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本当に怖い映画館

作者: 神村 律子

 俺は人生に絶望していた。


 会社をクビになった。彼女に婚約を解消された。


 友人に貸していた金を踏み倒され、逃げられてしまった。


 残されたのは住宅ローンと自動車ローン。


 要するに借金苦だ。しかも返せる当てがない。


 死ぬしかない。直感的にそう思ってしまった。


 両親共既にこの世にはいないし、親戚は全く付き合いがない。


 友人も少ないから、俺が死んでもさして影響はないだろう。


 人間は、悪い事を考え始めると、次々に更に悪い事を思いついてしまうようだ。


「そこの貴方」


 トボトボと道を歩いていると、後ろから声をかけられた。


 振り返ると、そこにはまるで映画に出て来る執事のような風体の老人が立っていた。


「何ですか?」


 俺は面倒臭そうに言った。するとその老人はニッコリして、


「映画を見ませんか?」


「は?」


 何だ、気が狂っているジイさんか? 俺は咄嗟にそう判断し、逃げようとした。


「貴方のためになる映画です。是非、ご覧下さい」


 老人は微笑んでいるが、何とも言えない威圧感を漂わせていた。


「は、はい」


 俺はその迫力に負けてしまい、老人の導くままに目の前にある映画館に入った。


 こんなところに映画館あったかな? 少しだけ不思議に思った。


 映画館の中は、とても古い造りで、子供の頃に行った映画館によく似ていた。


 何となく懐かしい感じがする。


「入場料は?」

 

 俺は財布が空なのを思い出し、老人に尋ねた。


「いえ、お代は頂きません。どうぞ、中へ」


 老人はまたニッコリして言った。


「そ、そうですか」


 俺は安心すると同時に、妙な話だとも思った。


 座席は五十くらいしかない、こじんまりしたものだ。


 他に観客は一人もいない。


「上映開始します」


 老人の声が映写室の中から聞こえた。


 たちまち場内は暗くなった。俺は慌てて近くの座席に腰を下ろした。


「うん?」


 映画は、俺と同年代くらいの男が、崖っぷちを歩くところから始まった。


「俺なんか生きていても仕方ないんだ」


 男はそう呟くと、崖から飛び降りてしまった。


 うお。他人事とは思えない話だ。


 しかし、凄いスタントだな。


 カメラの切り替えなしで崖から飛び降りるなんて、危険過ぎるぞ。


 シーンが変わった。


 男は死んであの世に行ったようだ。


 男はまた崖を歩いている。あの世はこんなところなのだろうか?


 あっ、落ちた! また落ちたぞ。


 あれ?


 また男は崖を歩いている。あっ、また落ちた。


 何だ、これは? ああ、まち崖から落ちた。


 そんなシーンがずっと続き、俺は気持ちが悪くなって来た。


「うう……」


 思わず席を立ち、外に出た。


「どうされました、お客様?」


 老人が声をかけて来た。俺は吐き気を堪えながら、


「何なんですか、あの映画は? 男が何度も崖から落ちて、それがずっと続いて……」


「気分が悪くなりましたか?」


 老人は何だか嬉しそうに尋ねる。俺はそれが癪に障り、


「ええ、気分が悪くなりましたよ。当たり前でしょう!」


「そうですか。あれはこれから貴方が体験する事をお見せしたものなのですがね」


「何だって?」


 俺はギョッとした。この老人、俺が死のうとしている事を知っているのか?


 どういう事だ?


「わかりませんか? 自ら命を絶つ者は、あの世でも苦しみ続けるのですよ。そして、永遠にそれを繰り返すのです」


「そ、そんな……。何でそんな事がわかるんですか?」


「わかりますよ。私は死神ですから」


「!」


 俺は老人の威圧感が何となく納得できた。そうか、そういう事だったのか……。


「生きなさい。死んではいけません」


 老人は威圧ではなく、優しい眼差しで俺を見ていた。


「人は、生きる事が死を選ぶより辛い時に自らの命を絶つんです! 生きて行く事が辛いから、死を選ぶんですよ!」


 俺は俺の事を何も知らないくせにと思い、反論した。


「本当に死ぬ事で貴方が救われるのなら、私は貴方に生きなさいなどとは言いません」


 死神は優しさの中に厳しさを込めた目で俺を見た。


「貴方はこの世に生を受けて、今まで何一つ良い事がありませんでしたか?」


「えっ?」


 俺はその質問にハッとした。


「貴方はずっと不幸でしたか?」


「……」


 違うともそうだとも答えられない。


「死神が死のうとしている者を助けていいのか? それでは職務怠慢ではないのか?」


 俺はまだそんな減らず口を叩いた。すると死神はまた微笑んで、


「私達の仕事は、生きている者を殺す事ではありません。死んだ者をあの世に案内するのが仕事なのです。貴方はまだ、死んではいけない。死ぬべき人ではないのです」


「そんなのは詭弁だ!」


 俺は映画館を飛び出した。


「死ぬ! 俺は死ぬ! 死んでやるゥッ!」


 俺はそのまま大通りに飛び出し、トラックに跳ねられて死んだ。


 


 そして……。


 俺はふと気づくと、歩道を歩いていた。


 前方から大型トラックが走って来る。


 俺は不意に走り出し、そのトラックに跳ねられた。


 跳ね上げられながら、俺は大通りの向こうに映画館の客席を見た。


 見知らぬ男が、俺が跳ね飛ばされるのを不快な顔をして見ていた。


 多分あの男も自殺しようとしているのだ。


 だから俺を見ている。でも気づかないんだ。


 結局あいつも次の出演者なのか?


 何て恐ろしい映画館なんだ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 怖いというより切ないお話でした。 死神のじいさんはいいヤツだったんですね。 バカだなぁと思いつつも、仕方ないかなとも思います。 僕は自殺を否定しませんが、するからには自分で責任は取ってほしい…
2011/07/24 18:16 退会済み
管理
[一言]  ホラーは読むのも書くのも苦手ですが、この話にはすんなり入ることができました。味があって良かったです。これからも執筆頑張ってください。
[一言] 短いのにとてもしっかりとした話で読みやすかったです。これからもたくさん書いてください。
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