だいすきだよ!
「はい~!」
元気に返事をしようとしたキーアの声は、緊張にちょっとふるえて、裏返った。
はずかしい……!
燃える頬でわたわたするキーアの頭を、ルゥイの手がなでなでしてくれる。
やさしい。
「だいじょうぶ」
微笑みが、はちみつです!
かわいい!
かっこいい!
尊い!
勿論拝んだ。
「ありがとうございます、ルゥイ殿下! いってきます!」
元気に手をあげたキーアは、ふるえる足を踏みだした。
講堂の奥の壇上にあがるっていうだけで、どきどきするよね。
卒業式のときに、証書をもらう時くらいしか、あがらないよ。あとはお掃除当番だよ。切ないよ。
藍の緞帳に彩られるように中央に輝くのは、まるくまるく磨きあげられた、おおきな珠だ。
「……わあ」
透明にみえる珠は、まだルゥイの魔力にふるえるように、チカチカしてる。
「だいじょぶですか。ルゥイ殿下の魔力が素晴らしかったから、冷却時間とかいるんじゃ?」
心配なキーアに、珠を覗きこんだ試験官は、微笑んだ。
「ああ、これが見えるのかな。きみも魔力が高いんだね。魔道具が正常に起動している印だから大丈夫。目を閉じて、自分のなかに魔力があるのを感じて。
ゆっくり手をかざしてごらん」
「はい~!」
また緊張に、声がひっくり返った!
はずかしい……!
「ださ」
ぽつりと呟きが聞こえたけど
コォオァアォオ──!
ルゥイ殿下から噴きあがる魔力に、皆がカタカタしてる。
はー、緊張する!
キーアはふるえる指を握る。
魔法が使えるといいなあ!
ファイアーボール!
サンダーストーム!
ウォーターフォール!
ウインドブラスト!
いやそんな詠唱はこの世界にはないけど、RPGゲームみたいにかっこよく魔法を使ってみたいよう!
うなれ、キーアの魔力──!
紀太は魔力ないからね。
応援だよ。
自分のなかにあってほしい魔力を振り絞るように、目を閉じたキーアは、そっとふるえる手をかざす。
チカリ
身体の奥で、何かが瞬いた。
……これが、魔力、なのか、な……?
あったかい。
身体の奥、その奥の、そのまた底から、あたたかな力が、噴きあがる。
ギギャァアァアォオオァアア──!
な、なんか、不吉な音がする──!
あわてて目を開いたら、闇が噴いてた。
「うわあ!」
「ぎゃあア!」
「やばい!」
「逃げろ──!」
ルゥイ殿下のときの歓声とは真逆な、恐怖の悲鳴がこだまする。
「こ、これは……! 闇、炎、風、地、水……!?」
「闇魔法が使えると、他の魔法は使えないはずじゃ……」
「こ、こんな五属性は初めてだ──!」
「魔力量も膨大!」
試験官の皆さんが口々に叫んで、カタカタしてる。
……………………え………………。
……これ、魔法使えるって、よろこんでいいのかな?
皆、めちゃくちゃ引き攣って、強張ってるよ。
はるか向こうで、ぴんくの髪まで、ぷるぷるしてる。
大公立学園の合格発表は、郵送される。
どきどきしながら、スーパー従僕トマと鍛錬したり、畑を耕したり、筋トレしたり、おじいちゃん執事ヨニにお茶の淹れ方を教えてもらったりしつつ郵便屋さんをお待ちしてる場合じゃないよ!
キーアは忘れていない!
ルゥイ殿下に、洗濯してアイロンをかけたナプキンをお返しにゆくのです!
「はちみつ、とれる?」
心配で聞くキーアに、ヨニは微笑んだ。
「だいじょうぶですよ、キーアおぼっちゃま。ちゃんとすぐに下洗いしてくださっていたから、かるく漂白するだけで大丈夫でしょう」
「よかった」
汚したら、すぐに洗う! 鉄則だよね。
お手洗いでちゃんと、しゃぶしゃぶしたんだよ。
『何洗ってんの』
『え、もしかして恥ずかしい汚れ!?』
『ルゥイ殿下に欲情しちゃって、恥ずかしいことに!?』
『えっろ!』
『ひ、わ、い──!』
広いお手洗いに響き渡るくらいに叫ばれたよ。
ルゥイ殿下がいなくてよかった!
