私闘?
「こりゃ。騎士科試験だぞ。私闘は厳禁だ」
屈んでいたから、ちょうどいいところにあったのだろう、レォの頭をぽふぽふしたガチムチ試験官が笑った。
頭を撫でられたレォの青磁の瞳がまるくなる。
ちょっと照れたみたいに、ほんのり眦が朱くなって、ふわふわの長いまつげが伏せられる。
「かわいー!」
ガチムチ試験官のなでなでに、照れ照れなレォさま、かわいーよ!
きゃ──!
もだもだしてたら、レォのまなじりが、更に紅くなって
「こりゃ!」
叱られました。
ごめんなさい。
なごやかな雰囲気(キーアだけが和やかで、他の皆は『爆発しろ!』かもしれないけど!)は、現役のガチムチ騎士たちが闘技場に入ってきた瞬間、引き締まった。
隊列を組んで行進しているわけじゃない。
三々五々入ってくる、鋼の鎧をまとう見あげるほど背の高い騎士たちすべてに、隙がない。
鎧に覆われていてさえ、鍛えあげられた身体が透けるようだった。
重い鎧をまとい、常と変わらぬように歩く。
それがどれだけ大変なことか、ちっちゃな邸の物置の奥深くに仕舞われていた鎧を発掘し、着てみたキーアは知っている。
30キロとかあるんだよ!
すんごいよ?
着て動いたら、全身筋肉痛!
鎧の重さで起きあがれない以前に、筋肉痛で寝台から出られない!
スーパー従僕トマに
「ずっと着て鍛錬しましょう!」
笑顔で言われたときは、泣いちゃったよ!
そんな鎧を軽々着こなして、まるで服を着ているように動く。
できるだけで拍手しちゃう!
「いやまだ早いから」
ガチムチ試験官に拍手を止められました。
目をまるくした現役騎士たちが、笑ってる。
ちょっと場が、なごやかになったよ。
「なんだよ、あの迷子」
「遊び気分じゃねえの?」
「記念受験とか?」
「それでいちゃついてんだ」
「うざ」
気のせいでした!
「──殺す?」
すがめられたレォの目が、切れあがる。
闘気があふれてるから!
「私闘は不可!
これから試験だから!」
ガチムチ試験官まで、あわあわしてる。
騎士たちが並んで、手を挙げる。
頷いた試験官が、声を張る。
「これより大公立学園、剣術試験をはじめる!
持久力試験の順位順に行うこととする!」
皆の視線が、ひとりに集中する。
「一番、レォ・レザイ!」
「は」
長い髪をひとつに束ねたレォが背を正す。
振りかえって、首を傾げた。
「応援は?」
……………………?
…………え?
目があってるから、俺に言ってる!?
あわあわしたキーアは、顔も名前もないモブに間違って降ってきたとしか思えない主人公ポジに申し訳なくなりながら、ちっちゃな拳を握った。
攻略対象だから間違いなく首席合格だと思うけど、でも今のレォは、きっと、リアルだ。
がんばってくれるように。
今までの鍛錬が生かせるように。
最高の結果が残せるように。
まっすぐ青磁の瞳を見あげて、応援の拳を掲げる。
「レォさま、がんばれ!」
とろけるように、レォの瞳がほそくなる。
ふうわり、桜の唇がほころんだ。
「がんばる」
あまい声が、落ちてくる。
流れる髪と、ほのかな微笑みと、やさしい声が、あんまりかっこよくて、真剣に涙が出た。
生スチル、尊過ぎる……!
さらりと青磁の髪をひるがえし、レォが闘技場の中央へと進み出る。
「構え」
騎士が、レォが、剣を抜く。
鋼の刃が、冬の陽を弾いた。
「はじめ!」
号令がかかった次の瞬間
ドガァアァアン──!
凄まじい音がして、爆煙が噴きあがる。
「…………………………え………………?」
ぽかんとする皆の前で、もうもうと沸き起こった土煙が収まってゆく。
「キーアの頭を撫でたから。おしおき」
一撃で鎧も剣も粉砕されたガチムチ騎士が、転がってた。
「いやいやいやいやいや、彼じゃないだろ!」
ガチムチ試験官が、真っ青になってる。
「騎士が戦闘不能になったら、試験官が出てくるから」
ふんと鼻を鳴らすレォが、かっこい──!
「いやいやいやいやいやいや出ないから! 無理だから!」
ガチムチ試験官が、泣いてる!
「うっひゃー、派手にやってるなあ! さっすがレザイのぼんぼんだ」
闘技場にある客席で見学していたらしいガダ先輩が、紅蓮の髪をひるがえして降りてきた。
「ガダ先輩もキーアの頭を撫でたから。殺りましょう」
なんか、物騒な言葉が聞こえた気がする──!
「やってもいいけど、騎士科試験だろ? 騎士じゃなくて、学生が試験に出るのは、だめなんじゃないか? 闘技場に魔法で防御壁張ってある? 崩壊するぞ?」
ニヤリと唇の端をあげるガダに、ガチムチ試験官が、カタカタしてる。
「いやもうレォ・レザイ合格でいいでしょう。無理無理無理無理無理無理無理! 騎士の皆、泣いちゃうから!」
吹き飛んだ騎士を救護に行った騎士も、並んだ騎士たちも、真っ青になって泣きそうだ。
ガチムチ試験官も泣いてるしね!
「3本勝負と、おっしゃいましたよ、どうぞ」
促すレォに、真っ青な試験官がぷるぷるしてる。
「むりむりむりむりむりむり!」
レォの細い眉があがる。
「キーアの頭、撫でましたよね?」
「いや、きみだって撫でてたから!」
ふんとレォは鼻を鳴らした。
「俺は、撫で方を教えてもらっていたんです」
ヒュア──!
風を斬る音をたて、レォが剣を構える。
「抜いてください。あと2本。
キーアの頭を撫でたくなくなるように、してさしあげます」
青磁の瞳が、凍りつく。
しなやかな、ほっそりした身体を守るように、凄まじい闘気が噴きあがる。
長い髪が、風もないのに舞いあがる。
きゃ──!
間違いなく、スチルだ──!
尊い──!
キーアが拝んでる先で
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理! もう撫でたくなくなったから! 悪かったから!」
泣いてる!
「謝るならキーアにでしょう」
闘気に切れあがる瞳で睥睨された試験官が、涙と鼻水で振り向いた。
「ごめんごめんごめんごめんごめんキーア・キピア! 俺が悪かった!」
ぴょこんと跳びあがったキーアは、手を挙げる。
「あ、はい! だいじょぶですー! というか、撫でたことより『ちっちゃい』を謝ってくださいー! レォさまも!」
むんと拳を握ったら、顔を見合わせたレォと試験官が瞬いた。
びっくりしたのか、一瞬で涙と鼻水が止まってるよ。
もう一度顔を見あわせたふたりで、いっしょに
「ごめん?」
なんで疑問形?
『ほんとのことを言ったら傷つくのかな?』みたいな顔してる!




