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お飾り貴族は少数派の味方

 その日、王城では王太子の成人を祝う会が行われていた。


 煌びやかな装飾が彩る、まさしく高貴な血が流れる人々に相応しい空間にて、ある意味で「オヤクソク」な場面が起ころうとしていた。


 「お前とは、婚約を破棄させてもらう!」


 いずれこの国の王となるべく育てられた王太子の傍には、そんな言葉を浴びせられた女性と瓜二つの存在があった。


 王太子とその婚約者。そして王太子に侍る婚約者と瓜二つの女性。


 盛り上がりを見せていたパーティーは、痛々しいまでの沈黙が包みこんでおり、誰もが王太子の続く言葉を待っている。


 そも、婚約破棄は別に珍しいことではない。貴族間の結婚など政治(まつりごと)であることが殆どであるし、そこに愛が無い以上、その契約が打ち切られることは特段不思議では無い。


 だけどそれはあくまで、静かに内々にである。ゆっくりと周知させ、決してお互いに醜聞とならぬよう気を使うものなのだから。


 つまり、今多くの貴族の前で行われているこれは、紛れもない糾弾であった。そこに政治(まつりごと)が関与しているかはともかく、婚約者を貶めようとする意図は明確だった。


 スカートを握りしめ俯く女性の名は、エルザ。えーっと、家名は、そう、フルブラング家。エルザ・フルブラングが彼女の名前だ。黒い長髪がよく似合う凛としたその立ち姿も鳴りをひそめ、代わりに震える肩からは怒りが伝わってくる。


 そして王太子に護られるように侍るのはその妹さん。えーっと、その、うん。フルブラング嬢だ。名前はちょっとね。別に忘れたとかじゃ無い。恐れ多くて出ないだけだ。いきなり名前呼びとか、ちょっとね。


 あ、口角が上がった。妹さんの。


 どんな経緯でこんな場面が起こったかなんて知らない。だけどなんとなく「どういうこと」なのかは分かった。


 「私はミモザ嬢と婚約を新たに結んだ」


 王太子の言葉に会場がざわつく。そりゃそうだ。こんなこと異例も異例。自分だって驚いている。そうか、ミモザ・フルブラン嬢だったか。自分の記憶力にびっくりだ。


 ともかく王太子のしていることは、事実上の浮気宣言みたいなものだ。「この女の子のことを好きになったから、あなたとはもうおしまいですよ」と。


 別に悪い話では無いのだ。というかよくある話。婚約という言葉は重いようで、本当に重いんだけどそこまでは重くない。あくまで約束は約束。お互いの同意があればそれが解かれることがあるのは道理だろう。


 故にこの状況はかなりおかしい。無理も道理もすっ飛ばして、明確な意思を持って一人の女性に恥をかかせているのだから。


 ミモザ嬢は動くことなく、ただ王太子の側に侍るのみ。その口が歪んだ笑みを浮かべることを隠そうともしない。


 やがて会場を包むのは拍手であった。仕方のないことだ。王太子の決めたことであり、一人の女性の尊厳とどちらが大事かなど言葉にするまでもない。


 だけどそうは思わず、あろうことが言葉にまでしてしまった男がいた。その男はこんな言葉を吐いたんだ。

 

 「その婚約破棄、ちょっと待った!!」


 閑話休題。こんな大事な場面だけどね。


 ここでこの僕、コンテスト男爵家の長男坊であるジニー・コンテストの自己紹介をさせてもらいたい。


 男爵家、つまりは家格としてはこの場の誰よりも低い。歴史を見ても最も浅く、具体的に言えば僕の代で2代目である。父がちょっとした功績で爵位して起きた家であり、貴族としての力は殆どないと言って差し支えない。


 そんな僕でも貴族の端くれ。お国を守る民の盾たる男であれば、座右の銘だってかっこいい。


 それはズバリ、『少数派の味方』である。

 