恥ずかしすぎる!
『いや、お前らの頭が、えっちすぎるから──!
はちみつだよ!』
反論したら、よけいにうるさくなるって知ってるから、しゃしゃっと洗って、あわあわ退散した。
あわてて洗ったから、ちゃんと落ちてるか心配だったけど、きっとトマとヨニが何とかしてくれるって信じてた!
お手洗いで、えろえろに頭が沸いていた人たちは、魔力測定試験の前にも『爆発しろ!』叫んできたから、ルゥイ殿下に威圧されて、泣いてた。
「そうだ、ルゥイ殿下、ナプキンを貸してくださっただけじゃなくて、俺のこと口撃してきた人たちを威圧してくださったんだよ」
トマとヨニの目が、まるくなった。
「……あのおやさしい、はちみつのようにあまいルゥイ殿下が、威圧、ですか……?」
「……なるほど……?」
ヨニとトマの目が、遠くなってる。
「ナプキンをお返しするだけじゃなくて、何か御礼しようと思うんだけど、家計の事情もあるよね。ルゥイ殿下は贈り物なんて、もらい慣れてるだろうし、どうしよう?」
トマとヨニが素晴らしい案を考えてくれるに違いないと、期待に満ち満ちた目でふたりを見つめるキーアの肩を、スーパー従僕トマがぽんぽんしてくれる。
「キーアおぼっちゃま、俺たちが考えた贈り物を、ルゥイ殿下にさしあげても、ルゥイ殿下は微塵もうれしくないと思います」
トマの言葉に、ヨニもうむうむしてる。
「そうですぞ、キーアおぼっちゃま。ご自分で一生懸命考えた贈り物をさしあげる、これが最高にうれしい贈り物なのです!」
「え、いや、でも、変なのもらったら、うれしくないよね?」
紀太は現実的でした!
贈り物って、アレルギーとかあるお菓子とかをもらったときに『食べられないんです』とは言いにくいし『ありがとう』って微笑んでいただくしかないけど、勿論食べることなくフードドライブゆき(買いすぎちゃって食べきれなさそうな未開封のや、食べられなさそうな未開封の贈り物とかを寄付するのだよ。スーパーとかに箱が置いてあるよ!)になって『おいしかったです♡』って、うそつきで、心が痛いよー! みたいになることもあるんだよー。切ないよー。
さらに『おいしいって言ってくれたから♡』って、またもらったりするんだよ! 申し訳なくて、泣いちゃう!
「泣いちゃう贈り物は、やだ」
涙目なキーアの、もやもやする気持ちを察してくれたらしい、トマとヨニが顔を見あわせる。
「じゃあ、大公殿下御用達のお店に行ってみましょうか」
微笑むヨニに跳びあがる。
「予算は!? うちは火の車だよね、常に!」
あわあわするキーアに、トマが微笑んだ。
「だいじょぶです、キーアおぼっちゃま。そのために、俺たち2人きりでキーアおぼっちゃまにお仕えしてるんですから」
「……え?」
きょとんとするキーアに、ヨニが教えてくれる。
「私とトマは、ふつうの従僕の3倍の賃金をいただいています。3倍の働きができると期待されてのことです。本来なら6人でお仕えするところを2人でお仕えしているので、4人分の食費と光熱費、衣類などの諸経費すべてが浮くのです。それをキーアおぼっちゃまの学費や、ここぞというときの出費に回せるという訳なのです」
ヨニもトマも、仕事ができすぎると思ってた!
キーアが『キピア家次期当主、キーア・キピアですー。よろしくお願いしまーす!』と挨拶するだけでいいのは、ひとえにヨニのおかげだ。
領地で引き籠もる両親に代わって、公都で行わなければならないすべての領主の庶務を、一手に引き受けてくれている。
さすがスーパー執事ヨニ!
料理も厩番も御者も剣術講師も園芸主任もできる、スーパー従僕トマ!
