こぼれます!
大公殿下の第一子、次代の大公との噂も高いルゥイ殿下が、隣にいる。
びっくりな受験の席に、キーアの胸が、とくとく音をたてて駆けてゆく。
参考書と過去問でいっぱいいっぱいだけど、ありえない配置だよね?
顔も名前もないモブなのに!
いや、顔も名前もないモブだからか。
いてもいなくてもどうでもいいから、隣にちょこんと置かれたんだ、理解した!
納得するキーアの隣で揺れるはちみつの髪が、ふわふわしてる。
かわいい。
つい、うっとりしてしまう目を、あわててキーアは参考書に落とした。
最後に基本の魔法陣を復習しておこう。
よく出題されるのは──
ページをめくる手が止まってしまうほど、隣からいい匂いがします──!
『隣に静かに座ってくださっているだけなのに、お勉強の邪魔です、ルゥイ殿下!』
言えない……!
集中、集中、集中だよ、キーア・キピア!
ルゥイ殿下に悶えがちな頭をぎゅっと、はちまきで、ぐるぐるできないのを残念に思いながら、キーアは参考書をめくる。
気配と、ほのかに漂う、とろけそうな香りだけでうっとりさせるとか、さすが攻略対象、しかも人気第一位! ルゥイ殿下だ。
大公殿下の第一子なのに、入学試験を受けにくるんだなあ。
そういえばロデア大公国の防衛を司るレザイ家の第一子のレォも入学試験を受けにきてた。
特別入学みたいな待遇がないなんて、ロデア大公国、すごい!
──ということは、あんぽんたんだと落ちるってことだよ!
ぎゃ──!
涙目になったキーアは最後の最後まで参考書と過去問の模範解答をめくり続ける。
もう、ふわふわの髪も、いい匂いも気にならない!
必死!
必死だよ!
二度と皆に逢えなくなっちゃう──!
潤んできそうな視界で模範解答を頭に叩き込んでいたら、扉が開いた。
「これより、ロデア大公立学園、魔法科、入学試験を始める! 机のうえには筆記具だけを置き、他は鞄に仕舞いなさい」
あわあわ参考書と過去問を持ってきた鞄に仕舞おうとしたら、ふるえる手が滑った。
バサバサバサ──!
派手な音をたてて、本が手から落ちてゆく。
お約束だ! ぎゃ──!
「何あれ」
「みっともないな」
「こんなにギリギリまで勉強するなんて」
「頭悪い子は大変だねー」
「だっさ」
嘲笑が聞こえる。
おおむね真実なところが反論できない。
しょんぼりしつつ参考書を拾ったら
「だいじょうぶ?」
長い指が、のびてくる。
「はい、どうぞ」
輝くような微笑みで、隣のルゥイ殿下が、過去問を拾ってくれました!
「きゃー! ご、ごめんなさい!」
攻略対象の手を煩わせるなんて、申しわけない!
顔も名前もないモブに、あるまじき事態だ!
「落ち着いて。頑張って勉強したんでしょう?」
ルゥイが、若葉の瞳で見つめてくれる。
「きっと、できる」
蜜の髪をふわふわ揺らして微笑んでくれるルゥイが、輝いてる!
スチル間違いない──!
何だこの輝き!
まぶしい──!
拝んだ。
反射です。
生スチル、尊すぎる……!
皆がちゃんと筆記具だけを机のうえに出しているか、確認するために巡回に来た試験官の足が止まった。
「学術試験を開始するぞー。机のうえは筆記用具だけにしようなー」
ちっちゃい子どもを諭すように、試験官に頭をぽふぽふされたキーアの耳から、文字がこぼれそうだ!
やーめーてー!
「たたかないでください! 覚えたのが零れるから!」
泣きだしそうなキーアに、試験官がビクってしてる。
「うお! す、すまん!」
あわあわした試験官が、キーアの顔を二度見した。
「ま、また君か──!」
きょとんとしたキーアは、レォに『キーアの頭を撫でたくなくなるように、してさしあげます』戦いを挑まれた試験官だったと思いだす。
おお! 今日は泣いてない!
お元気でしたか。よかった。
「先日はお世話になりました」
覚えたことがこぼれ落ちないように、そーっと頭をさげたら、隣がひんやりしてる。
「……知りあいなの?」
いつも甘い感じの腰砕けボイスが、ちょっと低いです、ルゥイ殿下。
あんまり試験前に会話したくないんだけど、仕方ない!
「この間の騎士科の入学試験で、お世話になりました」
「……騎士科……!?」
ぽかんとしてるルゥイの若葉の瞳がまるくなって、はちみつの髪が、ほわほわしてる。
かっこかわいー!
