白の宮
「あの、ルゥイ殿下のご愛用の品は、ありませんか?」
聞いたキーアに、大公殿下御用達の店員さんは眉をさげる。
「誠に申し訳ございませんが、お客様の個人情報はお伝えできないことになっております」
そうでした!
ロデア大公国は個人情報もちゃんと保護されているんだよ。
聞くほうがだめでした、ごめんなさい!
あわあわするキーアの隣でレォが微笑んだ。
「ルゥイにはこれがいい」
にこやかにレォが差しだしてくれたのは、一番安いインクだ。
おすすめなんだね。
理解した。
「レォのおすすめ、俺が使う」
恥ずかしく熱い頬で『レォ』呼んだら、レォのまなじりがほんのり朱く染まる。
「……キーアになら、これ」
レォが選んでくれたのは、キーアの瞳の色のインクだった。
透きとおる青だ。
「わあ……!」
瓶を傾けると、ちらちら星のひかりが揺れるみたいだ。
雲母か何かが混ぜてあるのかな?
書くと、きらきら光るのかもしれない。
すごい。
さすが大公殿下御用達!
そして値段もすごい!
「え、えと、お金がたまったら、また買いにくるね」
はずかしいけど、貧乏です!
瞬いたレォは、微笑んだ。
「贈る」
こともなげに言うレォに、首を振る。
「だめ」
キーアの即答に、レォの凛々しい眉がひそめられる。
「どうして」
「こんな高価な贈り物は、ともだちに贈るものじゃないから」
言ったあとで恥ずかしくなった。
「ご、ごめんなさい、ともだちどころか、知りあい未満なのに──!」
あわあわするキーアに、レォが思いきりぶすくれた。
凍気が、じわじわ滲んでる。
「思いあがって、ごめんなさい! ちゃんとわきまえてるので──!」
顔も名前もないモブだよ。
自覚は、ちゃんとあるよ!
深々頭をさげるキーアに、ぶすくれたままのレォが、キーアの手を握る指に、力をこめる。
「……ともだち以上に、なれるように、がんばる」
ちいさな、ちいさな声が、ふかふかの藍の絨毯に吸いこまれ、消えてゆく。
「……え?」
瞬いたキーアに、レォはつまらなさそうに、さくらの唇を尖らせた。
はー♡
かわいい♡
尊い──!
拝みました。
レォの唇が、もっとぶっすりしてる。
かわいい♡
「じゃあええと、予算内で、おすすめの品があったら、教えてください」
ヨニとこそこそ相談した金額を提示すると、店員さんは見下すことなく微笑んでくれた。やさしい。
「こちらの筆記具はいかがでしょうか」
おお! きれいなつけペンの軸とペン先を用意してくれたよ。
「試し書きもどうぞ」
なめらかだ!
書きやすい!
自分にも欲しいなーと思ったけど、高すぎるので涙を呑んだ。
ペン先は消耗品だし、このみじゃなかったら他の人にあげたらいいし、無難かな?
ペン軸の色を、はちみつにするか、若葉にするかで悩むけど、ここはやっぱり、はちみつで!
「……こっちのほうが、喜ぶと思うけど」
レォが指したのは、青いペン軸だ。
「ルゥイ殿下は、青がおすきなの?」
青磁の瞳が瞬いた。
そうっとヨニが衣の裾を引っ張ってくれる。
「キーアおぼっちゃま、ルゥイ殿下が青がおすきでいらっしゃったとしても、キーアおぼっちゃまの瞳の色を贈られるのは、まずいです。いちおうネィトさまが、まだいらっしゃるので」
まだ! 伴侶(予定)なんだなー。
そうでした。
入学試験でも会えなかったし、ちゃんと謝って、解消しないとね!
レォにも聞こえないようにささやいてくれたヨニは、気遣いも完璧だ。
伴侶(予定)がいるのに浮気しまくってる男に見えるよ!
……そのとおりかもしれん……が、お互い様というか、いや、だって、これはお礼だから!
