人とゴブリンの違い
俺の今回の作戦はこうだ。
――釣り野伏せり
戦国時代のある武将が得意にしていた戦法で、ワザと負けたふりをして逃げ出し、追いかけてきた所を伏兵で殲滅する――
今回、俺が障壁を全身に張りながら巣穴に突撃し、ある程度戦ったら、巣穴の外に逃げだす。そして、俺を追ってきたゴブリンを泥沼にはめてボコるというもの。
拐われた少女が生きている可能性を考えると、洞穴を煙で燻したり、火を焚き続けて酸欠にするなどの方法は取れないし、妖精と元魔術師を危険に晒したくない。
そこで、この作戦である。
俺なら障壁を貼れば、ゴブリンの攻撃くらい問題ないし、突入した際に少女の安否を確認できれば、その後の作戦もたてられる。
妖精と元魔術師は、俺の身が危険すぎると反対したが、なんとか今回は2人に折れてもらった。
♢
今回、見張りのゴブリンは二匹。
俺は、毎度お馴染み石礫で二匹を屠った。
土小鬼も慣れたものである。
――さあ、作戦開始だ。
まずは入り口付近を泥沼化。
そして、入り口にロープを張る。
突入組は、俺と精霊たちのみ。
ベルにはアメワと一緒に居てもらう。
2人には周辺から小石をたくさん集めておいてもらった。俺が巣穴から飛び出したあと、追いかけてきたゴブリン達を、アメワの火魔法と集めた石で攻撃しまくるわけだ。これなら、簡単には投げる石が無くなることはないだろう。
「じゃあ、行ってくる。僕が飛びだしてきても、間違えて攻撃しないでね。」
♢
この洞穴は、細長い坑道が一本道で最奥の空洞に繋がっている。前回のゴブリン討伐の時に確認済みだ。
想定していたような、空洞に辿り着くまでの道での戦闘はなく、すんなりと空洞の手前まで来れた。
すっかり油断しているのか、最奥の空洞を覗くと、殆どのゴブリンが寝そべっている。
ここでも一番奥に祭壇のようなものが置いてあり、祭壇の横にある台座擬きには、左にホブゴブリン、右には普通のゴブリンが座っている。
そして、台座のその前には、何か仮面のようなものを被せられた少女が寝かされていた。
――仮面を被せられてる!? 動かないな……でも、もしかしたら、ナミちゃんのように、仮死状態に似た状態なのかも!?
それなら、ちょっと作戦変更。救出最優先だ!
儀式が終わった後なのか、侵入者が来る事を全く想定してないのか、台座脇の二匹も手前で寝そべる雑魚ゴブリンも、みんな眠っているように見える。
これは今がチャンスだ。
俺は波の乙女と火蜥蜴に指示して、空洞内に濃霧を発生させる。視界が極端に悪くなるが、少女の寝かされている位置はすでに確認済みだ。
右手に石、左手にショートソードを握りしめて、静かに走り出す。少女の寝かされている場所まで約30歩。台座の後ろに火が焚かれている。それが目標だ。
――行くぞっ!
静かに気合いを入れて走り出した。
♢
「ギャフっ!」
途中、何匹かのゴブリンを踏みつけてしまうが、無視して走り抜ける。
走りながら、台座左手に寝ているボブゴブリンに向けて、石礫を投げ込む。リーダーを先に片付けてしまえば、ゴブリン達の統制がとれなくなる。
土小鬼に多めに魔力を喰わせて作ったとっておきだ。一撃で屠ってくれるはず!
「グギャっ!」
前方から聞こえる悲鳴で石礫がら当たったことを確信し、そのまま台座右手のゴブリンへと向かう。右手にショートソードを持ち替え、まだ寝ぼけているのか、動きの緩慢なゴブリンの首に剣を突き刺す。
一瞬で絶命したゴブリンを蹴り飛ばし、すぐに仮面の少女の前に行く。
祭壇前に寝かされている少女は、仮面で顔は見えないが、呼吸はしているようだ。
――ナミちゃんと同じ状態だ!
何故か驚くほど軽い少女を肩に担ぎ、洞穴の出口へと目を向ける。徐々に霧は晴れ始めてきた。
麻袋から石を取り出し、出口までの最短ルートに居るゴブリンに投げつける。全部は当たらなかったが、ハニヤスが途中で石を細かく砕いてくれた為、散弾のようにゴブリンに降り注いだ。
「ハニヤス! うまいぞ!」
咄嗟に石を砕くという、土小鬼の判断に賞賛の言葉を叫びながら、ゴブリン達を飛び越えて出口へと走り出す。
雑魚ゴブリン達も、やっと侵入者に気づいたようだ。出口へ走る俺に向かって何匹かのゴブリンが道を塞ぐように立ちはだかった。
「サクヤ! 炎の息吹!」
片手しか使えない俺に代わり、正面の敵を火蜥蜴が炎で薙ぎ払う。生き物が焼ける匂いが立ちこめるが、道は開けた。あとは走り抜けるだけだ!
俺の身体は相変わらず小さいが、毎日鍛錬してきたおかげで、だいぶ体力はついた。少女を担いでいたって、短距離なら走り抜けられる。
出口の光が見えた。
「ベル! アメワ! 来るぞっ!」
足元の縄を飛び越え、すぐに出口から脇に走り込み、集めた石が積み上げてある場所へ滑り込んだ。
『任せなさいっ!』
何故かアメワの頭の上にいる妖精が声をあげるが、実際にはおしゃべりするだけ。攻撃役のアメワは魔法の詠唱で忙しいようだ。
俺を追ってきたゴブリンが、足元に張られた縄に気づかず、足を取られて泥沼へとダイブする。後から続くゴブリンもその勢いを止められず、続けて泥沼に飛び込んだ。
縄は4匹のゴブリンを転ばせた時点で緩んでしまうが、今度は泥沼に倒れ込んだゴブリンに後続のゴブリンが足を取られる。
「今だっ!巣穴に炎の矢を撃ち込めっ!」
俺の声に反応して、アメワが魔法を洞穴の中に打ち込んだ。
「ハニヤス! 連続で石礫だ! 頼む!」
俺は積み上げた石を使って、泥沼でもがいているゴブリン達を次々と屠っていく。
巣穴の中は魔法の火によって燃え上がるゴブリンが邪魔で、後続は大勢では出てこれないようだ。
「このまま、出てきた所を狙いうちする!」
後ろに寝かせた少女は、胸を上下させている。ちゃんと呼吸は続けているようだ。
俺は、走ったせいで乱れた息を整えながら、次の石積みの場所に素早く移動する。そしてまた石を投げ続けた。
♢
5分ほど石を投げ続けただろうか。
巣穴から飛び出してくるゴブリンは居なくなった。
アメワに寝かせてある少女を任せ、妖精と一緒に巣穴にはいる。残党がいないか確認する為だ。
奥の空洞にはゴブリンの子供が3匹と大人が2匹残っていた。大人のゴブリンは子供を守る役目なのだろう、少しも子供の前から離れない。
――ゴブリンでさえ、子供を守るというのに、子供を捨てる人間って、なんだろうな。
顔も知らない自分の両親を思い、ちょっと感傷に浸りながら、容赦なく残りのゴブリンを打ち倒した。
ゴブリンの子供も含めて……。