第11話 2日目の旅路
早朝のオーク退治の後、ミラに魔力がないと断じられた俺は、朝からちょっと凹んでいた。
昨日は一日中、森の匂いや血の臭いで満たされていた気分だったが、今はただ広い空と平原の風が俺を包んでいる。
リベル街道は整備されていて、馬車が四台並んでも通れるほどの幅がある。
左右には緩やかな丘と、時折点在する林。視界は広く、どこまでも青い空が続いている。
「これで半分ってところね。明日にはマイヤに着きそうね」
ミラが前を歩きながら振り返る。陽光に揺れる金髪がやけに眩しい。
「戦闘の心配は?」
「この街道沿いなら、せいぜい平原オオカミくらい。でも昼間に群れで突っ込んでくることは滅多にないわ」
戦闘の心配はなし。起抜けにオーク三体をぶち殺したにしては拍子抜けだが、正直ありがたい。
俺の筋肉はタフでも、生き物を殺しまくる趣味は無い。
「そういえばさ……アーレンの人口ってどれくらいなんだ?」
退屈しのぎに俺は話を振った。
「約二十五万。三キロ四方の城壁に囲まれた巨大都市よ。領主貴族の屋敷が中央にあって、冒険者ギルドと商業ギルドが並んでる。この国じゃ有数の規模ね」
「二十五万!? つくば市くらいか!」
思わず素の感想が漏れ、ミラに怪訝な目を向けられる。
「……つくば?」
「気にすんな。俺の地元だ」茨城過ぎる…まずいまずい
ごまかすと、ミラは「聞いたこと無い地名ね…」と小さく呟いて前を向いた。
「マイヤはアーレンと違うわ。交易都市。街道と河川が交わる拠点で、商人と旅人が集まる。人口は倍くらい、物と情報の流れはアーレンの比じゃないけど」
「つまり、あっちは商売で成り立ってる街ってことか」
「そう。冒険者ギルドの依頼も護衛や運搬が中心になるわね」
道中、ミラは退屈なのか、ぽつぽつと“魔法の話”も教えてくれた。
「そういえば、今朝の話の続きなんだけど」
平原の風を受けながら、勇気を出して尋ねた。
「六つの属性のほかに、氷とか雷とか……マイナーな魔法ってどういう扱いなんだ?」
「マイナーとはいえ、侮れないわ。雷は攻撃力が高く、氷は足止めや拘束に優れる。音や呪なんてのもある。珍しい分だけ使いこなせれば脅威ね。ただし、それこそ天賦の才が必要」
彼女はわずかに羨望を帯びた声で言う。
俺はまた胸を抉られるような気分になった。
魔法は夢だ。だが俺には絶対に届かない。
聞かなきゃよかった…
昼頃、道端で休憩しながら俺は水筒を傾けた。口に含んでも味はない。ただ喉を潤す冷たさだけがある。
代償……。
食欲と快楽を失い、魔法の才もない。筋肉だけが残った。これで本当に異世界を楽しめるのか?
夕刻、太陽が傾き始める。道の先に見えるのは、小高い丘に木が3本ほど立つその中心の開けた場所。旅人がよく一夜を明かすキャンプサイトのような場所らしい。
足は疲れていないが、気分は重かった。
今朝の魔法の衝撃、そして魔力がないという絶望。全部が、俺を現実へ引き戻す。
それでも――。
夜空に瞬き始めた星を見上げて、俺は心の奥で呟いた。
(せっかく異世界に来たんだ。楽しんでやる。筋肉しかなくても、人間らしく生きてやる)
自称神が何と言おうが。俺は俺だ。
そのへんで焚き火用の枝を集めてロルドさんに渡す。
焚火の準備ができるとロルドさんが荷車の傍で円筒形の器具を取り出した。直径八センチ、高さ十五センチほどの筒状の何かだ。
「ロルドさん、それは?」思わず口にする。
商人はにやりと笑い、上部のダイヤルをカチリと回しボタンを押す。
すると筒の口からふわりと炎が立ち上がり、枯れ木に火が移った。
「魔道具ですよ。炎、製水、浄化、照明の四機能。魔力のない人間でも使える優れものです」
俺は目を見開く。魔法が使えない俺でも、これは扱えるというのか。
「中には“魔法液”が詰まっている。魔石を粉にして錬金術師が中和剤に溶かすことで作られるんだ。安価ではないが、旅人や兵士には必需品だよ」
「……へぇ」
焚き火の炎がぱちぱちと爆ぜ、夜風に火の粉が舞う。俺は複雑な心境で炎を見つめた。便利だ。だがそれは、本物の魔法とは違う。
隣でミラが言った。
「魔力がなくても文明は進む。魔法道具があれば庶民だって困らない。……でも」
「でも?」
「本物の魔法は別格よ。あんたが憧れてるそれは、道具じゃ代わりにならない」
痛いほど図星だ。俺は笑うしかなかった。
その夜、炎に照らされる魔法道具を横目に、眠りについた。
やっぱ嫌味な女だ…