そうそう、レォやルゥイといちゃつきたい気持ちは全然………………ないとは言えませんでしたぁあ──! ご、ごめんよ、ネィト!
だって攻略対象のレォさまだよ?
ルゥイ殿下だよ?
目の前で、生きて、いー匂いがして、ふわふわ髪を揺らしてくれる、3次元! リアル!
拝みたいし、お傍に行きたいのはもう、本能です──!
ルゥイ殿下へのお礼の品は、はちみつ色のペン軸と、とってもなめらかで書きやすかったペン先にしました。
お金ができたら、おそろいにしたいなー。
いや、すぐ誰かに下げ渡されちゃうかもしれないけど。
……泣いてないもん。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
うやうやしく腰を折って見送ってくれる店員さんたちに頭をさげる。
きれいに包んでくれたのを持って、大公宮にレォとヨニとトマと一緒におでかけです!
レォと一緒に街を歩くスチルとか、あったっけ?
んん?
紀太は記憶を掘り起こす。
確か、秋の舞踏会があって、それでレォと一緒に踊ったら、デートができるようになって、街にゆくとスチルが出た、気がする!
ゲームの終盤で、確か主人公のパラメータの芸術とか社交とかが高くないと出せない、レアスチルだったよ。
奇跡の遭遇からの、奇跡のレアスチル顕現だよ──!
拝みました。
当然だよね!
「キーア?」
突然拝みだすキーアに慣れたのだろうレォまで、街中で突然拝まれるとは思っていなかったらしい。
ちょっと恥ずかしそうに赤くなってる頬が、とびきりかわいー! です!
「はー♡ 尊い♡」
拝むのが止まらない!
「キーアおぼっちゃま、通行の皆さまのお邪魔にならないようにしましょうね」
「隅っこに行きましょうか、キーアおぼっちゃま」
やさしいヨニとトマが誘導してくれる。ありがとう。
公都広場から大公宮までは、貴族街を抜けてゆくので半刻くらい掛かってしまう。
キーアはヨニとトマと一緒に歩くつもりだったけど、レォは馬車で来ているみたいだ。
「レォさまは、馬車でゆかれますか?」
手を繋いだままのレォが、ぶっすりふくれる。
「キーア?」
名を呼んでくれるレォの唇が、すねたみたいに尖ってる。
……これはもしかして、もしかすると、『『レォ』って呼んで』の、おねだり……?
か──わ──い──い──♡
「えと……レォは、馬車でゆかれますか?」
『レォ』
呼ぶたびに、照れ照れの頬が、熱い。
「敬語も、だめ」
ぎゅ
手を握ってくれるから
きゅ
にぎりかえしてしまう。
「……レォは、馬車で、いく?」
ともだちみたい!
攻略対象のレォと……!
夢みたいで、どきどきする。
異世界転生も、夢みたいだよ……!
「キーアと歩く」
ふわふわあまい声でささやいて、手を引いてくれる。
長い青磁の髪が、隣で揺れる。
つながる指が、あたたかくて。
駆ける鼓動が、とくとく跳ねて。
レォの、とろけるようにいい香りがする。
どきどき熱い頬で、レォの手をにぎって、歩く。
夢みたいに、ふわふわしてたら、大公宮が、見えてくる。
公都の最奥にそびえる尖塔で彩られる広大な宮は、真っ白だ。
輝ける白の宮と、うたわれることもある。
防衛の役割を果たしてもいる透きとおる湖が広がって、真白き宮を映しだす。
天にも地にも対称にえがかれる宮に、息をのむ。
BLゲームでも『背景まで頑張ってる!』拍手したけれど、実際に見たら世界遺産だよ! すごい!
