名無しのナナシ
「先ずは礼を言わせてもらおう。ナギを助けて頂きありがとう。そして、ゴブリンもしっかり討伐してくれたとの事、村の代表として感謝する。」
村に来たばかりの時よりは、村長の態度は幾分軟化しただろうか。さすがに依頼と同時に拐われた村の娘の救出までしてもらったのだ。
俺に対してなにか含むところがあるとしても、頭くらい下げるのだろう。
『何よ! ほんと偉そうね。ほんとに感謝してるの? 全く失礼しちゃうわ。』
煽り耐性が、0に近くなってる村の男達は、おしゃべり妖精の吐く毒言葉に即反応するが、村長が嗜める。
「お前たち、いちいち反応するんじゃない! 口さがない妖精族よ、あまり男衆を煽るなと言っているだろう。」
村の男達もおしゃべり妖精も、今にも罵り合いを始めそうな勢いだが、その勢いをアメワが止めた。
「村長さん。なぜ、村の危機を救った我々に対して、村のみなさんがこれ程不遜な態度を取られるのか。全く理解できません。理由をお聞かせ願えませんか?」
ストレートに村長に物申すアメワ。この村に来てから、悪意をぶつけられ続け、どうにも言葉を発することができずにいる俺に変わって、おしゃべり妖精と元魔術師は、しっかりと怒ってくれているようだ。
一瞬の沈黙の後、村長は俺を真っ直ぐに見据えながら、男衆に人払いを命じた。
「――皆んな、下がっていてくれ。この冒険者と話をする。」
村の男達は不承不承集会所から出ていく。
集会所の中は、俺たち三人と、村長、それと仮面を付けたままで寝かせらたナギとその母親だけが残された。
「私を含め、村人のあなた方への不愉快な対応について、謝罪しよう。すまなかった。」
『すまなかったって、何よ!? やってることがおかしいと思ってるのなら、ちゃんと他の人達にも、謝らせなさいよ!』
「ベルさん、落ちついて。村長さん、謝罪は甘んじてお受けしますが、私達、いえ、ヒロ君へのみなさんの態度や行いは目に余ります。どんな、理由があるのか話してください。」
ベルは捲し立て、アメワは、静かだが弁解を許さぬ雰囲気で、村長に迫る。
そんな中、俺はやっとの事で口を開いた。
「あ、あの。忌み子のダンピールとはどういう意味なのでしょうか。察するに、皆さんが僕の事を指し示してお話されてるように感じるのですが……。」
「―――。」
推し黙る村長の横から、ナギの母親が顔をだした。
「あの、冒険者さん、ヒロさんと言ったかしら? 先ずは私からも御礼を言わせてください。 ナギを助けてくれてありがとうございました。」
涙を浮かべながら深く頭を下げるナギの母親に続き、村長が重い口を開いた。
「ヒロ君と言ったね。 君は、リンカータウンの孤児院に預けられていたのではないか?」
突然俺に話しかける。
「はい。孤児院ではナナシと呼ばれていました。名前が無い捨て子なのでナナシだと教えられていました。」
初めてその話を聞いたアメワとベルが目を見開いて驚いている。捨て子で、名無しのナナシだなんて、そりゃびっくりするよね。
「そうか……君は刃物を通さない身体では無いかね?」
今度は俺が驚いた。村長は、『アンチ』の障壁の事を知っているのだろうか。
「はい。」
俺の短い返事に、村長が天井を見上げた後、俺に話し始めた。
「ヒロ君、君はこの村で生まれ、忌み子として捨てられた子供だ。孤児院の前に置き去りにしたのは、――この私だ……。」
俺はこの村で産まれて、捨てられた……
今まで、考えないようにしていた俺の現世での過去が突然目の前で語られ、全身から力が抜けてしまい、俺は床に尻餅をついてしまう。
慌てて、アメワとベルが俺を支えてくれた。
「――詳しく話してください。」
2人の俺を気遣う優しさに支えられて、俺は声を絞り出した……。