イケメンは何をしてもイケメンだ。
思わず拝んだ。
反射が止まらない!
あぁあ、こんなことしてたら、せっかく復習した魔法陣が、こぼれ落ちてゆく~!
「はは、きみはレォくんにも祈りを捧げていたなあ。確かにロデア大公国の次期双頭だ」
恥ずかしいことを、魔法科の試験会場で暴露しないでください!
キーアにとっては拝むなんだけど、BLゲームの世界の人には、祈りを捧げているように見えるらしい。
まだよかった!
武運とか幸運とかを祈っているように見えてたらいいな!
真実は、その佇まいと顔面と足の長さとたまらない声とやさしさと微笑みを崇めています。
ごめんなさい。
恥ずかしくて、熱い頬で、きっと試験官を睨んでしまったキーアの隣が、更に冷たくなった。
「……どういうこと?」
あまいはずの声が、更に低くなってます、ルゥイ殿下。
なぜ突然おこなのかは不明だけど、緑の目が切れあがって怖いです、ルゥイ殿下!
おこさえも、かっこいーなんて、さすが攻略対象、人気投票第一位!
「はー♡ ルゥイさま、かっこいー!」
拝んだ途端に、またなんか精霊語と魔法理論がこぼれた気がする……!
し、しかしもう参考書は開けない!
ぽこぽこん
せっかく復習した魔法陣が落ちてゆく音がする──!
「あぅう……またなんか落ちた……」
涙目になるキーアに、ルゥイがちいさく笑う。
「だいじょうぶ。落ちてないよ」
頭をなでなでなでなでしてくれるルゥイが近くて、ものすごくいい匂いがする──!
「きゃ──!」
歓声をあげてしまったのに、不敬満開なのに、にこにこしてくれるルゥイがやさしい。
「一緒に、がんばろうね」
ふわふわ揺れる髪も、やわらかに細められた若葉の瞳も、さくらの唇にえがかれた微笑みまで、とろけそうにあまい、はちみつだ。
「は、はい!」
きゃ──♡
さすが人気投票第一位!
かっこよさも、腰が砕けるやさしい声も、とろけるはちみつの笑顔も、突き抜けてる!
きゃわきゃわしてたら、痛い視線が刺さってきた。
「試験前だぞ?」
「いちゃつくとか、何!?」
「しかも次期大公さまだろうルゥイ殿下と!?」
「何様だよ、あいつ──!」
「むかちゅく──!」
「爆発しろ!」
うお!
ま、また『爆発しろ!』叫ばれてしまいました……
な、なんか、顔も名前もないモブなのに、リアルが充実してるとか、ほんとにありえないのに──
いやでもおじいちゃん執事ヨニも、スーパー従僕トマもめちゃくちゃやさしいし、慰めるためだけだけど攻略対象でBLゲームよりもめちゃくちゃかっこよくてやさしいレォが抱っこしてくれたし、手伝ってくれただけだけど攻略対象でBLゲームよりもめちゃくちゃあまくてやさしいルゥイ殿下が過去問を拾ってくれて微笑んでくれたし──
……も、もしかして、果てしなく、リアルが充実している──!?
あばばばば!
なんかごめん。
まだ見ぬ主人公にも、伴侶(予定)な悪役令息ネィトにも!
いちおうまだ伴侶(予定)だから。もうすぐ伴侶(予定)じゃなくなると思うけど!
ふたりとも受験してるのかなあ。
ルゥイ殿下まで受験してるんだから、きっと、どこかにいるよね。
一緒にがんばろー!
真っ青になったり、真っ赤になったりしているのだろうキーアの頭を、ルゥイ殿下の大きなごつごつの手がなでなでしてくれる。
鍛錬を重ねた手だ。
勉学だけを頑張ってるわけじゃない。
尊敬の目で見あげたら、微笑んでくれる。
「殺す?」
……………………え…………?
何を? 蚊でもいましたか? 冬なのに?
なんかこれ、騎士科の試験のときにも思った気がする──!
「こりゃ。いちゃつくのはお家に帰ってから! 試験だぞ!」
試験官に叱られました。
試験前なのに、ごめんなさい。
これも騎士科の試験のときにやった気がする──!
あわあわしながらペンを握ったキーアの視界の隅を、ぴんくの髪が過った気がするけど、今は試験だ!
集中しよう!
と思ったけど……頭は真っ白だ。
うわあん!
最後の最後に詰めこんだすべてが、吹っ飛んだよ──!
「これより、ロデア大公立学園、魔法科、学術試験を開始する──!」




