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悪役令息の伴侶(予定)に転生しました  作者:   *  


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20/120

剣術試験だよ!




 キーアはひとつ、息を吸う。


 闘技場の中央へと進み、双剣を抜いたキーアに、周りの受験生たちから失笑が漏れた。


「おい、見ろよ」


「剣まで、ちっさ!」


「やっぱ迷子じゃね?」


「だっさ」


 ふんとキーアは鼻を鳴らす。


 騎士科の入学試験では、使い慣れた剣を持ってきていい。

 槍は不可だが、剣なら何でもいいと許可が出ていた。


 ちゃんと事前に確認したよ!

 双剣も短剣も問題ない。


 転生したモブの役割は、悪役令息の伴侶(予定)だ。多少の中傷、いや、かなりな糾弾は覚悟してる。


 イケメンに叱られたら、泣いちゃうけど──!

 フツメンにディスられたら『はぁ?』だよ。

 自分もモブなのに、ごめんよ、モブ!



 最初はキーアも長剣を使いたかった。

 でも何でもできる従僕トマは首を振る。


『体格と力量と特性に合わせた武器を使うのが大切です。キーアおぼっちゃま、ぷよってるのが治ったら、意外に身軽で速いですよね。そっち特化でいきましょう!』


 剣術講師までしてくれるスーパー従僕トマの言うことは絶対だ。


 物置で埃を被っていた30キロとかありそうな重たい鋼の鎧を着て、飛んだり跳ねたりしろというトマが鬼監督に見えたりしたけど、最初は筋肉痛で起きあがれなくなったけど、泣きながら頑張ったよ!


 トマのやさしく厳しい指導の元、キーアに最も向いているのは双剣と判明した。小ぶりな三日月形の剣だ。両手で持って攻撃する。


『かっこいー!』


 喜ぶキーアに、トマは攻撃や防御の基礎から教えてくれた。


 勿論、重たい鋼の甲冑を着たままで。


 腕をあげるだけで


『ふにににに!』


 という感じなのですよ。

 剣を持って、突撃するとかね?

 走るとかね?

 疲れてくると、立ってることさえ


『無理ですぅうう──!』ってなる。


『無理だって思ってからのひと踏ん張りで、筋肉は最高に鍛えられるのです!

 もうちょっと、がんばってみましょー!』


 キーアが怪我をしてしまうほんとうの限界を知り尽くしてくれているのだろうトマが励ましてくれるから、泣きながら頑張った!


『騎士の剣を受け流すか、突っ込んで首に剣を突きつけられたら、騎士科の試験はだいじょぶだと思います!』


 双剣のエキスパートになるわけじゃなくて、騎士科の試験に合格する、という目標を立てて頑張ったよ!


『まあでも騎士の長剣は、あんぽんたんみたいに重いですから、受け流すにしても、キーアさまの体格ではかなりきついです。できたら首狙いでいきましょう!』


『はい、トマ先生!』


 というわけで、ニューキーア、がんばりました!



 今日はね、久しぶりにね、あのクソ重たい30キロの甲冑を脱いだのです!


『……え、お風呂は脱ぐんじゃないの?』


『お肌が荒れたら大変ですからね、一部ずつ脱いで洗いましょう』


 というわけで、腕を外して身体を洗う、鎧も一緒に洗って拭いたらすぐ装着、脛を外して洗う、みたいになってたんだよ──!

 ひどいよー!


 でもその涙の特訓のおかげで、鎧を脱いだら、ものすんごく! 身体が軽いのです!


 ふにふにって腹筋百回も、背筋百回も、ものすごくものすごく楽だったよ!


 歩いてるのに、飛んでる感じ?


 ふわふわしてる。


 ちょっと感覚をつかむのが難しかったけど、午前中の体力試験のおかげで、だいぶ慣れてきたよ。


 すべてはスーパー従僕トマの素晴らしい計算です。


 ありがとう、トマ!




 闘技場の土の感触を確かめるように、キーアは、とんとん、軽く跳んで、足首を回す。


 跳べる。


 いつもより、ずっとずっと軽い。

 力の加減も、だいじょうぶ、だと思う!

 跳びすぎるとか、人間だからね、忍者じゃないからね、だいじょぶなはず!


「キーア・キピア、だいじょぶかな?」


 まだちょっと涙目なガチムチ試験官が心配してくれてる。


 コキコキ首と手首を鳴らしたキーアは、手を挙げた。



「いけます!」


 レォに鎧と剣を砕かれて吹っ飛ばされた騎士はお休みになったので、違う騎士が鎧と剣を申し訳なさそうに構えてくれた。


「すまんが、手加減はできん」


 やさしいけど、厳しい。

 さすが現役騎士だ。


「だいじょぶです、よろしくお願いします!」


 丁寧に礼をしたら、試験官が手をあげる。


「構え!」


 逆手に持った双剣を構え、上体を下げる。



「なんだあの構え?」


「だいじょぶかよ」


「吹っ飛ばされたら泣いちゃうぜ」


「かわいそうに!」


 嘲笑う声が闘技場にこだました。


 ふんと鼻を鳴らしたキーアは、集中する。


 キィイン──!


