いじめられっ子の過去①
村長は、床にしゃがみ込んだ俺を椅子へと座らせ、自らもナギの母親と並んで俺たちの対面に座った。
全員が座ったのを確認し、真っ先に口を開いたのは、またもやナギの母親だった。
「ヒロさん、あなたはこのナギのように拐われ、同じように仮面を被せられた私の友人、イハナの息子だと思います……。」
突然語られる俺の母の名前……。俺は震える手を、もう一方の震える手で抑えつけた。
「20年前。お前の母、イハナは拐われ、仮面を被せられたまま眠らされていた。が、ある日、お前のような白髪の男がこの村に来てイハナを助け出し、眠りから覚ましたのだ。」
村長は、覚悟を決めたかのように話しはじめた――
♢
――その男は、突然村に現れた
白髪に赤眼。肌も白く、どことなく不気味な風貌だが、紳士のような振る舞いで拐われた少女はどこにいるかと村長の家を尋ねてきた。
男が村に来る直前、村はゴブリンに襲われ、少女はゴブリンに拐われてしまっていた。そして、今回のように、ゴブリンの住処から救い出すことができずにいたのだ。
「――ヒルコの操り人形なんぞ、この世に増やしてなるものか……。」
不思議な男は、そう言ってゴブリンの巣に独り乗り込み、少女を助け出してきた。
仮面をつけた少女は、今のナギのように、呼吸はあるが全く動かない、息をする人形のようになっていた。
すると突然、白髪赤眼の男は、少女の首に噛みついた。
「この少女は、ヒルコという怪物に操られようとしていた。だから、私の眷属にして強制的に精神操作を解除した。」
あまりに唐突な出来事と話に、村長は混乱した。
「我はヴァンパイアロード。豊穣神ウカ様の使徒。これ以上は詮索不要。この娘はもう問題ないだろう。あとはよろしく頼む。」
そう言い残して男は去っていったそうだ。
しばらく呆然としていた村長だが、少女を助けてくれた男から発せられた、『ウカ』と『ヴァンパイアロード』という言葉に恐怖した。
――『ウカ』とは、伝説にある悪なる神ウカ
――『ヴァンパイアロード』とは、悪なる神に仕える使徒の一人……
あまりに有名な悪神とその使徒の名前が飛び出した事で、少女は、せっかく助けられたというのに、本人に罪の有る無しに関わらず、村人から虐げられるようになり、親からも恐れられ、村の外れの小さな小屋に住まわせられる事になった。
食事は運ばれるがそれだけ。
村人と関わる事を許されず、少女はただただ無為に日々を過ごすこととなる。
しかも、イハナは白髪の男に助けられた後、黒かった髪は白く、その瞳は赤く、肌は白く変化していた。そのせいで、ますます周囲からの冷たい目に晒される事になり、村中から恐れられ、ひっそりと成長していった。
そして、彼女がもう少しで大人ななるという頃、その事件は突然起きた。
またゴブリンが村を襲ったのだ――
村の男達は、暴れる魔物に腰が引けてしまい、まったく抵抗することができずにいた。そこに、村外れに隔離されていたイハナが現れたのだ。
そして、それは一瞬だった。
イハナが自分の指を噛み、自らの血を垂らすと、その血が生き物のようにゴブリンに襲いかかったのだ。
血の刃。そう表現するのが正しいかはわからないが、イハナから放たれた血の刃は、瞬く間にゴブリンの群れをゴブリンの血で染め上げてみせたのだ。
村は危機を救われた。
しかし、村人は、ゴブリンの襲撃から救われた事より、イハナの能力に恐怖し、益々彼女から距離を置くようになったのだった。
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