第四章:綻びの起動(前編)
第四章:綻びの起動
「記録」が武器に変わるとき
空気が重たかった。
でも、音はとても静かだった。
階段の踊り場に置かれた緑箱が、ほんの少しだけ開いたままだった。
ぽて……ぽて……。
音は、すでに足音ではなく、“記憶”の鼓動に変わっていた。
◆クレヨン属の崩れ
「書けるよ……まだ、書ける……」
クレヨン属のルリモが、脚の折れたまま床に絵を描いていた。
ぽろぽろと崩れ落ちる色の欠片。
でも、床には確かに“緑の線”が広がっていた。
それは、今まで誰も描いたことのない「7色目の輪郭」だった。
ルリモの色素は失われはじめていたが、
「名前があるうちに、描かせて」と笑っていた。
◆ ぬいぐるみたちの突撃
ユビコが歩いた。
黒化が進み、もはや“ぬい”というより「ぬい影」のような姿になっていた。
けれどその目は開いていた。
ぽて……ぽて……と、一歩ずつ。
胸の中で、ヌイ因子が熱を持ち、“蒸気”となって漏れ始める。
「行ってくれる?」
タカネがそう言うと、ユビコは「ぽてっ」とうなずいた。
その時、数十体のぬいぐるみたちが、影のように走り始めた。
その動きは、記録されなかった過去の“戦い”そのものだった。
投げられ、
潰され、
燃えかけても──。
黒く染まった綿たちが吐き出す蒸気の中には、“赤紫”の色素が浮かんでいた。
それは、過去に失われた
“想像”
の色だった。
◆ ペットボトル属の変化
破裂しかけた透明体たちが、
自らの体を“プリズム構造”に再構成しはじめる。
内部で混じり合う七色のクレヨン液。
漏
れ
出す音は、
もはや音ではなく
“光の
リズム”となって、
床を
振動
させていた。
カラリは、最前線で
割
れ
た。
でも、
割れた底部から放たれたのは、
“緑の光”を含む
波紋だった。
◆ 色喰らいの綻び
わたしは色が怖い。
わたしは色に、意味をつけたくない。
わたしは、ただ、
そこにあってほしいだけだった。
でも、“ぽて”が鳴るたびに、
わたしの身体が、
どこかで
ほどけていく。
音が、
わたしの輪郭を──壊して
いく。
名前がつく前の
“存在”
だけを、
残してしまう。
わたしは、
崩
れ
ながら、問いかけた。
「わたしは、許されるの?」
その問いに、
ぽて……と音が返った。
クレヨン属、
ペットボトル属、
ぬいぐるみ属、
そして
記録されない影が、
その
中心に
立っていた。
そして、ユビコが言った。
「許されたぽて」
◆ 許された七色の一撃(前兆)
プリズムが展開される。
メモが舞い、
足音が重なり、
記憶が、色に戻っていく。
ぽて、
ぽ
て、ぽて、
ぽて、ぽて──
音が7回ほど響いたとき、
光が、解放された。
“緑の光”が先頭を切って、
世界に色をさす。