白狼①
ハッハッハッハ………
狼たちの荒い息遣いがあっという間に俺たちの周りを囲んだ。
ここまでの道中で一番数が多い。
グルルルル………
狼たちは俺たちを取り囲むと、唸りながら俺だに敵意を向け続けている。
ダンジョンの裂け目の底の部屋。それなりに広いこのフロアいっぱいに、狼の魔物ワーグがおよそ30頭。その全てが俺たちを睨みつけていた。
「――多いな。」
俺は水筒の蓋を開けて、波の乙女を呼び出す。
彼女は普段のマスコットスタイルから一瞬で本来の姿に戻ると、俺が指示するよりも早く、3つの水塊を作り出した。
俺たちを警戒しているのだろうか。ワーグたちはすぐに飛び掛かることはしない。
その代わり、俺たちの逃げ道を無くす様に周りを取り囲むように群れを展開している。
「ミズハはみんなの背中を頼む。フユキっ!氷の矢、行けるか?」
俺は精霊剣を正眼に構え、リュックから飛び出した霜男に、今まで戦闘時に使わせたことの無い精霊魔法を支持した。
《 ご主人様っ! お任せくださいっす! 俺っちもかなり成長したっすよっ! 》
《 お任せください。皆さんは目の前の魔物に集中してください。》
ここまでまったく出番の無かった精霊たち。
ようやくお呼びがかかり、やる気満々のようだ。
《 ………ご主人様〜………。わたくしの出番はありませんの? 》
「ヒンナはジョーカーだ。いざという時の切り札でお願い。」
不満顔で傘を回す嘆きの妖精にフォローを入れながら、構えた精霊剣に魔力を込めると、久しぶりに2人の精霊と精霊剣に大量の魔力を吸われた感覚が全身を駆け抜ける。
「ナギ、ナミ、油断するなよっ! いくぞっ!」
返事を待たず、俺は正面に駆け出す。
先手必勝―― 魔物相手に、戦線布告は必要ない。相手より先に攻撃や行動を起こして、局面を有利に進める。
真っ先にワーグに向かって放たれたのは、霜男が打ち出した氷の矢。
俺、ナギ、ナミを追い越し、群れの最前線で俺たちを威嚇していたワーグたちの身体を撃ち抜いた。
「フユキ、やるじゃないか!」
前衛を打ち崩されたワーグの群れに動揺が走る。
なにしろ振り下ろされる剣に備えて身構えていたところに、大量の氷の矢が撃ち込まれたのだ。
霜男の遠距離攻撃による不意打ちがワーグの陣形を突き崩し、先制攻撃は大成功。
数に任せて俺たちを囲み倒そうとしていたワーグたちは、二の矢よろしく素早く切り込んだ俺の横薙ぎに払った剣の餌食となった。
「――ブリジットっ!」
気合い一閃。
激しい炎が、振り抜いた精霊剣の後を追うように糸を引くと、2列目に待ち構えていたワーグたちを火で包み込み火だるまにした。
精霊剣に込められた俺の魔力は、鍛治の女神ブリジットの神気と混ざり、立ちはだかる敵を燃やし尽くす聖なる炎へと昇華する。
その聖なる炎は精霊剣を覆い、魔力の量に応じて炎の色を変えた。
「――ふっ!」
上段からの袈裟斬り
中段からの薙ぎ払い
下段からの逆袈裟斬り
正面からの付き
身体に染みついた基本の型は、連続して剣を振るう時、自然と俺の身体を動かしてくれる。
『本番は練習で出来たことしたできない』
優しい剣士が教えてくれた大事な言葉。
この言葉を胸に、毎日欠かさず基本の型を繰り返してきた。
「練習で出来た以上のことがやれるのは、天才だけだ――」
俺は剣の才能は授からなかった。
剣術スキルはレベル25。
これは、授けられた技術ではなく、自分で努力し、身につけ、作り上げた技術。
しかし、自分で作り上げたこの技術は、自分で作り上げただけに信頼度は抜群だ。
二重の囲いを突き崩した俺に、再び霜男から氷の矢の援護が飛ぶ。
背中は波の乙女が生み出した水塊がしっかりと守ってくれている。
俺の考えを、言葉を要さずとも理解して実行してくれる。精霊たちのなんと頼もしいことか。
精霊の加護持ち――これは、鍛治の女神ブリジットが俺を評した言葉だが、才能判定には表されることはなかった。
複数の精霊と心通わせ、契約することができる。
きっとこれは、俺に元から備わっていた才能。
努力で作り上げられた技術と、俺に元から備わり、外には見えない加護。
神から与えられた才能と、それとは違う俺の実力が相まって、今の俺がある――
「――おらぁぁぁっ!」
剣を振るい、次々とワーグを切り倒していると、自然と大きな声がでた。
あの日、あの時、この場所で、初めて命の危機に瀕し、そして、俺が俺であることを思い出した。
その命の危機の要因の一つであった、狼の魔物=ワーグの群れを相手に、危なげなく立ち回れている。
なんとも言えない高揚感が俺を叫ばせていた。
ワオォォォォォォン――
突然、ワーグの群れの後方で遠吠えが鳴り響く。
俺の左右に展開したナギとナミも、それぞれの得意な戦法でワーグたちを蹂躙していたが、ダンジョンの中に響き渡る大きな遠吠えを無視することは出来ずに、その動きを止めた。
遠吠えを合図に、ワーグたちが数歩後ろに下がる。
さらに、俺の正面にいたワーグたちが、海を割るかの様にして中央を開いた。
そこには、他の魔狼=ワーグよりも一回り大きく、ただ一頭、真っ白な毛並みのワーグがこちらを睨みつけるようにして立っていた。
そう、忘れもしない、あの時、散々俺に噛みつき、俺の身体を振り回した、白い魔狼であった――
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