水飲場の波の乙女
あれだけ辛かった時間も、こうやって嬉しい事で上書きできるんだな。
これも人の強さなのかもしれない―
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――ヒロ知ってる?
幸せって字はさ、人って字と組み合わせると、倖せって字になるのよ?
この字になると、思いがけない幸せって意味になるんだって。
辛いって字だって、一本の線を入れるだけで幸せって字になるし。
だからさ、何を言いたいかっていうと、1人でも良い出会いがあれば、幸せになれるっとこと。
私は貴方に会えて幸せよ――
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――俺も君に会えて、本当に幸せだったよ。
それに、やっぱり君の言う通りだったよ。
前世でも、こちらの世界でも、いつも辛い事ばっかりだって思ってたけど、今は、ベルさんに出会い、カグヤとハニヤスに会う事ができた。
『出会いとは、思いがけない幸せ――』
この出会いのおかげで、この先もなんとかやっていけそうだよ。
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『ところでヒロ……もう1人、水の精霊も連れて行ける可能性があるんだけど、ヒロはどうしたい? 私としては、同行者に女の子が増えちゃうから、もういらないと思うんだけど……。』
え〜〜っ!ベルさんの判断基準て男か女なの!?
「いやいや、ベルさんっ! 少しでも仲間を増やせる可能性があるなら、なんとかお願いしたいのだけど……。」
『まあ、そうよね。しょうがないから誘ってみましょうか。じゃあ、先ずは水筒を買いに行きましょっ! さあ、行くわよっ!』
ちょっと不満気な妖精の後ろを慌てて追いかける。
水の精霊か。また、いい出会いになればいいな。楽しみだっ!
♢
俺は道具屋で水筒を買った。相変わらず、店主の態度は嫌な客の相手をするそのものだったけど、お金を受け取ったからには、商品を出し渋ることはなかった。
『まったく、この街の人間は、相変わらず感じ悪いわねっ! ヒロ! さっさと水場に行くわよっ』
俺は店主に軽く頭を下げ、そそくさと店を後にした。
さて、広場にある水場に着いたわけだが……なんとなく、この場所はいい思い出がない。いつも、悪い事が起きてる気がする。
『そんなに警戒しなくても大丈夫よ。ほら、もうそこに波の乙女が立っているわ。』
どこ? どこ? どこに水の精霊がいるの?
「全然みえないんだけど……。どこに居るの?」
『おかしいわね? 波の乙女、ちゃんと姿を見せてあげなさいよ! ヒロが困ってるでしょ?』
俺は目を凝らして水場を見る。
すると、薄っすらと小さな女の子のような姿が浮き上がってきた。
透き通った姿は、太陽の光を反射してとても綺麗だ。
「君が水の精霊さん? 波の乙女=ウンディーネさんなんだね? 初めまして、僕はヒロ。お願いがあって君に会いにきたんだ。」
ここからはベルさんの担当。
『あんた、いつもヒロの事を心配そうに見てたでしょ? よかったら、ヒロの手助けをしてくれないかしら?』
ベルさんの話によると、俺がこの広場で街の人に悪口を言われたり、石をぶつけられたり、三人組に袋叩きにあったり、カヒコとアメワにパーティーを首にされたり……うぅ、思い出すと涙が出てくるけど、そんな俺のことをいつも心配そうに見ていたんだそうだ。
水の精霊である波の乙女=ウンディーネは、もちろん水のある所に住んでいる。
目の前にいる波の乙女は、人が集まるこの水場で生まれた為、人に興味があったらしい。
だから、賑やかなこの水場をそのまま住処にしていたそうだ――
♢
波の乙女は、水場から街を行き交う人々を見ているのが好きだった。
いつものように人を観察していると、心地よい魔力を常に放出している白い髪の少年を見かけるようになった。
彼はいつも誰かに嫌がらせされていた。でも、絶対に涙を流したりしなかった。
ある日、彼は楽しそうに仲間と冒険に行った。
それを見て、いつも辛い思いをしてる少年が報われたのだと思い、彼女は嬉しくなった。
次の日、仲間と別れた彼はこの世の終わりのような顔をして広場から出て行った。
それを見て、せっかく訪れた幸せが逃げてしまったのかと、彼女は居ても立っても居られなくなった。
彼女は、いつもは泣かない少年が流した涙を消してあげたくて、広場に優しく雨を降らせた。
それからは、少年の事がずっと気になっていた。彼はどうしているだろう――
♢
「君が水の精霊さん? 波の乙女=ウンディーネさんなんだね? 初めまして、僕はヒロ。お願いがあって君に会いにきたんだ。」
ここ数日、ずっと気になっていた白い髪の少年が私を尋ねてきた。私にお願いがあるって――
♢
『――波の乙女が一緒にきてくれるって。良かったわね、ヒロ。この子だけ名前が無いのも可哀想だし、この子にも名前をあげるんでしょ? あぁ、そうそう、魔力は他の精霊と一緒でちゃんと分けてあげてね?」
なんとなく不機嫌そうなベルさんだったが、ちゃんと話はつけてくれたようだ。
すると、波の乙女が俺の前にきて、突然俺に抱きついた……いや、抱きしめてくれた。
とても優しく、俺を励ましてくれるような。
俺は波の乙女の顔を見た。
俺の顔を見ながら、優しい笑顔で、俺の為に泣いてくれているように見えた――
♢
「波の乙女さん、君には【ミズハ】と言う名前を送るよ。他の世界の水の女神の名前が由来だよ。頼りない僕だけど、よろしくお願いするね。」
俺に抱きついたミズハに、ベルさんは真っ赤な顔で怒っていたけど、俺にはミズハの優しい気持ちが感じられてとても嬉しかった。
『まったく、油断も隙もありゃしない! だから水の精霊なんか、連れて行きたくなかったのよっ!」
プンプンて音が聞こえそうだったけど、俺は知らんぷりを決めこんで、ミズハを水を詰めた水筒に招き寄せた。これで、ダンジョンにも連れて行ける。
優しい水の精霊も仲間に加わった。
水は癒しの力を持つという。
ミズハは、誰かが傷ついたときに、しっかりと助けてくれるだろう。
♢
なんと、俺に1人の妖精と3人の精霊の仲間ができてしまったっ!
俺は、自分が大きく動き出すチャンスが広がったことに興奮を抑えられず、すぐにでもダンジョン探索へ向かいたい気持ちを抑えられなくなっていた