脱出
気を失ったカヒコになんとか血止を施し、なんとか背中に担いだ。俺より身体の大きなカヒコを背負って歩くのは相当体力がいるが、なんとか頑張るしかない。
「――ヒロさん、ありがとう。」
涙を流しながら俺に頭を下げるアメワ。
そんなアメワにカヒコの剣とバックラーを預け、歩き出す。
そこにおしゃべり妖精の声が響いた。
『ヒロっ! 奥に大きな魔物がいるっ!』
――マジかっ!この状態で俺だけなら我慢比べに持ち込めるけど、今はカヒコとアメワがいる。もう、戦えないぞっ!
ダンジョンの奥を目を凝らしてみると、今まで戦っていた狼よりもひと回り大きく、白い毛並みの狼が俺たちを睨みつけながら立っていた。
俺は全身から汗が吹き出す。
明らかに強者のオーラを纏った白い狼に睨まれ、俺たちは動くことができない。早くカヒコの治療しなくてはならないのに……。
いつもは賑やかなおしゃべり妖精も、俺の肩に乗って震えている。
――どうしたらいい……。
回らない頭を一生懸命に働かせて、なんとか切り抜ける道はないかと考えていると、白い狼はスッと後ろを振り返り、そのままダンジョンの奥へと消えてしまった。
どの位の時間だったのだろうか……ほんの一瞬の間だったはずだが、背中は滝のように汗が流れていた。神経は極限まで緊張していたのだ。
『助かったの? 良かった〜……。』
流石のベルさんも緊張から解き放たれて俺の肩に座りこんでいる。
「早くダンジョンを出よう。カヒコを早く治療しなきゃ。」
俺は、背負っているカヒコの身体を背負い直してダンジョンの出口を目指して歩き始めた――
♢
――冒険者ギルドの中は騒然としていた。
ダンジョン=リンカーアームから逃げ帰った3人の冒険者達から、ダンジョンの地下一階に狼の魔物の群れが出現したとの報告がもたらされたからだ。
狼の魔物は、ダンジョンの下層に出現するはずの強い魔物。浅い階で活動する低ランクの冒険者が相手をするには実力が足りないのだ。
3人の話では、パーティーメンバーの内の2人と、たまたま居合わせた冒険者の1人が犠牲になったという。
フィリアは、その居合わせた冒険者がヒロではないかと心配していた。初めての探索で異変に巻き込まれたのではないかと。しかも、報告では犠牲になったと……。
あの薄幸な少年が、また悲しい運命を背負わされていないようにと、普段は祈ることのない神に少年の無事を祈っていた――
♢
救助部隊の編成を指示している所に、彼は担ぎこまれてきた。
左肩の骨は噛み砕かれ、身体中から出血が見られる。肩はなんとか布で血止めされていたが、どうみても重症だ。
その重症者に付き添ってギルドに入って来たのは、魔術師の少女と、白髪白瞳の少年だった。
フィリアは、その少年を見て大きく息を吐き出した。彼は、困難を乗り越え、2人の冒険者を救い出して帰ってきたのだ。
「――ヒロくん!そちらの重症者を医務室へ!アメワさんだったかしら、あなたも一緒に医務室まできなさい!」
ベテラン職員であるフィリアは、すぐに医務室への道をつくり、治療のできる医師を呼び出す。医師はテキパキと傷を確認し、一番の重傷部分である左肩にポーションを直接かけた。この世界のポーションには傷を塞ぐ効果があるようだ。
「傷はなんとかなるが、砕かれた骨は難しいな。治るまで相当時間がかかるだろう。」
医師は冷静にアメワとヒロに告げる。
「相当出血も多い。傷はなんとか塞がったが、しばらくは身動きできないだろう。絶対安静だな。」
命が助かっただけラッキーだ、そう言い残し、医師はギルドの医務室から出て行った。
♢
いつもは才能判定に使われている個室で、フィリアさんに今回の経緯の聞き取りをされた。しかし、俺自体は戦闘に途中で介入しただけなので、詳しい話はアメワさんが話した。
先に逃げ帰った冒険者達は顔も見せずに、ギルドを後にしたらしい。
俺たちは死んだと思ったらしく、俺たちを囮に残して逃げた事は報告してなかったようで、バツの悪い三人はギルドにいられなかったらしい。
どう考えても、仲間への背信行為だからな。
俺を魔物の子供と笑っていたが、今は卑怯者のレッテルを張られて、自分たちが陰口を言われるようになっている――
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自分の行動は必ず誰かに見られてると思って行動しなきゃだめよ? 悪い事はすぐばれるんだから。
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まさに彼女の言っていた通りだな――