なでなで
名前も顔もないモブと一緒に攻略対象がご飯を食べるだなんて、畏れ多すぎるうえに、よくわからん事態になったが、もちろんトマが作ってくれたお弁当も完食したよ!
邸の家庭菜園でトマと一緒に作った白菜もどきを、おじいちゃん執事ヨニと一緒に浸けたピクルスが最高に美味しかった。
簡単にできるのに、お酢で疲労回復にもなるんだよ。
お腹も心も元気もイケメン成分も満タンになったキーアは、胸を張る。
午後からは、剣術試験だ。
お昼ご飯を終えた受験生たちが、続々と集まってきてる。
ガチムチで長身な受験生が多いから、キーアの成長途中な身体は埋もれるようだ。
この人たちと比べられちゃうのかと思うと、ちょっと不安になってしまうけれど、スーパー従僕トマが頑張って鍛えてくれたので、ちょこっとはできるようになったと思う!
キーアは、むんと上腕二頭筋を盛りあげる。
ちょこっと出た。
よしよし。
「迷子がいる!」
「いや、そのちっちゃいの、なんかすげえらしいぞ」
「ないだろ」
「ちっちぇえ!」
ちっちぇえ言うな!
ぷくりとふくれるキーアの頭に、でっかい手が、ぶっさり突っこまれた。
「うぉ!?」
喧嘩を売られたのかと、びっくりして見あげたら、ひとつに束ねられた青磁の長い髪が揺れる。
「ちっちゃい」
切れ長の青磁の瞳が、やわらかに細められる。
レォさまが、ちいさきものを見る目になってる──!
慈愛の目だよ。
同じ受験生を見る目じゃないよ。
「ちっちゃくないから!」
悪役令息ネィトとおんなじくらいの身長だと思うぞ! たぶん!
ぷくりとふくれるキーアを、レォは華麗にスルーしたらしい。
キーアの頭をレォのおっきな手が、わしわし? ぐしゃぐしゃ? ごんごん?
「あがががが」
頭が揺れます、レォさま!
も、もしかして、いじわる?
いじわるなの、レォさま……!
ちょっと涙目になって見あげたけれど、ほんのり朱いまなじりといい、ちょっとほころんだ唇といい、素晴らしいイケメン──!
じゃなかった、いじわるしてる時の『いひひひひ』みたいな顔じゃない。
イケメンのそういう顔も最高だと思うけど、今は違うみたいだよ。
ということは、このごつごつの手は鍛錬の証だからいいとして、頭を撫でてくれているつもりなのだろうか。
もしかして、なでなで?
名前も顔もないモブの頭を?
なんてやさしいイケメン──!
しかし、なでなでの手は、びっくりの不器用さだよ!
「レォさま、もちょっとやさしく」
「ん?」
聞こえにくかったのか、耳を寄せるように屈んでくれるレォの輝くかんばせが近づいてきて、とろけるようないい香りがするとか、すぐ近くで青磁の長い髪がさらさらしてるとか、心臓が口から出ちゃう──!
「はー♡ かっこいー!」
もだもだしたキーアは『モブなのにごめんなさい!』全方位に謝りつつ、長身を折り曲げてくれたレォの頭をなでなでする。
髪、さらっさら!
頭、ちっちゃ!
いー匂いする──!
きゃ──!
ひとしきりもだもだしてから、熱い頬で笑った。
「なでなでは、こんな感じだよ」
ふうわり、レォのまなじりが朱くなる。
「……こう?」
大きなごつごつの手が、キーアの頭を、おっかなびっくり、もぞもぞ撫でてくれる。
「やさしくして」
「……わ、わかった」
こくりと頷くレォの耳が、真っ赤だ。
か──わ──い──い──!
これも絶対スチルだぁあ──!
拝んだ。
瞬いたレォが、ちいさく笑う。
厳しい鍛錬に耐え抜いた大きな手で、キーアの頭をおそるおそる、やさしくなるように、なでなでしてくれる。
「いちゃつきに来た迷子がいる!」
「けしからん!」
「栄えある大公立学園、騎士科の試験だぞ!」
叱られました。
ごめんなさい。
でも迷子じゃないよ!
「いちゃつくのは、お家に帰ってからにしなさい」
試験官なのだろうガチムチ騎士にまで、がしがし頭をなでられた!
一緒に叱られた隣のレォが、ぶっすりしてる。
拗ねた顔も尊いです──!
拝んだ。
反射だよ!




