お勉強だよ
騎士科の試験は、まあまあキーアはがんばれたと思う!
腹筋と背筋はトマの特訓のおかげで、しゃかしゃかできたけれど、握力はちょっと心配だ。
ちっちゃい手だからか、あんまり筋肉がもりもりしないからなのか、そんなにないかもしれない。
筋肉は裏切らないはずなのに……!
ちょこっと涙目だよ。
剣とも盾ともなれるガチムチな長身を求めがちな騎士科で、キーアの成長途中な身体は評価されないかもしれない。
そう、成長途中なのだ!
ちっちゃくない!!!
というわけで、騎士科に落ちたら攻略対象にも推しにも逢えなくて大変なので、魔法科も受験にゆくよ!
「勉強はキーアが頑張ってたから大丈夫だよなー」
鼻歌で過去問を解こうと、ぺらりとページをめくった。
…………………………。
なにこの暗号。
居並ぶ設問の意味さえ解らなかった。
あ、読めなくはないよ。文字も話してるのも日本語じゃないけど、読めるし話せる。キーアの記憶もあるからね。
書いてある文字は読めるのに、意味が全く分からない──!
……いや、ちょっと待て。
読めない文字もある!
魔法の言葉? 精霊文字? ぜんっっぜん! 読めないんですけど──!
「えぇえ! ちょっと! 今まで何やってたの!」
おこな紀太に、キーアが沈黙してる。
勉強の記憶がなくて、脂っこいお菓子を食べに食べに食べまくってた、しあわせしかないんですけど──!
「これはさ……そりゃあさ、伴侶(予定)やだって言われるよ……」
食べてるだけか──!
紀太に糾弾されたキーアが小さくなろうとして、なれてないから!
両手にドーナツ持って、食べかすついてるから!
「き、キーアおぼっちゃま、魔法科の学術試験は大変に難しいと評判なのです。あまり解ける方がいらっしゃらないという噂もございます。魔力があり、貴族であれば合格するとのお話です」
教えてくれるヨニがやさしいのはわかるけど、あっまーい!
「落ちたらどうすんの! 3次元な攻略対象を遠くから拝むっていう異世界転生特典が消滅するとか、泣いちゃう──!」
絶望だよ!
異世界転生の意味がない──!
『キーアは勉強してるよねー。痩せて騎士科に受かることだけに専念しよう!』
過去問をチラ見さえしなかった自分が、あんぽんたんでした……!
襲いくる絶望に、キーアの肩が落ちる。
「……一週間しかないよ……どうしよう、ヨニ」
やさしいヨニの目が、泳いでる……!
「……よく集中できるお茶でもお淹れしましょうか」
いー匂いのするお茶を淹れてくれたよ。
ありがとう、ヨニ。
「……どうしよう、トマ……」
スーパー従僕トマが、きらきら笑顔で、拳を握ってくれる。
「がんばって、キーアおぼっちゃま!」
ふたりとも、やさしい!
「うわぁああん! がんばるよ、トマ、ヨニ!」
抱きあって、ぬくぬくしたら、ちょっと落ち着いた。
安心のヨニとトマの香り!
ふんふんしちゃう!
……今度レォさまに逢っても、ふんふんしちゃうと思うな。
えへへへへ。
抱っこしてくれた一生の思い出をよみがえらせるだけで、顔がにやけてとろける。
ほわほわ熱い頬で、笑ってしまう。
もし騎士科に落ちたとしても、魔法科で合格できたら、また逢えるよ。
がんばろー!
『1週間しかない』と思うか『1週間もある』と思うのかでも、全然違うよ!
とりあえず、白いタオルではちまきしてみた。
なんとなく!
なんか合格する気がしない?
形から入ってみました!
試験勉強なんて、久しぶりだなあ。
前世の紀太は高校生だったかもしれないけれど、半年くらいトマと一緒にダイエットと鍛錬に励みに励みに励んだので、勉強なんて一切しなかったよ!
……ニューキーアもわるかった。
前のキーアばっかり責めてごめんよ。
ちょこっと反省した!
試験勉強かあ。
高校の中間とか、期末? 試験前の一日しか勉強しなかったことを思いだしたよ。
それに比べたら、1週間も勉強するのは、かなりがんばる方なんじゃ?