拍手するキーアに、トマの唇が開かれかけて、止まる。
ためらうようにうつむくトマの背を、ヨニのしわの手がそっと、やさしく撫でた。
「今でなくても、またいつか、言えるときが来ますから」
微笑むヨニに、ぎゅっと唇を噛んだトマが、顔をあげる。
思い切ったように、唇を開いた。
「キーアおぼっちゃまにはお話してなかったですが、俺、エゥリケ王国っていうところの孤児で、洗脳されて、暗殺者として働かされていたんです」
「えぇ──!?」
仰け反るキーアに、トマが眉をさげる。
「……やっぱり、こわい、ですか……?」
キーアはぶんぶん首を振った。
「洗脳って、トマ、だいじょうぶなの!? 身体は!?」
泣きだしそうなキーアに、目を瞠ったトマは、微笑んだ。
「だいじょうぶです。バギォ帝国の帝太子を暗殺する命がくだって、バギォ帝国に暗殺に向かった俺たちをぽこぽこにして、洗脳を解いてくれたのが俺の師匠、トゥヤです。どーなつも、トゥヤが教えてくれたんですよ」
おお! トマを救ってくれて、あの誘惑のどーなつを伝授してくれるとか、天使か!
「感情も摩滅して、暗殺と隠密に特化していた俺に、料理や厩番や御者の仕事を叩きこんでくれたのも『よい子の隠密団』の皆です。元暗殺者や、孤児、行くところのない人たちに技能をつけさせて、ひとりで何役もできる、ふつうの従僕の何倍もの価値がある、すごい人として売り込んでくれる」
トマのやさしい栗色の瞳が、ほんのり潤んだ。
「だから俺、護衛も御者も料理もできるからって3倍の給料で雇ってもらえて、遠くのロデア大公国まで来て、キーアおぼっちゃまにお逢いできました」
「うわあん……! トマ! 俺の従僕になってくれて、ありがとう──!」
わあわあ泣いて抱きついたら、トマのちいさな顔が肩にうまる。
「……今まで、言えなくて、ごめんなさい。……キーアおぼっちゃまは……こわく、なられる、かと……」
「トマが、だいすきだよ──!」
ぎゅうぎゅうトマを抱きしめて泣くキーアと、キーアの肩で涙をこほすトマを、一緒に涙ぐんだヨニがなでなでしてくれる。
「よろしゅうございました、キーアおぼっちゃまも、トマも」
「うん……!」
「はい」
ふるえるトマの肩を、抱きしめる。
「うちあけてくれて、ありがとう」
くしゃりとトマの瞳が揺れる。
「聞いてくださって、ありがとうございます」
泣きだしそうなトマを、抱きしめる。
「家族なんだから、当たり前だよ!」
皆で抱きあって、皆で赤い鼻をすすって、笑った。
涙といっしょに皆で笑ったら、お出かけです!
ロデア大公国の公都は、けわしい山脈を背後に、大公宮が最奥の頂点に鎮座し、扇形に広がる街になっている。
大公宮に近づくほど高位貴族の邸が連なるようになっていて、貴族の邸と平民の家が立ち並ぶ間に、鐘の塔がそびえたつ、広やかなまるい広場がある。
公都一番の繁華街だよ。
あざやかな色の天幕が、冬の冷たい風を跳ね返すように揺れている。
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「もぎたての野菜だよ、見てって!」
「焼きたての串だよー!」
「ネメド王国で大人気! 本物のバチルタ印の鳥まん! 直輸入だよー!」
立ち並ぶ露店からは、呼び込みの声が元気に響いた。
いつもなら覗いて、焼き鳥の串を買って、口をタレでいっぱいにするのですが!
今日は大公殿下御用達のお店にゆくのです!
お菓子がすきだって聞いたときのために、ちゃんと洗ってアイロンをかけて、ヨニと一緒にきれいに包んだナプキンも持ってきたよ。
突然伺っても、逢えないかもしれないけど、一応ね。
大公殿下御用達のお店に入るので、ちょっと気張った服を着てきた。ルゥイ殿下に逢いにも行ける服になっている。ヨニが縫い直してくれたんだよ!
高級そうなお店に入ったことのない紀太には、大公殿下御用達のお店なんて、緊張しかない。
どきどきするキーアの左斜め前に立ったトマが、うやうやしく扉を開けてくれる。
「いらっしゃいませ」
店員さんが、一斉に頭をさげてくれる、その一糸乱れぬ角度となめらかさに、跳びあがる。
「……キーア?」
振り向く長い青磁の髪が、さらりと揺れた。
きゃ──!
さすが大公殿下御用達のお店だ!
レォがいる──!




