あれ?
コォオァアァオオオ──!
完璧な微笑みをたたえたルゥイからあふれる魔力の圧に、キーアは跳びあがる。
「あ、あの、偶然、公都でお逢いして……!」
あわあわレォと手を離そうとするキーアの指を、レォの手が握った。
「護衛」
にこりと、レォが微笑む。
『滅多に笑わない』という設定の攻略対象レォの微笑みは、ものすごく貴重なのだけれど、鉄壁の氷の防壁に見えるよ──!
「護衛なら、キーアの従僕で充分すぎるようだけど?」
小柄で可愛いトマの強さが一見するだけでわかるのだろうルゥイも、めちゃくちゃ強いということだ。
もちろんレォにもわかるのだろう、後ろで微笑んで控えていてくれるトマに、ちょっと青磁の眉があがる。
「護衛は、多いほうが安心だから」
ルゥイの微笑みが、深くなる。
「レザイ家の第一子が護衛に必要なほど公都は危険なのか、それは問題だな。ロデア大公国の防衛を司るレザイ家としても」
レォの微笑が、やわらかな愉悦をまとった。
「キーアが、かわいいから、心配で」
とろけるように甘い声で、繋がる指を、にぎられる。
「……えぇ……!?」
一瞬、何を言われたのか、意味がわからなかったよ!
びっくりしたキーアは、皆の生あたたかい、3歳のお子さまを見守る瞳を思い出す。
な、なるほど、3歳のお子さまが心配だったと、そういう訳ですね。
納得するキーアを置き去りに、ルゥイの身体から、凍気が噴いた。
完璧な微笑みの後ろで、氷のつぶが舞いあがる。
「へぇえぇえ」
ルゥイとレォの、完璧な微笑みは揺るがないのに、バチバチしてる──!
火花が弾けてるのが見える気がするよ……!
あ、あれ?
おかしいな?
『ルゥイ、ひどい! こんな地味な子に『直接返しに来い』って言うなんて! 俺へのあてつけなの!?』
『まさか、かわいいレォを引き立たせるために決まっているだろう? やきもちに身を焦がすレォが見たかったんだ』
『もう、ルゥイったら♡』
『レォが可愛いからいけないんだ♡』
『♡♡♡♡♡』
っていう展開は!?
レォのキャラが若干、崩壊気味だけど、2次創作ってそういうものだよね!?
生の、ルゥイ×レォ、もしくはレォ×ルゥイの、よだれじゅるじゅるスチルはどこに行ったの──!?
ぽかんとキーアは、ふたりを見あげる。
凍気が渦巻いてるよ!
圧と圧との戦いだよ──!
………………。
も、もしかして、ルゥイとレォは、仲があんまり、よくない、のかな?
大公殿下の第一子と、レザイ家の第一子としてよく比較されるから、ライバル意識があったり、する?
ど、どうしたらいいの?
仲裁?
攻略対象たちを?
そんなのモブがしていいのかな?
お呼びじゃなくない?
あわあわするキーアの衣の裾を、ヨニが微かに引いてくれる。
「……キーアおぼっちゃま、お返しを」
そ、そうでした!
さくっと返して、さくっと退散!
これぞ顔も名前もないモブの戦法だ!
「ルゥイ殿下、白布をお貸しくださって、ありがとうございました! お返しに参りました!」
ぴょこんと跳びあがるキーアに、瞬いたルゥイが微笑んだ。
「ありがとう。返しにきてくれたお礼をしなくちゃね。
レォはもう帰っていいよ。護衛の役目は果たしただろう?」
ふんと高い鼻をそびやかすルゥイに、レォの目が細くなる。
「帰りにも護衛が必要だろう?」
『そんなことさえ、わからないほど、あんぽんたんなの?』
レォの氷の微笑みが告げてる気がする──!
ロデア大公国の叡智ともうたわれる、大公立学園入学試験、首席合格、間違いなしなルゥイ殿下に『あんぽんたんなの?』って堂々と無言で圧をかけられるレォが、強すぎる──!
真っ向からレォの視線を受けとめたルゥイの唇が、あざやかに弧をえがく。
「帰りは僕が送るから。レォは帰っていいよ。護衛なんでしょう?」
レォの高い鼻が、そびえたつ。
「護衛は、多いほうがいい」
完璧な微笑みを崩さないまま、ルゥイは不思議そうに首を傾げた。
「………………。
おかしいな、意見があわないようだね」
コォァアァオオオ──!