拍手するキーアに、レォもヨニもトマも、やさしく微笑んでくれる。
3歳のお子さまを見守る目だったよ。
……ちょっと恥ずかしくなったよ。
すべての民に開かれたロデア大公国を象徴するように、大公宮の前庭は誰もが入れるようになっている。
魔法で冬も真白な花々が咲き誇る宮には、たくさんの民が散歩に、観光に来ていた。
外国からも、観光客がやってくるんだよ。
日本だと露店が連なりそうだけど、そこは大公宮なので、露店は不可、敷物を敷いてお弁当を食べるのも不可、お酒を飲んで大声で歌ったりするのも不可、バーベキューも不可だよ! なので、たくさん人はいるけど、静かな空気に満ちている。
前庭のあちこちで槍を掲げた衛士が警護してくれているからだろう。
皆で微笑んで、冬にあまい香りをくゆらせる花々を愛でる、緑の庭だ。
その前庭の奥に、真白き宮が、そびえたつ。
鋼が冬の陽を弾く高い門扉の前には、庭園の衛士よりいかめしい鎧を着た衛士たちが槍を掲げていた。
隣には衛士の詰め所があって、切符売り場みたいに衛士が向こうで座ってくれていて、ちいさな窓がこちらに開いている。謁見に来た人たちは、ここで申告するらしい。
緊張する頬で、キーアは声を張る。
「キピア家次期当主、キーア・キピアと申します。
ルゥイ・トゥナ・ロデア殿下に受けたご厚情をお返しいたしたく、まかりこしました。
執事のホヌ殿に、お取次をお願いします」
ヨニが教えてくれた言葉をそっくりそのまま丸暗記して、トマが教えてくれたとおりに丁寧に膝を折った。
かんぺき!
「お話は伺っております、どうぞこちらへ」
微笑んだ衛士が、後ろの衛士に手をあげる。
「……え?」
門前払いだと思ってたのに!
『ホヌさんに逢わせてくださいー! 嘘じゃないんです、ほんとにルゥイ殿下に白布をお借りして!』
泣き落としをする用意も万端だったのに!
あわあわするキーアに、衛士が笑う。
「キーア・キピアさまがいらっしゃったら、何を差し置いてもご案内するよう、ルゥイ殿下から申しつかっております」
「えぇえ!」
仰け反るキーアの隣で、レォが思いきりぶすくれてる。
ちょっとふくらんだ頬も、尖った唇も、とびきり
「かわいい♡」
うっとり見あげたら、瞬いたレォが、ふいと顔を逸らす。
ぎゅう
手を握ってくれるから
きゅう
熱い頬で握りかえして、笑った。
「どうぞ、こちらへ」
あっさり、通してもらえました!
詰め所から出てきた衛士が手をあげると、大きな鋼の門が開いてく。
「おお……!」
驚嘆するキーアに、レォもヨニもトマも、居並ぶ衛士さんたちも、やさしい目で微笑んでくれた。
3歳のお子さまを見守る目でした。
……はずかしい。
いやでも、だって、すごいよ!
テーマパークみたいだよ!
わくわくするキーアの手を、レォの手がひいてくれる。
衛士さんが先導してくれるなか、キーアは開きそうな口で、白の宮を見あげる。
通い慣れているのだろう、レォの足も瞳も慣れていた。
よけいに恥ずかしくなるけど、だって、すごいよ!
もう二度と来ることもないだろうし、堪能しないと!
ねー!
振りかえったヨニとトマの目は、3歳のお子さまを見守る目だった。
……は、はずかしい。
大公宮は、白い鳥が翼を広げるような形に造られていて、その奥に第一子ルゥイの宮があるという。
BLゲームでさえ滅多と行けない宮に、案内してくれるみたいです──!?
「え、え……!?
ルゥイ殿下の宮に行ってもいいんですか……!?」
ぽかんとするキーアを、微笑んだ衛士が案内してくれた。
衛士がちいさな鐘を鳴らすと、鋼の門が開きゆく。
「わあ……!」
まるきりテーマパーク観光に感動するキーアを迎えに出てくれたルゥイのはちみつの髪が、ふわふわ揺れた。
ルゥイのとろけるような笑顔が、凍りつく笑顔に変わってゆく。
「……その手と、おまけは、何……?」
つながったままの手と、レォに、ルゥイの声が、大地を這ってる。




