そこは描かない
「よっし、採寸終わり! ほっそくて、ちっちゃくて、とっても、かわいーね♡」
細かく書き込まれたサイズに、によによしてるヤエに、キーアは、ぷくりとふくれる。
「ちっちゃくない! 成長途中だから! これから伸びるもん!」
両の拳を握ってみた。
のびるもん。
信じてるもん。
涙目じゃないもん。
………………。
うるってしてきた!
「キーアおぼっちゃま……!」
あわあわヨニとトマがやってきて、ハンカチを差しだしてくれる。やさしい。
「そっかあ♡ うるうるの、おめめも、かわいー♡」
すごくいい香りのするヤエが、とろけて笑って、なでなでしてくれるのは、ちょっとうれしい。
「………………ヤエ殿……?」
ヨニとトマの目が鋭くなって、青くなったヤエの手が離れてく。
「いじわるではありません。キーアおぼっちゃまの身を守るためですからね」
おじいちゃんヨニが3歳のお子さまに『わるい人についていったらいけませんよ』の目だよ。
「すぐ人を信頼できるキーアおぼっちゃまは、とてもおやさしいですが、やさしい人ばかりではないですからね。こんなにも、かっこいー人は、よりどりみどりですから! 息をするように口説いてくる人は、危険です!」
トマの、いつもやさしい栗色の目が、吊りあがってる!
「トマ、酷い目にあったことが……!?」
小柄で細くてかわいいトマが心配で、わたわたするキーアに、トマはちっちゃな胸を張る。
「俺、トゥヤ師匠仕込みで、つおいですから」
ぱちぱち拍手した。
ヨニも一緒に拍手してくれる。うれしい。
圧をかけられて、トマの強さの片鱗が、ちょこっと解ったらしいヤエが眉をさげた。
「執事さんも、従僕くんも、きびしーね」
「やさしーです!」
胸を張ったら、ヨニもトマも、ふわふわ赤い頬で笑ってくれる。
「これは手ごわそうだなあ」
やわらかそうなベージュの髪を掻きあげたヤエは、羊皮紙を取りだした。
「しばらく素描を描くから、皆、掛けて」
キーアにも、ヨニにもトマにも椅子を勧めてくれたヤエは、店の奥を顎で示した。
「お茶は自分で淹れてね」
「かしこまりました」
ちいさく笑ったヨニが、お茶を淹れに立ってくれる。やさしい。
トマはキーアの隣を動かない。
キーアの椅子を引いてくれる。
「トマも座らせてもらったら?」
キーアの言葉に、トマは首を振った。
「俺はキーアおぼっちゃまの護衛ですから」
グァアオォオ──!
闘気が噴きあがって、トマの栗色の髪が風もないのに舞いあがる。
一瞬で消えた闘気の圧を、まともに喰らったヤエの唇の端が、ひくひくしてる。
「……そんなに可愛くて、武術が全くできない俺にもわかる強さとか、すごくない?」
「トゥヤ師匠の弟子なので」
トマがちっちゃな胸を張ってる。かわいい。
拍手していたら、ヨニが戻ってきてくれた。
「お茶が入りましたよ。どうぞ」
ちゃんとヤエにも淹れてきてくれたヨニが、皆の前に茶器を置いてくれる。
口をつけたヤエの目が、まるくなる。
「うま……! これ、うちにある茶葉だよね? こんな味しないよ!?」
ぽかんとするヤエに、おじいちゃん執事ヨニが、にっこり微笑んだ。
「やっすいお茶を、たっかいお茶みたいに入れる技術は、一流と自負しております」
上位貴族と思えない、貧乏なキピア家のせいで──!
「うわあん……! ヨニ、ごめんよ! ありがとうー!」
抱きつくキーアを、しわの手がぽふぽふしてくれた。やさしい。
「うまー! ありがとうー。これは素描も、はかどりそう。
どんな服がいい? 色は? 形は? 希望ある?」
お茶で元気を充填したらしいヤエが、キーアの顔を見ながらスケッチを始める。
さらさら描かれてゆくのはキーアの顔と──全裸だ。
「ぎゃ──!」
燃える頬で跳びあがるキーアと一緒に、トマとヨニが、双剣と短剣を抜いてる。
はやい、はやい、はやいから──!
皆の反応に、きょとんとしたヤエが笑う。
「ああ、だいじょうぶ、そこは描かないから。乳首もね」
片目をつぶるヤエが、えろかっこよくて困ります──!
まるで服の向こうを見透かすように、ヤエが色んな角度からデッサンを続ける。
どんな服がキーアに似合うのか、イメージを高めてゆくように。
「これは殺傷案件ではなく、芸術ですか」
ヨニが首を傾げて、ヤエの手元を覗きこんだトマも頷いた。
「ですね、キーアおぼっちゃまの、お可愛らしさと、うるわしさを、大変よくとらえているかと」
「ふふん」
ヤエが誇らしそうに胸を張ってる。かわいい。
「希望は?」
素描に見とれていたキーアは(自分の全裸に見とれたわけじゃなくて、ヤエの絵の巧さに! ほんとにすごい人って一瞬ですんごい絵を描くよね、才能が爆発してる! あんまり上手じゃないと、すんごい長時間かかって、頑張った! って思うけど、次の日見たら、しょんぼりなんだよ……)あわあわ唇を開いた。
「え、えっと、俺、髪が闇色で、目が青だから、闇色をベースに、白と青を差し色にして、かっこいー服をお願いします!」
「ふむふむ。かっこいーのがいーの? かわいーのじゃなくて?」
不思議そうに首を傾げるヤエに、キーアは拳を握る。
「かっこいーのでお願いします!」
やっぱり謝りに行くときは、ピシっとしてないと!