威嚇の魔力の圧が、すごいです、ルゥイ殿下──!
と、飛んじゃう──!
あわあわするキーアの前に、さっとトマが立ってくれる。
片手をかざすだけで、凄まじい魔力の圧を、止めた。
スーパー従僕トマが、スーパーすぎる!
「……へえ」
ルゥイが若葉の瞳を見開いた。
レォもトマを振りかえる。その目は、トマの指にはめられた小さな指輪を見つめていた。
トマがちいさく笑う。
「バギォ帝国を離れるときに、トゥヤがお守りにくれたんです。結界の精霊さんの力が籠もっているそうです」
ぴょこんとキーアが跳びあがる。
「そ、それって、愛の指輪なんじゃ!? トマ、こんなところにいていいの!? 帰らなきゃ……! ああでもトマと離れたくないよー! 俺が一緒にバギォ帝国に行けばいいの!?」
わたわた泣きそうなキーアに、とろけそうにトマが笑う。
「キーアおぼっちゃまにお仕えできて、うれしい」
ふわふわ赤い頬で、笑ってくれる。
「トゥヤには愛するあるじがいますから。これはただ単に、一番使いやすく、発動しやすいから指輪になってるだけです」
にこにこするトマに嘘は見えなかった。
「無理しないでね。そうだ、大公立学園に入学できなかったり、入学できても学園が長期のお休みになったら、皆でバギォ帝国に里帰りに行こうよ! 俺、外国に行ったことないから、行ってみたい!」
『いいですねえ』にこにこしかけたスーパー執事ヨニが、あわあわキーアの裾を引く。
「……ルゥイ殿下に、謁見中です、キーアおぼっちゃま」
こそこそ囁いてくれるヨニに、飛びあがる。
そそそそそうでした!
完璧な微笑みは揺るがないのに、ルゥイの目が細くなってる。
ささささっと音をたてずにやってきてくれたのは、ルゥイ専属執事らしいホヌだ。
「ルゥイおぼっちゃま」
ささやかれたルゥイは、渋々のように吐息した。
「……わかったよ。仕方ないからレォも招こう。ホヌ、レォの席も用意して」
かるく手をあげるルゥイに、ホヌがうやうやしく腰を折る。
「かしこまりました」
レォに向き直ったルゥイは、困ったように眉をさげた。
「急な訪問は、先方の迷惑になることを理解してほしいな。言わなくても察することを求められるのがロデア大公国の貴族なのだから」
ぴょこんと跳びあがったキーアは、深々と頭をさげた。
「も、ももももも申し訳ございません──! ルゥイ殿下のご予定を伺いに、ホヌさんに取り次いでいただこうと思ったのですが、こちらに案内してくださって──あ、あの、また日を改めて参ります!」
あわあわ帰ろうとするキーアをさらうように、ルゥイの腕が降ってくる。
あたたかな腕に、抱きしめられた。
あったかい。
ルゥイの、頭の芯がしびれるような、あまい香りに満たされる。
ふわふわのはちみつの髪を揺らしたルゥイが、とろけるような笑みを浮かべた。
「いつキーアが来てくれてもいいように準備していたんだよ。
予定外は、そこの護衛」
完璧な微笑みが、つららに変貌しました、ルゥイ殿下──!
「急な来客を、まるで分かっていたかのようにもてなしてこそ、次期大公殿下なのでは?」
レォの微笑みも、凍えてる。
ああ言えばこう言うな、打てば響くようなルゥイに、反論できるレォがすごい!
脳筋じゃないんだよ。
すごいよね。
騎士科首席合格なのに、頭も高速回転なレォ!
思わず拍手したら、レォが瞬いて、ルゥイの背後に氷山が現れる。
寒い冬が、より極寒に……!
つべたいです、ルゥイ殿下!
「……どうしてそこでレォに拍手するのかな……?」
「いえあの、ルゥイ殿下と渡りあえる頭脳ってすごいなって思って!
ルゥイ殿下は、ロデア大公国の叡智ですから!」
思っていたこと、そのまんまを告げてみました。
ふわふわ、レォとルゥイのまなじりが、朱くなる。
「お茶のご用意ができました、ルゥイ殿下、レォさま、キーアさま。
従僕の皆さまも、どうぞこちらへ」
微笑んだホヌが、お茶の席へと案内してくれる。
「おいで、キーア」
とろけるような、はちみつの笑みを浮かべたルゥイが、キーアの手を引いてくれる。




