ないないない
拝んでる場合じゃなかった!
あわあわキーアは、直角に頭をさげる。
「ご、ごめんなさい、レォさま、俺のせいで」
頭の撫で方は、試験前に教えることじゃなかった!
深々と謝罪するキーアに、ふるふる首を振るレォの長い髪が、さらさら揺れる。
試験官の目を盗むように伸ばされたレォの手が、ぐしゃぐしゃキーアの頭を撫でた。
「……消毒」
笑読??
今、本がどこに?
ひねる頭が、ごつごつの手で、ぐらんぐらんに──!
「あがががが」
さっき教えたのにー。
上手にできてたのにー!
また、ごんがんする撫で方に戻ってます、レォさま!
「頭がもげるから! やさしく!」
「……うん」
こくりと頷いたレォが、ほんのり朱い頬で、頭をなでなでしてくれる。
おお、ちょっとやさしく、なめらかになってきた!
「上手になってきましたよ!」
「そうか」
ふうわり笑うレォに、びっくりした。
あれ? 確かレォって、ほんのり微笑むくらいで、あんまり笑わないキャラだったんじゃ?
笑顔スチルって、かなり親密度が上がらないと出てこなかった気が……?
試験前に、ごほうびスチルとか、うれしすぎて泣いちゃう!
「尊い──!」
拝もうとしたら、戻ってきたガチムチ試験官に頭をぽこぽこされた。
「こりゃ。いちゃつくのはお家に帰ってから! 試験だぞ!」
「すみません、ごめんなさい!」
あわあわ謝るキーアの隣で、レォがぶすくれてる。
「俺が、わるいので。叱責は俺に。さわるのも、だめ」
切れあがる青磁の瞳に、きょとんとした試験官が吹きだして笑ってる。
「すまん。つい、ちょうどいいところに頭があるから」
肘が90度な感じで、ぽんぽんできるとか言いたいの?
む、むかちゅく……!
「ちっちゃくないから!」
くそう! これから毎日牛乳を飲みまくってやる!
……あるのかな? 栄養成分一緒かな?
鉄棒か何かに、ぶら下がってたら背が伸びる?
何でもできるトマに聞いてみよー!
「それでは大公立学園、騎士科、剣術試験をはじめる! ひとりずつ、騎士と対戦してもらう。3本勝負だ。判定は試験官が行う!」
並んだ受験生、皆の顔に緊張が走った。
騎士科に入学したい者と現役騎士では、実力に圧倒的な差がある。それでも3本勝負をするのは、圧倒的な強者を前にして、向かってゆけるか、怖じ気づいて剣を手放したりしないかを見るためらしい。
騎士科の試験すべてが、根性試験だ。
投げだしたりせず、喰らいついてゆく気概のある者なら、合格できる。
『根性だけ持っておいで。入学してから鍛えてあげる』スタンスだよ。やさしい。
「がんばろー!」
拳を掲げたら、周りの受験生が、どよめいた。
「迷子じゃねえのか」
「いや、いちゃつきに来たんだろ?」
「応援する振りして見せつける、あれだよ」
「しかもレザイ家の孤高のレォさまと、いちゃつくだなんて……!」
「爆発しろ」
うお!
おかしい。
モブのはずなのに、悪役令息ポジになってる!
……いや待て、これ、むかちゅく主人公ポジじゃないか……?
いつも『爆発しろ!』叫ぶ方だったのに、叫ばれちゃった!
え、もしかしてリアルが充実してる……?
そんなこと、前世っぽい時も、微塵もなかったよ。
まあ、理想が高すぎるともいう。
イケメンが大すきすぎるともいう。
2次元の、顔よし、身体よし、声よし、性格よし、頭よし、魔法まで使える! すんごいイケメンばっかり見てると、3次元『……えー……?』ってならない?
だからBLゲーム大すきだったんじゃないかァア──!
さらに夢の異世界転生まで果たしましたが!
リアルが充実だなんて……!
ないないないないない!
顔も名前もない悪役令息の伴侶(予定)だから!
身長は、これからだもん。
まだのびるもん。
『爆発しろ』
初めて叫ばれて、あわあわしてるキーアが緊張していると思ったのか、レォが屈んでくれる。
目の高さを合わせようとすると、レォが長身を折らないとだめなんだな。
キーアが、ちっちゃいからじゃない。
レォの背が、高すぎるからだ!
けしからんほど長い足と、近づくかんばせにどきどきしてたら、レォの瞳が細くなる。
「殺す?」
………………え。
──何を? 蚊でもいた? 冬だけど?




