をしていたことや、僕が自身で食事の準備をしていたのは、簡単に言えば暗殺を警戒していたからだ。当然、僕たちの周りには敵が多い。特に僕。侵略者だからね普通に。恨まれてます。
エルザ様の立場では、奴隷を買うのは難しいだろう。主に家格の問題でだ。彼女ほどの立場の人間では、侍らせる人間すら格を選ばなければいけない。あとお金の問題もあるか。ともかく奴隷を身辺に置くことは考えずらい。
僕はそもそも平民だから奴隷を買うという発想がなかった。奴隷ならば魔法的な契約のあれこれで、裏切ることは不可能らしい。例によって奴隷に関わりのある身分ではなかったので、そのメカニズムにまでは詳しくない。どっちかっていうと、奴隷に落ちる方が早い身分だったので。
ま、この世界の奴隷はそこまで捨てたもんじゃない。いわゆる自ら身売りした者であれば、それなりの待遇を得られることも多いと聞く。もちろん性愛に関した仕事が多いことから、望んでなる者は少ないが。それでも金になるからね。平民から奴隷に身分を落とす者は少なくなかったりする。
貴族や金持ちにとって、「裏切れない」存在は貴重だからね。裏切らないのではなく、裏切れない。文字にすれば一文字だけど、その差が与える安心感は段違いだ。
もちろん、そんな奴隷の他にも犯罪奴隷とかがいる。こいつらはもう悲惨。拒否権なしの強制労働。望む仕事は与えられないし、それこそ玩具にされることもあるらしい。怖いね。
「善は急げだ。早速奴隷を買いに行こう」
当然悪はマリィである。
ーーーー
「申し訳ございません。ジニー様に、奴隷をお譲りするわけにはいかないのです」
奴隷商館に訪れた僕に、支配人が告げた第一声がこれだ。
「それはどうしてか伺っても?」
僕はこのコンテスト領では実質一番偉いので、奴隷の購入ができないというのは変だ。というか奴隷の購入は身分があって金があれば基本的には誰でもできるはずなので、僕の立場とかを考慮しなくてもおかしな話である。
「本部……ひいては王城からの命でございます」
「王城、からね。それはエルザ様にも?」
「左様でございます。申し訳ございません」
ふむ、これは困った。どうやらエルザ様よりも高い立場の人間による圧力がかかっているようだ。エルザ様より高い地位など数えるほどしかないので、まぁ十中八九ミモザ様か王太子による手が回っているのだろう。
簡単に言えば、私兵を揃え力を蓄えられることを恐れているのだろう。ミモザ様の目的?は相変わらず不明なままだが、僕が厄介なポジションにいるのは理解できる。
「そうか。では、僕はこれで」
特に騒ぐこともなく退店する僕を、支配人はほっとした様子で見送った。怖かっただろう。僕が騒いだら面倒臭いことこの上ないだろうしね。
僕は外套を深く被り、暗い路地裏を歩く。
スラムとまでは言わないが、治安が悪い地域はやはり存在するもので、この路地裏もその一つ。
僕としては進んで足を運ぶことはないが、別に自衛の術が無いわけでもないので、さして気にすることでもない。
とは言えごろつきに絡まれるのは面倒なので、それなりに変装はしている。それでも奴隷商館から出てきたということもあり、それなりには金を持っていると見なされてしまったようだ。
「有り金全部置いてきな。痛い間に合いたくなければな」
お約束なセリフと共に、目の前に現れた男達にナイフを突きつけられる。
(こいつら……キマってんな)
人数は4人。細身の長身が2人に、大男とチビの組み合わせ。共通して言えるのは、全員目が赤く充血しており、ナイフを突きつけている腕には赤黒い湿疹が見られた。
(そう言えば違法薬物がどうとか、議会で取り上げられてたな)
名前は忘れた。だけど確か、純粋な快楽目的で流行り始めている違法ドラッグだったはずだ。
特徴としては異常なまでの依存性。長期的な使用によって次第に廃人に近づくような、そんなヤバいやつだったはず。
(これも本当は、僕が根本的な解決を目指さなければいけないんだけど)
次期領主としての自覚はないので、まぁ実質的にコンテスト領を回している、優秀な大臣達が何とかするだろう。
ともかく目の前の男達は、シンプルなお金目当てのチンピラで間違い無いだろう。金のある人間がこんな薄暗い路地に1人。裏返せばそれは、護衛など必要のないことの証明だ。それに気づかないほどの程度の低い連中である。
父の威光もだんだんと薄まっているのを感じる。
(うーん。消してもいいんだけど、後処理が面倒だし適当に撒くか)
容易に目の前の脅威を排除しても、後々面倒臭いことになることの方が多いだろう。権力者としては間違った選択かもしれないが、半端に手を出して迷惑をかけるよりはマシだろう。
そんな大義名分を掲げ、その場を立ち去ろうとしたときだった。
『そこから動くな!』
目を見張るような赤い髪を揺らして、僕の前に一回り背の低い少女が立ち塞がった。
彼女の言葉に起因するように、男達は身動きがとれないでいるようだった。顕現した現象は、間違いなく『奇跡』そのものであった。
「こっちだよ!走って!」
彼女に手を引かれるままに、路地裏を抜けて男たちを撒いた。予想外の助太刀に呆気にとられていると、彼女は顔を上げて、息も絶え絶えに僕にこう告げた。
「ここまで来れば……大丈夫だから」
繋いだ手が抜け落ち、彼女の体が地面に落ちる前に受け止める。
「全然大丈夫じゃないんだけど」
路地裏に2人。1人は偉い貴族様。もう1人は得体の知れない奇跡の使い手。
想像以上の厄介ごとが舞い込んだかも知れない事実に、僕はため息をつく他なかった。




