いじめられっ子の過去②
2度目のゴブリンの襲撃から一年。
突然、村に冒険者風の男が住み着いた。
彼は、明るく人好きのする男で、あっという間に村に馴染んでいた。
その男は、村の外れに閉じ込められるように一人で住んでいる白髪の女性を不思議に思っていた。
村の人間に聞いても、はぐらかすばかりで、彼女の事を詳しく教えてはくれなかった。
人は、隠されている事は知りたくなるもの。
思い切って、村外れの小屋に住む白髪の彼女に話しかけることにした。
彼女は、何度話しかけても返事してはくれなかった。ただただ、穏やかに微笑むだけ。しかし、その寂しげな微笑みは、冒険者の心捉えて離さない何かを感じた。
何度も足を運び、何度も話しかけているうちに、いつの間にか、冒険者の男は彼女に惹かれていた。
他愛のない話から、自分の今までの冒険譚など、色々と話し続け、その度に彼女は寂しげな微笑みを浮かべながら聞いてくれていた。
どうしようもなく彼女に惹かれていた冒険者は、とうとう彼女にプロポーズした。
彼女は、自分は人ではいられなくなった女だからと受け入れなかったが、何度も繰り返し自分の所似通い続ける冒険者に、とうとう根負けしたのか、こんな私でいいならと、冒険者の求婚に応じた。
村では、当然のように結婚に反対された。
イハナの両親も祝福しなかった。
だが、二人は結婚した。
そして、生まれたのがナナシ=アリウムだというのだ。
♢
ナナシ=アリウム が生まれてすぐ、事件が起こる。
村に仮面をつけた少女が3人。突然現れたのだ。
狐の顔を模したような、白い仮面。
イハナが被せられていた仮面と似ていた。
彼女らは、イハナとその夫に襲いかかった。
イハナは自らの血を使い戦い、冒険者の男は、その細身の身体に似合わぬ腕力で、仮面の少女たちと戦った。
しかし、子供を抱くイハナを庇いながら戦う男は、仮面の少女たちの不思議な力に腹を貫かれる。それでもまだ必死にイハナと子供を逃がそうと立ちはだかるが、三方から浴びせられた圧倒的な、何かの圧力に潰され、絶命してしまう。
イハナは、無惨に殺された夫の姿に涙しながら、我が子を抱え、護りながら必死に戦い続けた。
しかし、産後の弱った身体であったことと、自らの血を糧にした戦い方は、徐々にイハナの動きを悪くしていく。血を失った身体はほとんど動けなくなったのだ。
動きが鈍ったイハナは、我が子に覆い被さりこの子だけはと泣き叫ぶ。しかし、無常にも仮面の少女が放つ炎に焼かれ、跡形もなく燃え尽きてしまった。母子共々……。
――いや、そうではなかった
イハナは確かに焼き尽くされた。
しかし、子供には火はつかなかったのだ。
不思議な現象に首を傾げる仮面の少女たち。
今度は、思い思いに、武器を振るい、子供に叩きつけた。
しかし、子供には傷一つつかない。
『もういい。使徒の眷属は殺せたんだ。いくら攻撃が通じないとはいえ、赤ん坊などその辺に捨てておけ。勝手に野垂れ死ぬ。』
赤髪の仮面の少女から、まるで少女とは思えない、低くしゃがれた声が発っせられ、もう一人の青髪の仮面の少女に、赤ん坊は川へ蹴り飛ばされた。
そして、そのまま去って行ったのだ――
♢
「私はね、結婚する前のイハナに、食事を届ける役目だったの。同じ歳だったし、ゴブリンに拐われる前から友達だったから……。」
村長の話が一段落した所で、ナギの母親が話し始めた。
「仮面の襲撃者がイハナ達を襲う所は、村人は皆んな見ていたの……。誰もあなたのお父さん、お母さんを助けてあげられなくでごめんなさい……。」
仮面の少女達が去ったあと、川に落とされたナナシ=アリウムを助け出したのはナギの母親だという。長い時間、川の中に落ちていたというのに、ナナシ=アリウムは、生きていたそうだ。
という事は、言わば俺の命の恩人な訳だ。
俺は深く頭を下げた。
すると、その姿をみたナギの母親は、涙ぐむ。
「お礼を言われるような事はできていないわ。だって、そのあと、村の男衆にあなたを連れていかれてしまったんだもの……。」
村長が、再び話し始める。
「そうだ。我々がお前を村の集会所に連れてきた。ちょうどこの建物だ。」
俺は目を瞑ってその先の言葉を待つ。
「我々は、お前を殺そうとしたのだよ――」
それまで黙って聴いていたアメワが机を叩いた。
合わせて、ベルが叫ぶ。
『もういいわっ! やめて! ヒロ、もういきましょ! ゴブリンはもう退治したんだし、こんな所にいつまでもいる事はないわっ!』
俺の髪を引っ張り、無理矢理立たせようとする。
でも、そんな優しい妖精を静かに抱き寄せて、話の先を村長に促した。
「私たちは、3人の仮面の少女達の報復を恐れたのだ。あれは、善なる神々の使徒に違いないと。」
なにしろ、イハナは、悪なる神の使徒であるヴァンパイアロードを名乗る者に助けられた人間だ。本来であれば、もっと早く彼女を村から追い出しておけば良かったのだと。だが、ゴブリンを倒した彼女を村人は恐れ、手を出せなかった。
しかし、相手が生まれたばかりの無抵抗な赤ん坊というのなら別の話になる……。
イハナの子供は殺すべきだ――
村人達も、そして村長も、自分にそう言い聞かせ、子供を殺して何もかも終わらせようとしたのだ。
「だが、君は殺すことは出来なかった……刃物は通らず、水に沈めても死なない……そもそも、途中からは、我々には触れることもできなくなったのだよ。」
彼等は話し合い、唯一君に触れる事ができたナギの母親に子供を木箱に入れさせ、その箱ごとリンカータウンまで運び、孤児院の前に置き去りにしたのだという……。
自分たちに善なる神々の祟りが降りかからぬようにと……。
――ふぅ。
俺はそこまで聞いて、一つ息を吐いた。
ナナシ=アリウムの人生とはなんと悲しい始まりなのか。前世の俺にも娘が居たからわかる。子供を愛さない親など稀だ。あのゴブリン達でさえ、子供を守ろうとして体を張っていた。
そう、親はナナシ=アリウムを護ろうとしてくれていた――
それを、神の祟りが恐ろしいからと、親を無くした赤ん坊を殺そうとするなど……。
不思議と涙は出なかった。
しかし、この目の前の村人達を許す気にはなれそうもなかった。
「だから、みんな君の事を忌み子と……ヴァンパイアとのハーフであるダンピールと呼んで恐れているのだ……。村に神の祟りが降りかかる事を恐れて……。」
ああ、なんという不条理……
自分自身は何もしていなくても、生まれながらに虐げられるような運命だなんて――