泣いてない
がんばって鍛えたら、筋肉はついてくれる。
筋肉は、裏切らない。
でも身長は、がんばって牛乳をのむとか、ぶら下がるとかはできるけど、効果が出るかは個人差だ。
『ちっちゃい』
可愛がってくれるつもりでも、ほんとは背が高くなりたいと願っていたら、傷つくこともあるんだよ。
「ひどい!」
ちょっと涙目になったら、青磁の瞳が見開かれた。
長い髪が、揺れる。
まだ一応試験中なのに、試験官の
「お、おい! レォ・レザイ!?」
も振り切るように、レォが駆けてくる。
「ごめん! キーア、ごめん、泣かせるつもりじゃ……」
青磁の瞳が、揺れている。
びっくりしたみたいに、うろたえて、あわあわしてるレォ、BLゲームでも見たことないかも──!
めちゃくちゃ貴重なレアスチルを堪能したいのに、弱い涙腺が邪魔をする。
「な、泣いてない!」
ぐすぐす鼻をすすったら
「ごめん」
ぎゅう
抱きしめてくれる。
何が起こったのか、畏れ多すぎて、尊すぎて、頭が理解を放棄した。
……ぎゅって、くっつく身体が、あったかい。
はー♡ レォの、めちゃくちゃいー匂いがする……!
しなやかなレォの腕のなかにすっぽり収まってしまう身体が、包みこまれるように、抱きしめられ……て、る……?
すんごいイケメンで攻略対象のレォさまが、抱っこ……してくれてる……!?
なんだこれ、夢か?
現実だなんて、ありえないよな?
いー匂いして、あったかい夢だな、わかったぞ!
「いひゃい」
引っ張ってみたほっぺたが、痛い。
これって、もし夢じゃなかったら、ものすごく主人公ポジじゃない……?
いやBLゲームには試験もなかったし、こんなイベントもなかったけど!
フルコンプしたから、間違いない。
顔も名前もないモブなのに……!
まだ見ぬ主人公、レォさま狙いだったら、なんかごめん!
いやでもこれは『ごめんね』って慰めてくれる抱っこだから、攻略とか親愛とか関係ないと思うよ。たぶん……!
自分で言ったら傷つくけど、ほら、ちっちゃな子どもを慰める、あれだよ、きっと!
あわあわしたキーアは、ほんとはちっとも離れたくないレォの、とびきりいい香りのする腕のなかから抜けだした。
ぐいと腕で、目をぬぐう。
「謝ってくれたから、もう平気」
火照る頬で笑ったら、長い指がそっとまなじりに伸びてくる。
「……ごめん、キーア」
伏せた青磁のまつげが、ふわふわ揺れた。
「もう『ちっちゃい』って言わない?」
見あげたら、目をあわせてくれる。
「言わない!」
ものすごく真剣な瞳で宣言してくれた。
その気持ちが
その瞳が
やさしくて
うれしくて
鼓動が跳ねる。
「へへ、ありがとう」
照れ照れ熱い頬で笑ったら、ほっとしたように朱い頬で微笑んでくれる。
もういちど、しなやかな腕がのびてくる。
……抱っこ、されちゃうのかな。
抱っこ、してくれるのかな。
レォを見あげる目が、きっと、ほんのり甘くなってる。
どきどきする胸と熱い耳で、レォだけを見つめるキーアを、低い声が遮った。
「えー、レォ・レザイの試験は優で終了とし、剣術試験を再開する!」
泣いていたガチムチ試験官が復活したらしい。
レォの腕が、止まった。
しょんぼりした。
モブなのに、ごめんなさい!
そうでした、自分は顔も名前もないモブだった!
攻略対象に近づくとか、抱っこしてもらえるとか……! 畏れ多い!
遠くから、きらきらを鑑賞させていただくのが、適切な位置なのです。
でも、レォのやさしさは、とびきり、うれしい。
慰めの抱っこも、めちゃくちゃうれしかった!
一生の思い出だよ、ありがとう!
「二番、キーア・キピア!」
呼ばれて、あわあわ跳びあがる。
レォさまの世界になってた!
さすが攻略対象、見つめてるだけで、大事な騎士科の試験まで吹き飛ぶよ──!
「は、はい!」
あわてて闘技場の中央へと進もうとしたキーアの手を、後ろからのびたレォの手がつかまえる。
「騎士の剣を止められたら、合格だ。
だめでも、泣いたり、投げだしたりしなければ大丈夫」
「騎士科、一緒に通えるように、がんばる」
まだ熱い頬で笑ったら、繋がる手をぎゅうぎゅう握ってくれた。
「がんばれ、キーア」
泣きだしそうな瞳で応援してくれるから、びっくりした。
ほんとうに、心配してくれてる……?
攻略対象のレォさまが、顔も名前もないモブの合格を、祈ってくれる?
なんてやさしいイケメン──!
認めたくないけど、小柄で迷子っぽいから、ガチムチ騎士に圧倒されちゃうと心配してくれたのかもしれない。
ちっちゃい子どもが、でっかい騎士にいじめられるのを想像するだけで涙ぐんじゃうような、やさしいレォを慰めたくて、キーアはつま先立ちになる。
背伸びするキーアを、すぐわかってくれたレォが、長身を折り曲げるように屈んでくれる。
のばした手で、レォのちいさな頭をなでなでした。
でっかいガチムチ騎士と試合なんてしたことないから、ちょっと不安なのは否めないけれど、スーパー従僕トマが鍛えてくれたから、たぶん、だいじょうぶ!
だから、心配しないでね。
言葉は、擦り抜けてしまうと思うから。
レォのぬくもりが、キーアを包んでくれたみたいに。
キーアのてのひらが、レォをあたためたらいい。
なでなでするちいさな頭が、たまらなく、かわいい。
蕩けてしまう頬で、笑う。
「だいじょうぶ。俺、つよい子だから」
たぶん!
安心させたくて、笑う。
ちっちゃい子どもじゃないよって、見せてあげたい。
揺れるレォの瞳を見あげて、微笑んだ。
「ちゃんと合格するから。見てて」
ほんのり熱い頬で笑って、手を挙げた。




