もぶ……!
突き飛ばされて思いきり頭を打った衝撃で、キーアは紀太だった前世を思いだしたらしい。
ロデア大公国の上位貴族キピア家の次期当主で、落ち着いたといえば聞こえはいいが、引っ込み思案でもごもごしてるもっさりくん、これぞモブなキーア・キピア
と
日本の元気な男子高校生、もしくは会社員、もしくはアルバイト? 死因不明だけど、いやほんとに死んじゃった!? とにかく元気でBLゲームが大すきな室矢紀太
が合体したみたいです。
「ニューキーア、爆誕!」
両手を掲げるニューキーアに、おじいちゃん執事なヨニが、おろおろしてる。
キーアの記憶が徐々に蘇ってきて、おじいちゃん執事の名前も思い出したよ。
「キーアおぼっちゃま、やはり打ちどころがお悪うございましたか……!」
泣きそうなじいちゃんヨニの背中をぽんぽんする。
「だいじょぶ、なんか記憶が錯乱してるけど、たぶんキーアの記憶もある。紀太の記憶もある。
異世界転生きた──!」
踊ってみた。
ヨニおじいちゃんが卒倒しそうになってる。
異世界転生とか、ほんとにあるんだなー、すごいなー、うれしいなー!
ほくほくしていたキーアは、ヨニおじいちゃんにベッドに押しこめられてしばらくしてから、自分の立場を振りかえってみた。
確かネィトは、BLゲームの悪役令息だ。
キーアは、その伴侶(予定)らしい。
ゲームで出てきたかなあ?
紀太の記憶を探索したキーアは、首を捻る。
『きみがしっかりしていないから、ネィトが奔放に振る舞うんじゃないのか?』
『伴侶(予定)にないがしろにされるのは、どうかと思う』
攻略対象に糾弾されてた!
そう、高位貴族のネィトに言いにくいからなのか、文句が伴侶(予定)のキーアに来てた!
ゲームで必要とされるのは、攻略対象のご尊顔であって、モブの顔ではない。
よってキーアは、後頭部しか出なかった。
モブっていってもさ、ほら、ちょっと顔があったりするよな?
あっさりした皆一緒の顔だったとしても、ちょんちょんだけだったとしても、目と鼻と口はあるだろ?
後頭部だけって酷くない!?
さらに名前を考えるのも面倒くさかったのか『ネィトの伴侶(予定)』ってなってた!
これが主人公が攻略に失敗してバッドエンドになったり友情エンドになったりすると、悪役令息ネィトが主人公が狙ってた攻略対象とくっついて、むかちゅく悪役令息しあわせエンドスチルが出現する。
伴侶(予定)は、なかったことにされるんだよ!
予定だから。決定じゃないから。嘘なんて一ミリもついてない。
顔もない、名前もない、いらない時はなかったことにされるモブ──!
……さみしい。
泣いてないもん。
せっかくの異世界転生なのに~
せっかく大すきなBLゲームの世界に転生したのに~
王道の悪役令息に転生するんじゃなくて、後頭部しか出ない、名前もない、なかったことにされるモブって何~?
「キーアおぼっちゃま、泣かないでください……!」
「うわあん、ヨニ……! 俺の味方はヨニだけだよ──!」
「おぼっちゃま!」
ひしと抱きあっていたら、寝室の扉がノックされた。
ひょこりと顔を覗かせたのは、従僕のトマだ。
「あのう、キーアおぼっちゃま、その……ネィトさまが、お見舞いにいらっしゃいました──お会いになりますか?」