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「今日の芽衣は好きじゃない」

作者: 宮野ひの

「今日の芽衣は好きじゃない」


 友達の梨乃から言われた言葉だった。意味を理解する前に心臓がひゅっとした。頭がぼんやりして、泣きたい気持ちになった。


 梨乃は、はっきりと物を言う性格をしている。下校中、小学生の集団とすれ違った時、いじめに近いからかいをしている子がいた。見ていることしかできない私。梨乃は「何してるの? ダサいよ。やめなよ」と相手の目を見てしっかりと言うことができる。頼まれた時しか助けにいけない私からすると、自発的な行動ができる梨乃はヒーローみたいに思えた。


「ごめんなさい」


 私は梨乃に謝った。「好きじゃない? えっ。それってどういうことー?」と明るく言い返すこともできただろう。だけど、泣き笑いのような表情になってしまう。だったら最初から被害者のように俯いて、弱気でいる方が楽だ。私の性格上、謝るのが正しい気がした。


「謝らないでよ。今日の芽衣は一緒にいてイライラする」


 傷ついた。トドメをさされた気がした。


 私は誰かと一緒にいて、イライラした時に、わかりやすく相手に言うことはしない。相手が傷つくことがわかっているからだ。


 なのに梨乃は、何も怖いものがないみたいな顔をして、私に鋭い言葉を投げかける。梨乃が他の人に「好きじゃない」と言っている姿を見たら、かっこいいと思うのに、自分に投げかけられると、急に足場を失ったように心許ない気分になる。


 だけど、『今日の芽衣は好きじゃない』と言われるのも、無理はないと思った。


 私は隣の席の渡辺さんが苦手だった。何かとちょっかいをかけてくるし、渡されたテストの点数を後ろから盗み見して「芽衣ちゃん、28点だー」と大きな声で言ってくる。苦手というよりは嫌いだった。だからこそ、梨乃にも同調してほしかった。「嫌な奴だね」と言ってほしかった。


 私は日頃の鬱憤を晴らすように、梨乃に渡辺さんの嫌なところを延々と語っていた。「あれは他の子も迷惑がってるよね」「前のクラスでも、あんな感じだったのかな」と言いながら、私は決定的なことは何も言わなかった。


 愚痴を延々と話していたから、梨乃は嫌な気分になって怒ったのだろう。だけど、なんで私は追い詰められないといけないんだろう。


 私が悪いのはわかっている。渡辺さんが嫌なら、何かされた時点で「やめて」と強く言わなければいけない。


 だけど私は、ヘラヘラと愛想笑いをして受け流している。相手が渡辺さんであっても、人から嫌われたくない気持ちがあるからだろう。変にいい子ぶって、場を丸く収めてしまう。長い目で見ると、結局は自分を追い詰めてしまうだけなのに、不思議とやめられない。


 私は俯き、その場で停止する。


「芽衣?」


 梨乃は私の顔を覗き込んでくる。涙が溢れた。


 泣き顔を友達に見られた瞬間、もうどうでもいいやと、開き直る気持ちになった。


「……だって仕方ないじゃん。渡辺さんが嫌いで、ストレスが溜まっていたんだから! 梨乃に愚痴を聞いてもらって『そうだね』って言ってほしかったんだもん」


 私にしては大きな声が出た。梨乃は目を丸くして驚いていた。


「今日の芽衣は好きじゃないって言葉は傷つく! 私が言い返せないのをいいことに……。私はサンドバッグじゃないんだよ!」


 思っていたことを全部吐き出してしまった。


 我慢している人は、何かの拍子で開き直ることができると思う。もうどうでも良い。どうせみんないつか死ぬんだし。それなら、思ったことを今、言ってしまおうと、隠れていた自分を出すことができる。


 気持ちがスッキリした。だけど、梨乃の目は見れなかった。


 一瞬の沈黙。ぷっ、あははと梨乃が吹き出す。


「最初からそういえばいいじゃん! 芽衣は察して察してって感じで、私に気持ちを代弁して欲しそうだからムカついたの。いつも素直な方が良いよ」


 梨乃はお腹を抱えていた。


「今の芽衣は好きだよ!」


 私の目を見て、はっきりと言ってくれた。正直になっても良いんだ。取り繕わなくても良いんだ。誰かを嫌いだと思っている気持ちを認めても良いんだ。梨乃に代弁してもらうのではなくて、自分で「嫌い」って言っても良いんだ。


 ほっとした。開き直ったら怖いものがなくなった。でも、他人に迷惑をかけ過ぎるのもよくない。そこのさじ加減は、しっかりしないと。


「取り乱してごめん。でもありがとう。スッキリした!」


 渡辺さんは、親しい友達はいるのだろうか。いつも一人でいることが多い。あっ、そうか。私と仲良くしたくて、強引に絡んでくるのかも。でも、今度、意地悪なことをしてきたら「やめて」とはっきり言ってみよう。別に、縁が途切れても良い。今は、梨乃との帰り道の時間を大事にしよう。

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