よし、やってやるぜ!
ぱんぱん、ほっぺたをはたいたキーアは、気合を入れる。
ヨニとトマが、ちいさきものを見る目になってる。
最近、この目する人多いね。
前は、おっきい人を見る目だったからね。
がんばって痩せたということにしておきましょう!
ちっちゃいとか、聞こえないぜ!
キーアは早速、大公立学園、魔法科の過去の入試問題が集められた本を開いた。
本はとても高価なのだけれど、過去問は両親がなけなしのお金をはたいて買ってくれたらしい。
ないと勉強しようもないからね。
それでも勉強しなかった、キーア──!
しょんぼりするキーアのまるい背中が見えた気がして、わたわたする。
いやいや、ニューキーアもわるかった。
全然使ってなかったらしい机は、ヨニとトマのおかげで、ぴかぴかだ。
紙は高価なので裏紙を使うよ。
つけペンを持ったら、準備完了だ。
「過去問あるの、うれしーな。参考書は?」
「こちらに!」
しゃっと出してくれるヨニが、輝いてる。
「よし! 限界までがんばるぞ! おー!」
前世の受験の戦法そのままに、とりあえず過去問を解く → 意味わからないが、とにかく解答を読む → 参考書で設問と解答の意味を理解する → もう一度過去問を解く、をぐるんぐるん繰り返してみたよ!
「なんか、詰め込みすぎてきもちわるい……」
頭が、ぐらんぐらんする……!
ぐるんぐるんしすぎ?
魔法の仕組みって『うりゃー!』とか『イメージの世界です』じゃなくて、なんかむつかしい理論があるみたいだよ。魔素とかなんとか、ごちゃごちゃしてる!
陰陽五行みたいなのかなと思ったら、なんかややこしいよー。
魔法で使われる精霊語、象形文字みたいだよー。
『ロデア大公国で広く知られる魔法理論を憶えて、精霊語を憶えて、魔法陣を記述できるようになり、1週間で魔法科の入学試験を突破する』とか、無理ゲーじゃない?
涙目になるたび
「がんばって、キーアおぼっちゃま!」
「お茶とお菓子をお持ちしました、キーアおぼっちゃま!」
トマとヨニが応援してくれる。うれしい。
ことりと置かれた白いお皿にちょこんと載っているのは、白い粉砂糖をまぶしたドーナツだ!
「はむはむ。うまー! あげたて、うまー!」
じゅわっと染みでる熱い油と、あまーい粉砂糖がまじりあって、最高の味わいだよ、トマ!
……これを食べちゃうと、延々食べたくなって、両手に持ってかじりついちゃうのも、わかる。
『あーもー、このさいわいを口にするだけでいい!』って、ぶよぶよんだるだるんになるのも、わかる!
『でしょ!?』
キーアが急に元気になった気がする。
「いや、勉強して?」
突っ込んだら静かになった。
しかし、あつあつドーナツ
「おいしーよ、トマ! 最高だよ!」
この世界にもドーナツあるとか、最高か!
「えへへ。師匠直伝のおやつなんです。僕もがんばりました」
照れ照れ笑ってくれるトマが可愛すぎる!
「ありがとー、トマ! ヨニの、さっぱりしたお茶が最高にあう!」
「わ、私もがんばります、キーアおぼっちゃま!」
ヨニとトマという最高のふたりが支えてくれるから、鼻血の出そうな受験勉強もがんばれる!
おいしいドーナツを頬張りながら、がんばってみました。
「はにゃー、わからん。もぐもぐ♡
うう、むつかしい。うまうま♡
トマ、天才じゃない!?」
「えへへ、キーアおぼっちゃまも、頑張って!」
トマのドーナツと応援と
「集中力をあげるお茶です、キーアおぼっちゃま!」
ヨニのお茶で、無限ループでがんばれるよ!
『……紀太も食べまくってるじゃん……食べかすついてるじゃん……』
キーアの声が聞こえた気がするけど!
「俺は限界を突破するほど頑張って勉強するために、糖分が必要なんだよおぉおお!」
叫んだら大人しくなった。
ニューキーアは、紀太のほうが強いみたいだよ!