 すべての音が、遠くなる。

 自分の呼吸と鼓動の振動だけが、キーアを揺らした。



「はじめ!」


 ドォン──!


 駆けるキーアの踵が、土を蹴る。


 トマが教えてくれた全力加速で、一気にトップスピードに乗った。


 目を剥いた騎士が振りおろす剣が、まるでお遊戯のように、ゆっくり、ゆっくり見えた。



 タン──!


 軽やかに大地を蹴り、中空へと舞いあがる。


 身体が、かるい。


 午前中で慣れたつもりだったけど、思ったより跳んだ。


 ──……楽しい。


 大公立学園の騎士科の試験なのに、わくわくする。


 自分の身体が、自分のものじゃないみたいに軽くて、何でもできる気がする。


 いつもの十分の一の力で、驚くような速さで、身体が思う以上の動きをしてくれる。


 夢みたいだ。



「な──!」


「た、高い──!」


「なんだあれ──!」


 ざわつく闘技場の声も、聞こえない。



 騎士が振りおろす剣の起動より、高く、高く跳んだキーアの身体が、中空で、あざやかに、ひるがえる。


 抜き身の双剣の刃が、冬の陽にきらめいた。



 シャ──!


 騎士の後ろへと降りてゆくキーアの双剣が、騎士の喉仏で交差する。



 トン


 かろやかに地に降りたキーアの足が、かすかな音をたてた。



「ヒィ──!」


 嘲笑が、消える。


 広やかな闘技場から、音が消えた。


 キーアが蹴った大地がたてた土煙が、消えてゆく。



「──しょ、勝者、キーア・キピア!」


 告げる試験官の声が、ふるえてる。






 誰も、声を立てなかった。


「構え!」


 今度は力を抜いて、キーアは双剣を構える。


 全身から、やわらかに緊張と強張りを解く。

 すべての攻撃に、即時に対処できるように。


 武芸をたしなんでいない人には、ただ立っているだけのように見えるかもしれない。


『隙がない! って俺が思えるまで、がんばってくださいー!』


 やさしく厳しいトマの特訓で頑張ったよ!


 だから、たぶん、今のキーアには、隙がない。


 相対する騎士は、それを解ってくれる人なのだろう、目が、変わる。



「はじめ!」


「うおりゃぁあア──!」


 手加減は不要と思われたのだろうか、突っ込んでくる騎士に、ちいさく笑った。


 トマの、読み通りだ。


『最初は、思いきりいきましょう。1本取れたら、次はおそらく騎士は突っ込んできます。

 最小限の動きで躱してください。最小限だと、試験官に印象づけられますからね!』


 突進してくる鋼の鎧をまとった長身のガチムチ騎士は、それだけで威圧と恐怖だ。

 まだ成長途中なキーアが当たったら、吹っ飛ばされる。


 本能的に、腰が引ける。

 距離を、取りたい。

 足が、動きそうになる。


 最小限の動きなんて、怖くて無理──!


 あまりの質量に、おびえる紀太とキーアを薙ぎ倒してくれるのは、トマの笑顔だ。


『こんなに頑張れたんだから、キーアお坊ちゃんなら、できますよ!』


『もう無理だよぉお』


 泣くたびに、励ましてくれた。


『俺が信じてるキーアお坊ちゃんを、信じてあげてください』


 いつも肩を叩いて、笑ってくれた。


 トマ師匠の弟子だから、絶対に、やれる。



 本能的な恐怖まで、遠くなる。


 ブゥン──!


 唸るように振りおろされる重い長剣の軌跡の反対側へと、キーアは一歩、踏みだした。


 双剣の刃が、風を斬る。


 シャ──!


 頸動脈に突きつけられた刃に、騎士の喉仏が、ごくりと動いた。



 皆が息をのむ音だけが聞こえる。


 土煙さえ、なかった。



「──っ しょ、勝者、キーア・キピア! 2本先取により、キーア・キピアの勝利となる!」


 ふるえる声が、叫んだ。



「ありがとうございました!」


 丁寧に一礼したキーアは、飛びあがる。



「わーい!」


 勝てた、ということは、合格に一歩近づいたかも!


 やた!



 ぴょこぴょこ跳ねたキーアは、首を傾げる。


 拍手してくれるかな、と思ったのに、無音だった。



 ──え、レォも拍手してくれないの?


 がんばれって言ってくれたのに?



 しょんぼり振り返る。



 皆、あんぐりしてた。


 ぷるぷるしてる。


 涙目な人までいた。



「……すんげえのが来たな」



 ガダ先輩の呟きだけが、落ちてゆく。








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