ごあいさつ
大公宮舞踏会は、年に二回、春と秋に開催される。
大公殿下が主催されるので、まずは大公殿下にご挨拶だ。
家格が上の者からごあいさつにゆくのだけれど、キーアはネィトの伴侶(予定)で、ネィトをエスコートするので、びっくりなことに最初のトリアーデ家と一緒にごあいさつすることになる。
前のキーアは何とも思わずに、ごあいさつしていたみたいだけど、庶民な紀太の記憶が強いニューキーアは、かなりビビる。
いやだって、没落中の、もうすぐ平民なキピア家が、最初にあいさつって、なくない──!?
トリアーデ家当主のネィトのご両親、第一子の次期当主なお兄ちゃん、第二子のお兄ちゃんティトと続いて、ネィトは三番目だ。
「ネィト・トリアーデが、大公殿下にごあいさつ申しあげます」
ロデア大公国では、大公殿下と、その伴侶にしか捧げない最敬礼をするネィトの隣で、キーアもうやうやしく膝を折る。
「ネィトさまの伴侶(予定)、キピア家当主代理、キーア・キピアが、大公殿下にごあいさつ申しあげます」
トマが叩き込んでくれた、ぶれない体軸で最敬礼した。……あんまりし慣れてないけど、がんばった! と思う。
敬礼を解いていいよ、と軽く手を挙げてくれる大公殿下に、ネィトが最敬礼を解き、キーアはネィトが解いたのを確認してから最敬礼を解く。これも家格順だよ。
ネィトの紫の瞳に、大公殿下は一瞬だけ息をのんだ。
「よき夜をォオ──!?」
ネィトを見て、キーアを見て、皆に告げるあいさつを返してくれようとした大公殿下が仰け反ってる。
「……き、キーア……か……?」
もしかして、前のぷよぷよんなキーアをご記憶でしたか。
記憶力がとてもいいのだろうルゥイやレォが『キーア・キピア』の名を覚えていないのは、BLゲームの強制力っぽいのが働いてて『ネィトの伴侶(予定)』としか認識できてなかったのかもしれないけれど。
おそらく、キピア家が平民落ち秒読み貴族で、覚えるのに値しないけど、いちおう存在は『ネィトの伴侶(予定)』として認識している、という、うっすーい感じだったからだと思われる。体積のわりに。
そんな顔も名前も声もないモブを、大公殿下が気にかけてくださるなんて!
その輝かしい顔面とあわせて、拝んじゃうよ!
「お久しぶりでございます、大公殿下。過日はおやさしいお言葉をたまわり、感謝に堪えません。心より御礼申しあげます」
やわらかに膝を折り、最敬礼するキーアの衣がひるがえる。
ヨニに言われたとおり、やわらかに、やわらかに魔力を流すと、裾や腰を彩る刺繍が、ほのかにきらめいた。
青から白へ、光を放ちながら、ゆうるり変わってゆく。
「……これは……また……見違える、な……」
大公殿下が、ぽかんとしてる。
イケメンは、どんな顔をしても、イケメンだよ!
「あと5歳若かったら……! いや待て、俺は確かロデア大公国で2番目の容姿なのでは? 今からでも──」
立ちあがろうとする大公を
「……殿下……?」
低く、低く落ちて、大地をえぐる声は、大公殿下の伴侶で、ロデア大公国では大公配と呼ばれる、ルゥイのお父さんだ。
「やめてください、母上。年甲斐もない。息子の伴侶(予定)に手を出そうとするなど」
ルゥイの、きちゃないゴミをポイ捨てする人を見るような目に、大公殿下が泣いてる。
「おかしいな。幻聴がしたけど、きーちゃんは『僕の』伴侶(予定)だから」
ぎゅっとキーアの手を握って、ルゥイを見あげるネィトの髪が、フーッて逆立ちそうだよ。かわいい。
ルゥイ殿下の真白な手袋が、また脱げそうになってる。おかしい。
ちょっと後ろで、レォの青磁の手袋も、また脱げそうになってる。おかしい。
「……かわいくなったな、ネィト」
微笑んだ大公に、ネィトがちいさな胸を張る。
「愛の力です♡」
きゅうっと腕に抱きついてくるネィトが、あざとかわいい。
これ、自分が主人公で、悪役令息が攻略対象の腕に抱きついてると『くぅうう!』ってなるけど、とびきり可愛い悪役令息に、自分がされちゃうと、ふつうに、うれしいんですけど……!
なんか、にやつく攻略対象の気もちが、初めてわかったかも──!
『何、鼻の下のばしてんの!』って、激おこな気持ちも
『……うわ……あざとかわいー♡』って、みょーんって鼻の下がのびちゃう気持ちも、両方わかる!
ネィトが、かわいーから!
何か、こう、悪役令息光線みたいなのが出てるのかな?
チートな感じにかわいい。
これを喰らったら、攻略対象は、めろめろになっちゃうと思う!
……なんか、ルゥイも、レォも、殺気立ってるけど。
あんまり効果ないみたいだけど。
おかしいなー?
首を傾げるキーアの前で、大公殿下が眉を寄せる。
「そうか、ネィトは髪をあげたんだね。とても似合っていて、可愛いけれど……だからこそ、心配だ。紫の目は、あまり見せないほうが──」
大公殿下の言葉を遮るなんて、異を唱えるなんて、ありえない。
わかっていても、キーアは声をあげた。
「畏れながら、大公殿下に申しあげます。
紫の目が、魔物の目というのは迷信です。ネィトは人間です!」
ネィトを背にかばうように、キーアは前に出る。
ちょこんとキーアの小指をにぎったネィトが、うるうるしてる。