かわいーちゃらちゃらした服で『ごめんね♡』は『謝る気、ゼロだろう──!』って、噴火されそう!
「かっこよく! ピシっと!」
ちっちゃな両の拳を掲げるキーアに
「……なるほど?」
ヤエが、にやにやしてる。
「意中の彼でもいるんだ?」
若さ弾ける将軍? は推しだった!
「いませんが、謝りたい相手がいて」
ベージュの瞳が瞬いた。
「わかった。ピシっと、かっこよくね」
頷いたヤエのペンが走る。
インクをつぎたす時さえ惜しむように描きあげられたデザインに、息をのむ。
「……かっこいー」
「でしょ? 袖口と腰、裾と胸元に、青の魔法糸で刺繍を入れるよ。魔力を流すことはできる?」
描かれてゆく刺繍のデザインのあざやかさに、息をのむ。
「た、たぶん? 練習したら、できると思います」
魔力測定で、ギギャァアアァ──! ってなってたから、たぶん、できるはず!
たぶん!
「わかった。魔法糸で縫った服を渡すから、毎日練習して。魔力を流すとやわらかに色が変わる。白から青へ。青から白へ。上品にきらめくように、気づかないくらいゆっくり色が変わってゆくようにするよ。下品なギラギラにはしないから安心して」
「……え……え!? そ、それって課金オプション……!」
「は?」
きょとんとするヤエに、あわあわ口をつぐむ。
BLゲームのルゥイ殿下ルートでヤエに逢えた場合、4つの選択肢があった。
①ゲームをプレイしていると無料でもらえる通貨で、ふつーに服をつくってもらい、衣装勝負に勝つ。ルゥイ殿下の親密度はちょこっと上昇。(無課金)
②課金して可愛い服をつくってもらい、ルゥイ殿下の親密度をあげる。(ちょこっと課金)
③さらに課金して、オプションできらめく服にしてもらい、ルゥイ殿下の親密度をかなり上げる。(まあまあ課金)
④そのうえに課金して、ヤエに当日のスタイリングとメイクをしてもらい、さらにルゥイ殿下の親密度を爆上げし、課金スチルを獲得する。(鬼課金)
これ③だよ!
まあまあ課金!
「あ、あのあの、俺、あんまりお金なくて──!」
キピア家は貧乏だよ!
まあまあ課金とか、絶対無理──!
「ああ、魔法糸とか刺繍? 気にしないで。ほんとは全部無料って言いたいけど、俺も駆けだしだからさ、生地と糸代だけ頂戴。きみが着てくれたら指名殺到になる予定だから!」
ヤエが、とらぬタヌキの皮算用をしてる──!
ヤエがデザインする衣装の素晴らしさは知ってるけど、顔も名前もない、身長も、残念ながら今は、今だけは……! ないモブだよ?
地味の極みっていうより、顔がないよ?
「俺だと宣伝効果はなさそうです。ヤエさま、そのお顔と腰と足で営業をかければ、すぐに指名殺到なんじゃ……?」
真実を告げてみた!
「やだなあ、顔で指名をもらえるほど、ロデア大公国は甘くないよ。完璧な実力主義だからね。ださい服なんて誰も着てくれない」
伸びたヤエの指が、キーアの手をにぎる。
「俺の将来を、きみが握ってる。
きみを最高に輝かせる服をつくってみせる」
まっすぐに告げてくれるベージュの瞳が、かっこよすぎて、泣いちゃう──!
「ヤエさま……! あ、ありがとうございます……!」
ヤエの素晴らしい衣装で、ちょこっとだけ存在感が出るかもしれない……! ということよりも、顔も名前もない、残念ながら今は身長もないモブを応援してくれる、ヤエの、やさしい気持ちがうれしいよ。
うるうる涙目になったキーアに、ヤエが、とろけるようにあまい笑みを浮かべた。
「おめめ、うるうるは脈ありだよね♡ 真っ赤なほっぺも、かーわい♡」
ふにふに、ほっぺたをつつかれました。
「やーらかい♡ かわいー♡」
めちゃくちゃ恥ずかしい……!
しゃっとヤエの指をトマが払おうとするより、手を引くヤエのほうが速かった。すごい。
皆で感心してから、おじいちゃんスーパー執事ヨニと、スーパー従僕トマが首を振る。
「キーアおぼっちゃまは、かっこいー顔面に大変弱くていらっしゃいます」
「それはもう、大変に」
ヤエの目が遠くなってる。