 なんかほっとけないのだ。多数決で一人になった側が。


 ちょっとした間違えで、周りから糾弾されているような状況が。


 わからないさ。本当は王太子に正当な理由があるかも知れない。ミモザ嬢を選ぶことが正解であり、それを認めたこの場の人間たちが百パーセント正しいかもしれない。


 だけどきっと、それは話を聞いてからで遅くないだろう。


 それになんだか、『助けて』って言われた気がする。あーいや、これは気のせいだろう。多分自分の行動を正当化させるための、都合のいい幻聴だったかも。


 そんなこんなで、自己紹介おわり。


 そんな僕の話を挟めば、声を上げたのが誰なのかはもうお分かりであろう。


 声を上げた僕に、信じられないという視線を向ける王太子様。


 何が起こったかわからないという様子のミモザ嬢。


 そして心底馬鹿を見るような目で、こちらを見つめるエルザ嬢。


 後悔はしている。それはもう、すごくだ。


 ここから先の記憶はあんまりない。頭が真っ白で、何度か受け答えをして、それでその場はお開きになった(らしい)。


 僕の頭にあるのは、「打首になりませんように」という一心だった。


 勘違いしてほしくないのは、僕はあくまで、「エルザ嬢のご意見も伺うべきでは?」という主張を王太子様に伝えたかっただけだ。


 それがエルザ嬢の助けになるかはわからない。いや、ならないんだろう。この行動が僕の自己満足であったのは否定しない。


 ともかく僕の暴挙は国中のお偉いさんに知れ渡ったわけだ。王太子様の成人祝いだからね。重役がたくさん来ていました。うーん、まずいね。父の功績で爵位をもらっただけのお調子者の無礼者と、そう思われたことだろう。胃が痛いね。


 そんな僕は今、胃に穴が空きそうになっている。馬車に揺られて王都からコンテスト寮に帰る途中なのだが、その同行者にかなり問題があった。


 「安い馬車ね。未だに体裁も繕えないような家なのね」


 彼女の言うことは正しい。馬車とは、家格を表す大事なフィルターなのである。煌びやかな装飾が施され、見るものが一目で貴族が乗っていると分かるものでなければ、それだけで家格を侮られることとなる。難しいね、貴族社会は。


 「この先が思いやられるわ……よりによって、コンテスト領。はぁ、最悪」


 そう呟いて、顔を窓の外に向けるのはエルザ嬢である。ちなみにこの世界、貴族用の馬車に普通は窓がない。狙われちゃうからね、狙撃で。


 つまり僕たちを乗せているのは貴族用の馬車ですらない。平民が使うような、それでもちょっとお高いぐらいの馬車だ。コンテスト家のものですらなく、帰る時に王都で手配しました。貧乏なもんで。


 こんなことになったのにも当然経緯がある。というのも、僕の記憶がすっ飛んでいる期間の出来事である。


 説明も難しいので、簡潔に言おう。


 エルザ・フラブラング嬢は、正式にジニー・コンテスト、つまり僕と婚約を結ぶこととなった。


 なんでかは僕もよくわからん。ともかく王太子が、「文句があるならお前が勝手に責任を取れ」とか言ったらしい。ということで彼女が僕に嫁いでくることになった。


 当然だが、これには色々と問題がある。彼女はなんと公爵令嬢である。簡単に言えば、王様の次に偉いぐらいの家のご令嬢。不思議な話ではない。王太子の婚約者なのだから、家格が高いのは当然だ。


 当然釣り合いは取れていない。僕は貴族だけど、殆ど平民みたいなものだ。というか、ついこの前まで事実平民だった。父のちょっとした功績、具体的に言えば戦争で大活躍した人間の息子なだけだ。


 僕も兵士として前線に出ていたけど、大した功績は上げていない。文字通りのお飾り貴族だ。


 そんな家に、公爵令嬢たる彼女が嫁いだらどうなる?パワーバランスがぶっ壊れるのである。簡単に言えばなんな力も持っていなかった田舎の貴族が、国を動かすほどの大貴族の親縁となるわけだから、そりゃもう国中大騒ぎである。おそらくこれからそうなる。というか、もうなっていてもおかしくない。


 王太子様は聡明なことで有名だ。将来はさぞ名君となることを期待されているほどの、未来ある若者であるわけで。


 そんな彼の言葉だから、この人事(左遷?)にも意味があるのかもしれないと、周りの貴族がザワザワしているのを、記憶の片隅に覚えている。ほんとに?なんかめんどくさくなったから感がちょっとするんだけど、ほんと?


 20歳の僕に、急に春が来た。ただし春一番、大荒れの模様である。

 

 これ、父にどうやって説明するんですか?

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